アポトーシスは 脳の形作りに必須だった!
–– 脳の発生とアポトーシスの研究に取り組むきっかけは?
三浦: もともと生物の発生に興味がありました。助手時代、ロバート・ホロビッツ博士(2002年ノーベル医学生理学賞受賞)が「線虫の発生では合計1090個の細胞ができ、そのうちの131個が必ず死ぬが、それは遺伝学的に制御されている1」ということを、実にスマートな研究で証明され、それに感銘を受けてアポトーシス研究に進みました。ホロビッツ博士らは線虫のアポトーシスを制御するced-3遺伝子を突き止め、その変異体ではアポトーシスが一切起こらなくなることも突き止めました。ホロビッツ研究室に加わりたいと手紙を出したところ、希望者が多いからと断られましたが、同研究室でced-3遺伝子をクローニングし、独立したばかりだったジュニン・ユアン博士を紹介いただき、1992年に弟子入りしました。
–– そこではどのような研究を?
三浦: ユアン博士とともに、まず、哺乳類を対象にしたced-3相同遺伝子の探索と同定を始めました。配列情報からカスパーゼ遺伝子(Caspase-1)にたどり着き、調べてみると、アポトーシスを誘導することが分かりました2。
1994年に帰国後、発生過程におけるアポトーシスの意味を検討しました。線虫のced-3変異体は生存も生殖も可能で発生にも大きな異常がないため、対象をショウジョウバエに変えました。そして、アポトーシス関連因子を網羅的に特定し、メカニズムの進化的な保存性を検証したのです。その頃、吉田裕樹先生(現 佐賀大学医学部)が、Apaf-1(Caspase-9の活性化を介しCaspase-3を活性化する遺伝子)のノックアウトマウス(以下、KOマウス)を作り、体はほぼ正常に発生するが、脳形成には異常が見られると報告したばかりでした。私たちもショウジョウバエで同じ遺伝子を突き止め、dapaf-1と命名しました。この変異体もまた、幼虫の頭部が異常に大きいなどの発生異常が見られました3。
次に、神経発生での細胞死の役割を直接調べるため、神経前駆細胞が蛍光を発するように細工して、さなぎの感覚神経の発生を時系列で追ったところ、神経前駆細胞が非対称に分裂しつつも規則正しく配置する様子が観察できました。正しい位置に並ばない細胞もかなりありますが、それらはアポトーシスにより素早く除去されます。除去された細胞は、表皮と神経の性質を両方持つなど、分化に失敗したものでした4。
一連の実験により、アポトーシスの生物学的な意味の1つは、発生中に生じた分化異常の細胞の除去であることを証明できました。
–– 今回は、マウスを対象にされました。
三浦: Apaf-1 KOマウスを使って、脳の発生初期にアポトーシスが多く起こる部位として知られる神経板の変化を追いました5。神経板は胎生7日頃にでき、発生が進むにつれて湾曲して、胎生9.5日目に閉じて神経管になります(神経管閉鎖)。内部は脳脊髄液で満たされ、神経管はさらに脊髄や脳へと領域化します。
正常マウスでは、胎生9.5〜10.5日目に、風船が膨らむように脳室の体積が増えます。神経管閉鎖をライブイメージングで観察すると、アポトーシスを実行するCaspase-3が神経板の縁で活性化しており、縁の細胞が死んでいくのに伴い神経管が閉じることが分かりました。ところがKOマウスでは、アポトーシス不全のために神経管が閉じるスピードが遅く、脳室が膨らむ時期までに神経管を閉じることができないために、脳脊髄液が漏れ出て脳室が膨らまなかったのです。
この研究の過程で、脳の前端にある「アポトーシスを起こす神経板の縁を含む領域」は、先行研究で報告されていた「FGF8が発現する部位」と一致していることに気付きました。FGF8は脳の前側を作るシグナル因子です。調べてみると、アポトーシスを起こす細胞は確かにFGF8を発現していました。また、発生が進むにつれ、FGF8発現細胞の一部の集団が除去されることも分かりました6。
つまりKOマウスでは、発生10.5日目に除去されるはずのFGF8発現細胞が、FGF8の発現を終了すべき時期を迎えても除去されないために、脳発生が次の段階に進まなかったわけです。
–– アポトーシスが、次の発生段階のスイッチとして機能していたのですね。
三浦: そのとおりです。FGF8が放出され続けると、脳の他の部位の発生が妨げられ、「脳のパターン化」が阻害されてしまいます。アポトーシスは、FGF8を発現するシグナルセンター(特定のシグナル分子を分泌し、パターン化を制御する細胞集団)そのものを除去し、次の段階へと進めるスイッチの役割をしていると考えています。
発生では、段階に応じてシグナルセンターを稼働させ、不要になったセンターは除去する仕組みが必須です。ところが、遺伝子をオフにするだけではmRNAやタンパク質がしばらく残ります。半日遅れるだけでもパターニングが狂う脳発生では特に、シグナルセンターごとmRNAなども除去する方がメリットが大きいと考えられ、今回、それを明確に示すことができました。
ちなみに、今回の研究では、当時大学院生だった野々村恵子さんが、脳全体の連続切片を作って細胞数を調べるという緻密な解析を行いました。その結果、興味深いことに、KOマウスでは野生型に比べて脳の前方で細胞数が多く、後部では逆に細胞数が少ないこと、一方で、脳細胞の総数は、KOマウスも野生型もほぼ同じであることなどが分かりました。この結果も、アポトーシスの機能が単なる細胞数の削減にとどまらないことを示していると考えています。
–– 医療に結び付く可能性は?
三浦: ヒトの神経管閉鎖の異常には無脳症や二分脊椎症などがありますが、共通の病態発生メカニズムは分かっていません。私は、これら疾患の一部に神経管でのアポトーシス異常が関わっていると考えています。
一方、細胞がアポトーシスに向かう際に増殖因子を出すことや、血球や臓器の細胞数を一定に保つためにアポトーシスが寄与していることを考えると、がん治療や再生医療などに応用できると思います。例えば、放射線治療の際に、死んでいくがん細胞がプロスタグランジンという生理活性物質を放出し、生き残ったがん細胞を活性化させることが分かっています。
私自身は、細胞死という現象の理解を通して、細胞社会の成り立ち、組織の恒常性を維持する仕組みを探っていきたいと考えています。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
三浦 正幸(みうら・まさゆき)
東京大学大学院薬学系研究科 教授(遺伝学)。1983年、東京都立大学(現首都大学東京)理学部生物学科卒業。1988年、大阪大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。慶應義塾大学医学部助手、筑波大学医学部講師、大阪大学医学部助教授、理化学研究所脳科学総合研究センターチームリーダー(細胞修復機構)を経て、2003年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2014.140318
参考文献
- Ellis, ME. & Horvitz, HR. Cell 44 (6), 817-829 (1986).
- Miura, M. et al. Cell 75 (4), 653-660 (1993).
- Kanuka , H. et al. Mol. Cell 4 (5), 757-769 (1999).
- Koto, A. et al. Curr Biol. 21 (4), 278-287 (2011).
- Yamaguchi, Y. et al. J. Cell Biol. 195 (6), 1047-1060 (2011).
- Nonomura, K. et al. Dev. Cell 27 (6), 621-634 (2013).