GWASを全ての人に
Nature Medicine 24, 10 doi: 10.1038/s41591-018-0231-3
ある遺伝形質が発現するリスクが1つの遺伝子の異常だけで高まる単一遺伝子疾患は、遺伝学の概念の説明に使われることも多く、広く知られている。しかし、多数の遺伝要因に加えて環境によっても発症リスクが影響される複雑な遺伝性疾患については、リスクの算出はずっと難しく、不確実性が大きいと考えられてきた。そのため、このような疾患を発症するリスクについての予測は、ヘルスケア分野ではこれまであまり問題にされてこなかった。初期のゲノム規模関連解析(GWAS)では、複雑な疾患の遺伝的要因を説明できるようなバリアントが明らかにされたが、こうした遺伝子バリアントを使って個人が複雑な遺伝性疾患を発症する確率を計算する多遺伝子リスクスコア(PRS)の信頼性は低く、有用な情報はほとんど得られないと当初は考えられていた。
だがその後10年ほどの間に研究は大きく進展し、現在では、よく見られる疾患について、発症リスクを予測できる信頼性の高いスコアが比較的容易に得られるようになった(Nat. Genet. https://doi.org/10.1038/s41588-018-0183-z, 2018)。この研究結果については、再現性などについて臨床でのさらに広い範囲での検証が必要だが、ヘルスケア分野のリーダーたちは検証結果を待つ時間を使って、PRSを標準的な健康管理の一部として導入することについて考えるべきではないだろうか。
現在、冠状動脈疾患、心房細動、2型糖尿病、炎症性大腸炎および乳がんに対するPRSはヨーロッパ人子孫集団ですでに算出されている。一部の人たちについては、単一遺伝子疾患についてのリスクスコアと同じような疾患リスクが計算可能である。疾患のPRSが得られることは臨床現場にどのように関係してくるのか、その分かりやすい例は心血管疾患(CVD)である。現時点では、将来CVDを発症するかどうかを予測するために最も適したリスク因子は、生活スタイル因子(喫煙するかなど)と心臓病の家族歴、それに血中コレステロールレベルの3つである。従来のような診察では、生活スタイルについては患者が信頼できる情報を提供しないかもしれないし、家族歴については本人がよく知らないかもしれない。しかし、一般的な集団よりもCVDを発症する可能性が高いことを示すPRSが示されたら、それは医者の指導に従って生活スタイルを変えたり、スタチンを処方してもらったりする動機として十分なものになりそうだ。
全ゲノム塩基配列解読は、ヘルスケア分野での次の大きな進歩につながるとして宣伝されてきたが、コストが莫大であることから、利用できるのは現在でも富裕層に限られている。それに比べて、PRS算出に使われるアレイチップは一般に100ドル以下であり、こちらはぐっと使いやすい。
しかし、PRSではこれまで、いろいろな意味での少数者集団が見過ごされてきたという点は指摘されるべきだろう。最近行われたBroad-studyで使われたUKバイオバンクのコホートは、ヨーロッパ人子孫である健康な中年者が大きな比率を占めている。遺伝的カウンセリングが実際に行われるようになれば、もっと多様な集団からのデータが必要になり、リスクスコアは個人のバックグラウンドを考慮した上で適用されるようになるだろう。このような新しい技術を全ての人々が等しく利用できるようにするには、慎重に計画した臨床試験で公平性への懸念を払拭していかなくてはならない。遺伝学を基盤として自身の健康状態を理解する能力は、全ての人が使えるようにするべきものである。そのための検査を臨床現場に導入する最良の方法を考えなければならない時期が来たのだ。