Editorial

遺伝子治療は全ての人のものでなくてはいけない

Nature Medicine 27, 8 doi: 10.1038/s41591-021-01481-9

遺伝子治療の現在行われている第2相と第3相の臨床試験は200件を超えており、これらは今後の10年間に最大で40件程度の新製品となって臨床での使用が承認される可能性がある。そして、次の15年間には、遺伝子治療に適していると考えられる患者の数はほぼ100万人に達するだろう。もっと多くの遺伝子治療法が使えるようになれば、希少疾患の多くの治療全体像が大きく変わると考えられる。

しかし、世界の医療システムは、遺伝子治療のコストに対処し、誰もがそれを受けられるようにするための準備を始めているのだろうか。こうした治療を受けられるのは、費用を支払うことができるごく少数の患者だけになるのでなく、全ての患者がこのような革新的治療の利益を例外なく、確実に受けられるようにすることは大変な難問である。

遺伝子治療の利用可能性に関して、中心となるのは費用の問題である。薬価は、多くの国では規制されていて、既存の法律に従っている。しかし、遺伝子治療の場合はこのような規制がなく、ケースバイケースで決められることが多いため、一回の前払いにまとめられることが多い。値段を決める際には、製薬会社は開発にかかったコスト、疾患の特殊性とそれに関連した経費(入院費用や生産性低下など)を考慮する。遺伝子治療の場合には、値段は競争がないことによっても左右される。希少疾患の場合は遺伝子治療を開発する企業の数が限られるし、特殊な治療によって利益を得るのはごく少数の患者だけになって、こうした状況では、少ない投与量からの利益で薬剤開発と製造原価の全体を埋め合わせなければいけないのだ。

実例を挙げておこう。米国で最初に承認された先天性障害用の遺伝子治療は遺伝性網膜ジストロフィーによる視力喪失の治療のためのもので、2017年に市場に出た際には、片方の目の1回投与分が42万5000ドル(約4675万円)だった。もっと最近になって売り出された脊髄性筋萎縮症の子どもを治療するためのものは市場で最高の値段となり、1回の投与分が210万ドル(約2億3100万円)となった。こうした値段では、治療を必要とする全ての患者が購入できるとはとても考えられない。すでに存在している医療の不公平はさらに広がるだろう。鎌状赤血球症のような病気では遺伝子治療は1回限りと予想され、疾患の長期にわたる治療が難しい低・中所得国の患者にとっては、特に期待されている。しかし、研究能力や技術的に進んだ施設がない低・中所得国は、遺伝子治療の開発や実施に参画することができないのだ。

このような問題を解決する方法の1つとして、ビル&メリンダ・ゲイツ財団は米国立衛生研究所、およびノバルティス社と協力関係を結び、サハラ砂漠以南のアフリカの国々で、次の10年間にわたり、遺伝子治療の国際的協力による基礎的および臨床的研究のためのパートナーとなることを取り決めた。世界レベルで統一された解決法によって遺伝子治療の利用可能性に関する難問の全てが乗り越えられることは当分ありそうもないが、将来的に、製薬会社、支払者、政策立案者と患者支援グループが協力して、遺伝子治療が真に公平に利用されることを確実にする革新的な解決法を作り出すことが必要であるのは自明である。

目次へ戻る

プライバシーマーク制度