メニエール病
中島 務氏
掲載
メニエール病(MD)は内耳疾患の1つで、めまい発作、変動性難聴、耳鳴、耳閉感などの原因になる。MDの発症には多くの因子が関わっている。MDの特徴的兆候である内リンパ水腫(EH)は内リンパ液が内耳に過剰に蓄積する障害で、神経節細胞の損傷を起こす。内リンパ液の蓄積が多くなるとほとんどのMD患者に臨床症状が現れる。しかし、早期EHの段階で症状が現れる患者も存在する。… 続き
―― 今回のPrimer「Meniere's disease(メニエール病)」について、最大のインパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
メニエール病の本態は内リンパ水腫と考えられており、本総説ではMRIで描出される内リンパ水腫をとりあげた点にインパクトがあると思います。メニエール病が疑われた症例でもMRIで内リンパ水腫がまったくなければ、メニエール病という診断は考え直しましょう、と述べました。
国際的な診断基準としては、1995年のAmerican Academy of Otolaryngology – Head & Neck Surgery(AAOHNS)によるものが、20年以上にわたって広く使われてきました。この診断基準では病態が4つ(メニエール病確認例(Certain Meniere’s disease)、メニエール病確実例(Definite Meniere’s disease)、Probable Meniere’s disease(メニエール病疑い例)、メニエール病見込み例(Possible Meniere’s disease))に区分され、「メニエール病確実例と診断された症例のうち、死後剖検にて内リンパ水腫が確認されたもの」をメニエール病確認例としています。ところが実際には、死後剖検はなかなかできるものではありません。そこで本総説において私たちは、死後剖検を「MRIによる内リンパ水腫描出」に代替する分類があってもよいことを紹介しました。2015年にできた新しい国際的な診断基準では、メニエール病確実例とメニエール病疑い例のみについて述べられていますが、私たちは本総説のIntroductionにおいて「メニエール病全体をみるためにはメニエール病見込み例やメニエール病境界例を検討する必要がある」とも述べました。
―― 本Primerは、臨床医にとって、メニエール病の診断、治療、予防等にどのように役立ちますか?
内リンパ水腫があっても無症状である例は多く、これを「無症状内リンパ水腫(Asymptomatic Endolymphatic Hydrops)」としています。もし無症状内リンパ水腫の段階で水腫を縮小させることができれば、予防法の指標になると思います。また治療が効いているかどうかの判断としても、内リンパ水腫の状態が有効な指標になるとされています。
本総説は、順を追った9つの章からなり(Abstract、 Introduction、 Epidemiology、 Mechanisms/pathophysiology、 Diagnosis、 screening and prevention、 Management、 Quality of Life、 Outlook)、十分に練られたものとなっています。もし全体を読むのが難しければ、必要なところだけを読むのでもいいでしょう。見やすく美しい図表も理解を助けることと思います。さらにBox内には、1972 AAOO, 1995 AAOHNS, 2015新診断基準も記載されていますので、それぞれの基準を調べるのにも役立つと思います。
―― メニエール病領域において、残された謎はありますか?
無症状内リンパ水腫が長く続く例がある一方、水腫早期の段階から症状が出現する例もあり、水腫と症状の関係はよくわかっていません。蝸牛、前庭ともに水腫がみられても症状が難聴や耳鳴の蝸牛症状だけの例や、めまい、ふらつきの前庭症状だけの例などもあり、なぜこのようにバラつくのかも不明です。Outlookにおいても述べましたが、メニエール病は「感覚器の中の水の流れの異常」という点が眼の緑内障と似ています。ただし、眼とは異なり、内耳血流(眼底血流に相当)や内耳圧(眼圧に相当)は臨床的に評価できません。臨床医はこのような状態の下でメニエール病や突発性難聴の診断、治療を行っているわけで、残された謎、解明すべき病態が「大変多い」もしくは「多すぎる」のが現実です。
―― 本総説ご執筆のご苦労や、若手臨床医・研究者に向けたアドバイスをお伺いできますか?
英文総説を筆頭著者として執筆するのは6本目でしたが、面識のない研究者と共同で総説を書くのははじめてでした。総勢9人の著者のうち4人(米3人、英1人)とは面識があり ませんでした。担当編集者より、女性の研究者も含めた世界的な共著者を選ぶようにとの要望がありました。すべてがメールでのやり取りでしたので、苦労も多くありました。たとえば、執筆依頼された総説であっても、査読者7人からコメントがあり、その対応に骨が折れました。担当編集者は、新たな表の提案など、いろいろな観点からクオリティーの向上に貢献してくれました。Nature Reviews Disease Primers の編集部が1本の論文にいかに精力を注いでいるかを実感しました。
メニエール病の領域に限ったことではありませんが、1症例でも疑問点があった場合には、ぜひ文献を検索して欲しいと思います。そして、症例が集まった暁には、新たな文献としてまとめてほしいです。「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」ということわざがあるそうですが、医学で「歴史に学ぶ」は「論文に学ぶ」ということかと考えています。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
メニエール病
Nature Reviews Disease Primers 2 Article number: 16028 (2016) doi:10.1038/nrdp.2016.28
Author Profile
中島 務
学位論文のテーマは、内耳圧と内耳血流に関する実験的研究についてです。モルモットの内耳圧が上昇して内耳血圧まで達すると内耳血流は途絶することを報告しました。ミシガン大学留学中は、「モルモットにおける加齢による内耳血流への影響」について研究していました。臨床的には、突発性難聴、メニエール病などの内耳疾患を中心に研究を行ってきました。本総説を含め、名古屋大学大学院医学系研究科 量子医学分野の長縄慎二教授との英文共著は100編以上に及びます。現在は、重症心身障害者施設に勤務にて嚥下障害の診断・対策法にも取り組んでいます。
1974年 | 名古屋大学医学部卒業 |
1974年 | 岡崎市民病院研修医 |
1975年 | 名古屋大学医学部付属病院 耳鼻咽喉科医員 |
1981年 | 岐阜県立多治見病院耳鼻咽喉科医長 |
1985年 | 名古屋大学医学部付属病院 耳鼻咽喉科助手 |
1986年 | 同 講師 |
1992年 | 米国ミシガン大学クレスギー聴覚研究所留学 |
1994年 | 名古屋大学医学部 耳鼻咽喉科助教授 |
1997年 | 同 教授 |
2014年 | 名古屋大学 耳鼻咽喉科教授退官、名誉教授 |
2014年 | 国立長寿医療研究センター耳鼻咽喉科部長 |
2015年 | 一宮医療療育センター長 |