生物医学イノベーションの市場化
Nature Biotechnology 30, 10 doi: 10.1038/nbt.2400
生物医学研究を市場化するためのシステムは、実に非効率で力不足な状態が続いている。基礎研究から臨床開発への橋渡し部分に投入される資金と資源は大きく落ち込み、「死の谷」と呼ばれている。多くの革新的技術と製品が死の谷を渡りきれず、その結果、最終的に患者の役に立つ新しい治療法や診断法、医療装置がなかなか登場しない。投資家は、生命科学ベンチャーで思うような利益が得られずに大やけどしたり、ほかの分野の有利な投資機会に誘われたりしてバイオテクノロジーから逃避しており、死の谷はますます幅が広がっている。
今月号では、現在の生物医学の臨床橋渡し経路に代わる新たな方法に関する論文と記事を集めた。Fernandez、Stein、Loは、バイオ医薬品投資に伴う複雑度とリスクの増大は、金融業界で開発された手法を用いて管理することができると主張している。さまざまな段階にある数多くの生物医学プロジェクトを含む多彩なポートフォリオ(総額50~300億米ドル、約4000億~2兆4000億円)を設定すれば、債券や株式を発行して相当な投資を呼び込むことができ、さまざまな債務証券化の手法を駆使してリスクを減らすこともできる。そのようなメガファンドが発行する「研究担保債券」の収益は、ベンチャーキャピタリストには十分でないにせよ、年金基金のような大型機関投資家には魅力的と考えられる[Perspective, p. 964]。
Frangioniは、新規医療技術の市場化を阻むさまざまな要因を調べ、そうした障害を新しい非営利、非独占的モデルによって回避することを提案している。例えば、Frangioni自身が運営するFLARE財団は、画像化技術の無償での普及と開発を推進し、受益者にはこの技術の体験に関するフィードバックを公開データベースに提供することだけを求めている[Commentary, p. 928]。このモデルは、既存の産学複合体が生み出す製品をなかなか買うことができない低資源国で革新的技術が利用されるようにするのに特に役立つ可能性がある。
Ledleyは、バイオ産業のこれまでの軌跡が期待外れだったことについて独特の見方を持ち、3つの製品種目(遺伝子治療、オリゴヌクレオチド製剤、モノクローナル抗体)を分析して、技術の進化段階にビジネスモデルを正しく合わせることの重要性を強調している[Commentary, p. 937]。大規模なベンチャー投資は、技術成熟過程のごく早い段階の新規バイオテクノロジーに対するものが多く、場合によってはそれが早すぎるために、そうした先行事業の多くが製品の市場化を前に頓挫している、とする指摘は示唆に富んでいる。
大学が臨床橋渡し研究への関心を強めていることを利用して従来の市場化への経路を迂回する方法もある。Christiniは、学内での研究成果に対する知的財産権を獲得して学外の企業に技術のライセンス供与を行うという旧来の大学の役割を補完するものとして、臨床開発の初期段階に大学の資金を投入する方法を紹介している[Commentary, p. 933]。従来のベンチャーキャピタルの投資家の多くが投資の前提として臨床データを求めていることを考えると、そのような大学の資金は、基礎研究での発見を企業へのライセンス供与が可能な資産まで橋渡しするうえで、きわめて重要と考えられる。
この点に関連してSchachterは、大学と製薬会社との協力関係の進化について述べている。過去の型通りの関係とは異なり、最近の産学連携は、協調性と柔軟性が高く、先を見越したものになっており、双方が持ち寄る資源を最大限に活用することをめざしている[Feature, p. 944]。また、製薬会社は企業ベンチャーを抱えるようになり、その資金が新たな資金投資を主導することも多くなっている。そうしたベンチャーが親会社および新薬開発ノウハウと戦略的に結びついていることは、初期段階の企業の経営に重要である[Building a Business, p. 911]。
こうして見ると、生物医学研究の市場化に用いるビジネスモデルは、間違いなく巨大変動の渦中にある。バイドール法の批判的評価が必要[Patents, p. 953]であるのみならず、独創的な実験を大規模に実施して、全世界の大学での発見を将来の生物医学製品にまで橋渡しするための最高の人材を発掘する方法と最も効率的な資金活用法を発見することも必要である[Editorial, p. 897]。