消費・生産活動が絶滅危惧種に及ぼす影響の視覚化に成功
金本 圭一朗
2017年1月号掲載
世界187カ国におけるサプライチェーンによって、どれくらいの生物種が絶滅の危機にさらされているかの度合いを地域別に地図上に表示することに、信州大学経法学部講師の金本圭一朗さんらが成功し、Nature Ecology & Evolution 創刊号に発表した。サプライチェーンとは、原材料や部品の調達から製品の製造、流通、消費に至るまでの一連の流れのことである。今回の成果は、特定国のサプライチェーンが生物多様性に及ぼす影響も視覚化でき、環境にやさしい経済活動、消費活動を考える上で役に立つ。研究を進めるきっかけ、研究成果、工夫や苦労、今後の方向などについて金本さんに聞いた。
―― 今回の成果につながる研究を始めたきっかけは何ですか。
金本氏: もともと環境と経済の関係に興味がありました。埼玉大学在学時、卒業論文のテーマを何にしようかと思っていたとき、米国の消費活動を通じて、中国をはじめ世界各国で二酸化炭素(CO2)が排出されているという論文に出会いました。世界の工場といわれる中国から大量に財やサービスが米国に輸出されていますが、その輸出が中国のCO2排出量増加にどのくらい影響しているのかという分析でした。カーネギーメロン大学(米国)のクリス・ウェバー氏らの研究です。この研究は、これまでにない視点で非常に面白いと思いました。指導教員からテーマを与えられたわけでもなかったので、論文の分析手法などを理解するには論文を読むしかなく、何十回も同じ論文を読み、同じような手法で日本の消費活動による中国を含む世界各国のCO2排出量増加への影響を推計する研究を行いました。これがきっかけとなり、日本と世界各国との関係の研究にとどまらず、世界各国間の結びつきやフローまで明らかにしないといけないと考えるようになったのです。
―― そこで世界のフローに目を向けられたのですね。
金本氏: はい、それには世界のデータを集めなくてはなりません。東北大学大学院に進学後、埼玉大学時代の恩師である外岡豊(とのおかゆたか)教授を通じて、横浜国立大学大学院環境情報研究院の本藤裕樹(ほんどうひろき)教授にオーストラリアのデータの入手方法について相談しました。すると、シドニー大学のマンフレッド・レンツェン教授に連絡を取ってみるとよいとのこと。同じ分野で最も進んだ研究をしている1人であり、これまで読んできた数多くの論文で何度もその名前を目にしていたレンツェン教授です。連絡を取ると、データはあげられないが、一度、研究室に来ないかと声をかけられました。研究室を訪問した私は、レンツェン教授に自分の考えていたことについて堰を切ったようにいろいろ尋ねました。これまでは誰も質問に答えてくれず、論文を何度も読んで自分で理解することしかできなかったのですが、レンツェン教授は何でも知っているかのように答えてくれます。また、レンツェン教授も同じように世界各国間のフローを明らかにする必要があるという問題意識を持っていたので、東北大に籍を置きながら、客員研究員の形で断続的にレンツェン教授の研究室のところで共同研究を行いました。
―― 世界のサプライチェーンの影響が本格的に始まったわけですね。
金本氏: 研究では、各産業分野の相互の関わり合いを示す「産業連関表」、国家間の財・サービスのやりとりを示す「貿易統計」、CO2排出量などの「環境負荷」といったデータを活用します。日本国内のCO2排出量は、2005年で年間約13億tですが、財、原材料などの輸入によって、海外でのCO2の排出が約4億t増えています。こうした分析の手法は環境分野において、例えば、資源や生物への影響など、多方面に応用できることがわかってきました。生物多様性への影響もその1つです。国際自然保護連合(IUCN)が作成した絶滅の恐れのある野生生物のリスト「レッドリスト」と、日本をはじめ世界187カ国の産業連関表を統合することに成功しました。まずは、各国のサプライチェーンによって、途上国に生息する絶滅危惧種(2万5000種)にどのくらい影響を与えているかを種数によって数値化しました。レンツェン教授らシドニー大学と共同で行ったその成果は、2012年のNature1に掲載されました。
―― 今回の成果の土台になった研究ですね。簡単に説明してください。
金本氏: 財やサービスが国家間で取引される際には、輸出国側で乱獲、森林伐採などの環境破壊、大気・水質汚染などが起こります。野性生物の生態系は脅かされ、生物が絶滅する恐れの度合いが高まっています。ある途上国の特定の野生生物への影響は、一国だけによるものではありません。多くの場合、複数の先進国が関わってきます。この研究により、純輸入を通じて相手国の生物多様性への脅威を引き起こしている国は、影響する生物種が多い順に、約1000種の米国、次は日本で約700種に上ることが分かりました。以下、ドイツ、フランス、英国の順です。輸出する側としての国や地域を見ても、絶滅危惧種への影響は、当該国の国内消費より海外への輸出の方が大きい国があります。例えば、マレーシアでは488種が影響を受け、その60%近くは海外への輸出が引き金となっています。生物多様性への影響を引き起こしている輸出相手国は、影響が大きい順に、シンガポール、EU(欧州連合)、日本、米国となっています。特にマレーシアは、パーム油、ゴム、カカオなどの農産物が主力輸出品で、これら農産物の輸出が種を絶滅の危機にさらしている主な原因であることが分かりました。
―― 絶滅危惧種への影響はどのように調べたのですか。
金本氏: IUCNのデータからは、どのような生物が、どこに生息し、どのような原因で絶滅の危機に直面しているかが分かります。代表的な原因は、森林破壊、ダム建設、乱獲、地球温暖化などですが、これらの原因と産業連関表の部門をつなげることで、ある絶滅危惧種とその絶滅の危機を引き起こしているサプライチェーンをたどることができます。木材輸入を見ると、森林伐採だけでなく道路建設や電力などが関係し、農産物でも農地開拓だけでなく、同様に道路建設や電力、さらには水資源確保のためのダム建設とも関わっています。それらを数値化していくのです。例えば、森林伐採などが原因となって絶滅危惧種に指定されている、ブラジルのスパイダーモンキーのケースを見てみましょう。まず、この地域の木材を最終的に消費しているのは、どこの国が多いのかを調べていきます。米国が50%、日本30%、ブラジル20%とすると、絶滅危惧種への影響をそれぞれ、0.5種、0.3種、0.2種と計算していきます。実際はもっと複雑ですが、こうして個々の生物種ごとに推計し積み上げることで、財やサービスの消費国の生物多様性への影響が分かります。
―― 今回の成果は、それをさらに進めたのですね。
金本氏: その通りです。IUCNのレッドリストと、国際的な環境保全団体であるBirdLife Internationalが作成した約7000種の絶滅危惧種の生息範囲を示した地図を活用し、サプライチェーンと種の生息域をつなぐことに成功しました。先ほど説明した世界187カ国の1万5000に及ぶサプライチェーンによって、どこで種が危機にさらされているのかという、「ホットスポット」を細かく分析しました。国への影響しか見なかった前回の研究と異なり、今回の研究は、各国内の地域レベルにまで踏み込んだのが特長です。これによって特定の国のサプライチェーンが、世界のどの地域の、どの絶滅危惧種へ影響を及ぼしているか、その影響度の大小を地図上に濃淡で表すことができます。また、陸域だけでなく、海域のホットスポットの影響度も、分かりやすく視覚化することができるようになりました(図1〜3:陸域では紫が濃くなるにつれて影響が大きくなり、海域では水色〜緑〜黄色となるにつれて影響が大きくなる)。
世界最大の消費大国米国の場合(図1)、陸域では、南米、ユーラシア大陸、アフリカなど広い地域で影響が大きくなっています。海域では、東南アジアのホットスポットが影響を受けていることが分かります。これは、米国向けの海産物資源を確保するための漁業、汚染などが原因となっています。
絶滅危惧種への影響も原因別に見ることができます。図2を見ると、米国の消費活動により、森林破壊、交通インフラ、農業などによって多様性が脅かされているのが分かります。
―― 日本が与える影響はいかがですか。
金本氏: 図3が日本のサプライチェーンによる、地域ごとの絶滅危惧種への影響度を地図上に濃淡で表したものです。陸域で最も濃い紫は20種、海域では黄色が29種の生物への影響を示しています。これを見ると、東南アジアを中心に、世界各国で多くの種の生物を絶滅の危機にさらしていることが分かります。陸域では特に東南アジア、海域ではパプアニューギニア周辺の海域で影響が大きいです。「ニューブリテン島は、プランテーション経営のパーム油・カカオ・ココナツ、木材が主要な輸出産物ですが、ここから日本が多くの財を輸入していることを示しています。また、インドネシアのボルネオ島およびブルネイでは、森林伐採や農産業により、オランウータンに危機が及んでいます。その他、タイのチャオプラヤ川周辺、北ベトナム、スリランカ(紅茶やゴムなどの工業製品の日本への輸出が多い)も色が濃くなっています。
―― 個々の産業別の分析もできるのですか?
金本氏: 製造業、サービス業、消費者などサプライチェーンを担う主体ごとに、どの程度生物多様性への負荷を地図上で一覧することもできます。例えば、住宅建設メーカーが木材などの原材料を輸入することで、どの地域に影響を及ぼしているのかを見ることができます。
―― 今回の研究で大変だったところはどこでしょうか?
金本氏: まずは15,000×15,000に及ぶ各国のサプライチェーンのマトリックスを作成するのが大変でした。以前の研究とも共通するのですが、各国によって産業連関表などの基準が異なっているからです。例えば日本のデータは400業種で400×400のマトリックスとなりますが、オーストラリアは344×344。これを187カ国分積み上げて1万5000のマトリックスを作りました。国によって主要産業が異なる上、データの取り方も微妙に違い、これを統一するのに苦労しました。次に、絶滅危惧種との対応も1つずつ推計していかなくてはなりません。その後、1973年にノーベル経済学賞を受賞したレオンチェフ氏が考案した数式に当てはめ、ワークステーションで計算していきます。一部はスーパーコンピューターも使いましたが、計算にも時間がかかりました。
―― この成果をどのように活用していけばいいでしょうか?
金本氏: 先ほどお話ししたように、企業や国が世界のどの地域から輸入すれば、生物多様性への影響を小さくできるかを考えるのに有効です。例えば、住宅メーカーは、絶滅危惧種への影響が小さい地域から木材を輸入する方針に切り替えることができます。世界各地の生物多様性の保護の観点から、国や企業、消費者などの責任の所在が明確になり、政府や企業が、環境保護の視点から効率的に政策を立案・実行し、商取引を行えるようになる期待できます。我々消費者にとっても、行動を考える貴重な材料となります。企業がこの研究や自社のデータを用いて、商品にどの程度生物多様性に影響を与えているのかというラベルを付ければ、消費者は意識して生物多様性に影響の少ない商品を選ぶことができます。政府は、国内の野生動植物の保護区を設定するだけでなく、自国の消費が他国で種を絶滅に追い込んでいるならば、世界各地で保護区の設定に携わっていくことが必要でしょう。これは、日本の消費が与える影響をより少なくすることにつながるのではないでしょうか。
―― 今後はどういう研究を目指しますか。
金本氏: 今回は公開情報をもとに推計しました。企業からの情報は、まだ十分に開示されていません。今後は企業や業界団体と共同で、地球規模の環境への影響をより精密に考えていきたいと思っています。日本では地球温暖化対策として、省エネ法などによって、企業から排出されるCO2について自社だけでなく、電力、サプライチェーンなどからの排出を考慮して管理する「スコープ3」が始まっています。環境への関心は高まっており、自動車産業など企業と連携して研究を進めることなども考えています。今回の手法は幅広い分野で応用が可能です。環境、経済、コンピューター科学などさまざまな分野が融合した分野です。世界の研究者はまだ500〜1000人程度と少ないですが、今後の発展が期待できる分野だと思っています。
―― ありがとうございました。
聞き手は、玉村治(サイエンスライター)。
参考文献
- Lenzen,M.et al. International trade drives biodiversity threats in developing nations. Nature 486, 109-112(2012)
Nature Ecology & Evolution 掲載論文
Article: 世界のサプライチェーンから種の脅威のホットスポットを特定する
Identifying species threat hotspots from global supply chains
Nature Ecology & Evolution 1 : 0023 doi:10.1038/s41559-016-0023 | Published online 4 January 2017
Author Profile
金本 圭一朗(かねもと けいいちろう)
信州大学経法学部 講師
専門は、産業エコロジー、環境経済学。趣味は登山など。
2009年 | シドニー大学(オーストラリア)客員研究員 |
2011年 | 日本学術振興会特別研究員(DC1) |
2014年 | 東北大学大学院博士後期課程修了 博士(学術) |
2014年 | 九州大学 持続可能な社会のための決断科学センター 講師 |
2016年 | 信州大学経法学部 講師(現職) |