蛍光性テトラカルボン酸を導入したリン酸八カルシウムの合成 ~次世代バイオセラミックスの開発に向けて~
横井 太史 / 東京医科歯科大学
Chemistry Community Blog: In search of a biofriendly fluorescent ceramic
An interview with Prof. Taishi Yokoi about his recent paper in Communications Chemistry
Communications Chemistry に論文が掲載された著者に、ご自身の研究、今回の論文について、今後の展望、本誌での出版経験についてお話をお伺いしました。
―― 専門分野の研究背景を簡単に説明してください。
横井氏: 私が専門としているのは、セラミックス系の生体材料です。この分野では、人工骨、人工関節、歯科用材料、イメージングプローブ、がん治療用材料などの研究開発が行われています。これらの材料が疾患の治療に役立つことはもちろんですが、最近では、治療だけでなく診断にも貢献する材料の研究が注目を集めています。
―― 本論文の研究はどんな研究で、どのようにして行われたのですか? 図も含めて分かりやすくご説明ください。また、工夫したところ、思い入れについても教えてください。
横井氏: この論文では、骨の欠損の治療だけでなく診断にも貢献する可能性を秘めた蛍光性を付与したリン酸カルシウム人工骨の開発について報告しています。この写真は、この材料が蛍光特性を持っていることを見つけた日に撮影(2018年8月)したものです。ただ青く光っているだけに見えると思うのですが、思ったような材料を合成でき、さらに光ったことに本当に感動しました。もっと詳しく蛍光特性を調べたいと思ったのですが、当時は紫外線ランプを使ってこの写真を撮るのがやっとでした。そこで、この写真を持って、共著者でもある恩師の大槻主税先生(名古屋大学)のところへ蛍光特性を測定できる先生を紹介してくださいとお願いに行きました。そこで、名古屋大学の原光生先生と関隆広先生をご紹介いただき、蛍光測定を行うことができました。多くの先生方のご協力があってこそできた研究で、本当に感謝しています。
―― 本研究成果を人工骨として実用化する際に、どのような波長の光を吸収し、どのような色(発光波長)になるのが理想的なのでしょうか?
横井氏: これは人工骨開発において大変重要なポイントです。生体の窓と呼ばれるヒトの体の透過率が高い波長領域がありまして、その領域内で材料の励起と発光が起きることが理想です。例えば、800nmの光で励起できて1100nmの光を放出してくれるようなリン酸カルシウム系材料であれば、骨の欠損の修復と患部の蛍光診断が可能な人工骨の有力な候補になると思います。今のところ得られている材料はまだこの蛍光特性になっていないので、これに少しでも近づけるように研究を続けています。
―― この研究成果と臨床のニーズをどのように橋渡ししていくかについて、今後の構想をお聞かせください。また、将来の夢についても聞かせてください。
横井氏: 実は、このような診断にも役立つ人工骨の研究に発展していったのは、臨床もされている歯学部の先生とお話させていただいたことがきっかけでした。今後は蛍光特性の改良と並行して、開発した材料の生物学的な特性の評価を先ほどの先生と連携しながら進めていって、その結果に興味をもってくださる企業を探すことになると思います。診断にも役立つ人工骨はまだ世界でも実用化されていないので、世界初を目指して取り組んでいきたいと思います。
―― Communications Chemistry で研究成果を出版しようと思ったきっかけ、投稿してから論文が掲載されるまでの流れとその際の印象、および出版後の周囲からの評価やインパクトなどを教えてください。
横井氏: 安直なのですが、身近な先生がCommunications Biology に発表された成果をプレスリリースされていて、私もこの成果をプレスリリースしたいと思っていたので姉妹誌のCommunications Chemistry に投稿することにしました。私の研究をとてもよく理解してくださる査読者から的確なコメントをいただけたので、査読のやり取りの中で論文のクオリティーは上がったと思います。ただ、コロナ禍の影響で十分な追加実験ができなかったのは残念でした。その点については現在も継続して研究に取り組んでいます。論文の出版後には、予定通りプレスリリースをしましたので、成果を新聞に取り上げていただけたりして、今までの論文の中では一番反響がありましたね。
―― どのようなことをしているときに研究テーマを思いつきますか? または、新しい研究テーマを企画するために日々心掛けていることがありましたら教えてください。
横井氏: 学会で自分の研究とあまり関係の無い発表を聞いているときに、このコンセプトを自分の研究に取り入れれば新しい研究になるのでは?! とひらめくときがあります。似たようなコンセプトでも研究分野が変われば新しいものとして受け入れられることはありますから、意識的に専門分野外の発表も聞くように心掛けています。
取材:本多智(Communications Chemistry 編集委員)
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Communications Chemistry 掲載論文
Article: Incorporation of tetracarboxylate ions into octacalcium phosphate for the development of next-generation biofriendly materials
Communications Chemistry 4 Article number: 4 (2021) doi:10.1038/s42004-020-00443-5 | Published: 11 January 2021
Author Profile
横井 太史(よこい たいし)
東京医科歯科大学・生体材料工学研究所 准教授
経歴:
日本学術振興会特別研究員(PD)(2012年~)
東北大学大学院環境科学研究科 助教(2013年~)
一般財団法人ファインセラミックスセンター 上級研究員補(2015年~)
東京医科歯科大学生体材料工学研究所 准教授(2019年~)
モットー:
中庸之道
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