活用事例・取り組み - サイエンス・エンジェル座談会 01

イモムシには腸内細菌がいない?

本コンテンツは、それぞれ専門分野の異なる東北大学サイエンス・エンジェルの皆さんが、Nature ダイジェスト を読んで感じたことや疑問に思ったこと、結果の重要性などを自由に話し合う場です。第1回目の今回は「イモムシには腸内細菌がいない?」について議論していただきました。

Nature ダイジェスト 対象記事

イモムシには腸内細菌がいない?

イモムシやナナフシなど一部の昆虫の腸内には、共生細菌がいないらしい。また、わずかだが脊椎動物でもこうした例が報告されており、「腸内細菌は全ての動物で不可欠な存在」という近年定着しつつある概念に疑問を投げ掛けている。

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170706
原文:Nature (2017-05-18) | doi: 10.1038/nature.2017.21955 | The curious case of the caterpillar's missing microbes

今回ご登場いただくエンジェルの皆さん

熊谷 祐穂
理学研究科
プロフィール »

栗本 優美
情報科学研究科
プロフィール »

新實 香奈枝
農学研究科
プロフィール »

星 優希
生命科学研究科
プロフィール »

腸内細菌ってそもそも何者?何の役に立っているの?

熊谷: ヨーグルトの宣伝で聞いたことがある気もするけれど、そもそも腸内細菌って何でしょうか?

新實: 私、今ちょうど腸内細菌が人間の体内でどんな役割を果たすか?という論文を読んでいるところでした。この記事の冒頭にあるように、少なくとも人間においては健康的な生活に腸内細菌が効いてくるのは疑いないです。

栗本: 腸内細菌叢って何? いろんな種類の菌が集まっているの?

新實: 細菌は体内で外界と接するところ、例えば空気と接している皮膚や肺など、いろんなところに存在しています。それらの細菌が集まって細菌叢を形成しており、その中には数万という種類の細菌がいるのね。それらの細菌が腸内であれば食べ物を分解してくれるのはもちろんのこと、免疫系にも作用して免疫機能を調整してくれることで、健康な状態が保たれているんです。

栗本: でも、腸内細菌がよくなれば全部健康になるって、本当かな。

新實: 私は乳腺、母乳を作る乳腺組織における細菌叢の形成メカニズムについて研究を行っていて、細菌叢に関する色んな研究を参考しています。細菌叢に関する最近の研究では、脳や腎臓などを含む腸管以外の組織と腸内細菌叢の間に何かしらの関係があること等もわかってきているんです。

熊谷: ある乳酸菌が含まれたヨーグルトがインフルエンザ予防に効果的! って言われていたけど、そもそもどうして腸内細菌がインフルエンザ予防につながるのだろう。

新實: うーん、体外から病原菌が入ってきたときに、すでに体内に常在菌がたくさんいたら、病原菌は爆発的に増えることができないんですよ。13人定員のエレベーターですでに13人乗っていたら、外から14人目が入ってこようとしても乗ることができないよね。

星: 腸内細菌の個人差から、創薬や病気の治療法などの新しいアプローチが話題になっているところですよね。それなのに、腸内細菌がない生物がいるというのには驚きました。

サンプル集めの苦労

熊谷: 今回の記事では、イモムシに腸内細菌がいないことが報告された。ないことを証明するって、難しいのでは?

新實: おそらくイモムシの糞を集めて解析したのだろうけど、解析のためのサンプルを集めるのが本当に大変だったと思う。

熊谷: 「野生の植物性イモムシ16科124種」って、最低でもそれだけの数のイモムシ捕まえて糞を集めたってことだよね……。このrRNA塩基配列解析という方法だと何がわかるの?

新實: サンプルに含まれている菌特有の遺伝子配列を読み取ることで、菌の種類を特定できます。また、正確な菌の数はわからないけど、サンプル中に存在する割合がわかります。

星: 私もこの方法を使ったことがあります。私は線虫を用いて性決定のメカニズムがどのように進化してきたかを研究しているのですが、rRNA遺伝子の塩基配列はその生物の属・種ごとにそれぞれ特有の配列があるので、解析して出てきた配列とこれまで知られている配列を比べることで、新種の発見や種の分化といったことも調べられる。系統解析によく用いられる解析法です。

栗本: なるほど。イモムシがどうしてそのような進化を遂げたのかを調べる系統解析や近い種類のイモムシではどうなるかといったシミュレーションなどで、私の研究分野であるバイオインフォマティクスがこうした研究に貢献できる場面もたくさんありそう。

研究成果の選択バイアス?

熊谷: さっきも言ったけれども、本文にも「研究者たちは否定的な結果を投稿したがらず、同様に学術誌もそうした結果の掲載には前向きでないと考えられる」とあるように、ないことを証明する研究は成果として発表することが非常に難しいと思う。

栗本: 確かに、今までのその分野での見解と合わない論文が、なかなか学術誌に投稿されないということがあってもおかしくないと思う。自然科学は現象を説明出来る理論とその根拠となる実験を繰り返すことによって概念が構築されているので、例外を受け入れるのが難しいのかな。

新實: 新しい発見は重要視して取り入れるべきなんじゃないのかと個人的には思うんだけど、あまりにもマイナーで新しすぎる内容だと「従来の研究ではこうでした」って引用できる文献が少なくなるだろうから、「本当なのかな、ちゃんと調べているのかな」と疑ってしまうかも。

星: 世に認められるためには同じような研究をしている人が増えないといけない。生物と同じで、味方が増えないと淘汰されてしまう。そういう意味ではこの論文を著者がWebのプレプリントサーバーに挙げたのはいい方法だったのかも。逆に新しい現象が発見されるとそれがトレンドになって、「今まで知られていた○○という現象も新しいこの現象で説明がつく」などと、引きずられてしまうこともありますね。

栗本: 新たな発見が全て「正しいこと」として広まっていくのが本当にいいことなのかわからない。新しいことを発表するのは重要だけど、同時に危険も含んでいるとも思う。

熊谷: 突拍子もないアイディアが発表されないと、世の中が次に進まない。だけど、それを判断するのが難しい。私は地球の磁場である地磁気が、これまでの地球の歴史の中でどのような変動を行ってきたのかということを研究しているんだけど、それを調べるために深海底の地層からサンプルを取ってきて、その中にある小さな磁石の向き、残留磁化がどの方向を向いているかを計測する。この方法は堆積物内において、堆積した時期から時間がたっても残留磁化の方向が変化しないという原則に基づいていて、これは地磁気学の基本なんだけれども、昨年の学会で「いや実は磁化の方向は変化しますよ」っていう、ちゃぶ台を返すような研究が発表された。あの時の学会は荒れたなぁ……。

新實: そういうの、当事者にはなりたくないけど、見ている分には面白いよね。

熊谷: そうそう。学会の重鎮が怒り出したりして、みんな侃々諤々の議論になって。もちろんあまりにトンデモな研究だとアレだけれども、誰も正解を知らないから、誰も判断ができない。そういうときにディスカッションすること、ディスカッションの場があることが重要なんじゃないかと。

基礎研究と応用研究の相互作用

新實: 今回の記事のような、概念的な基礎研究って「今までと違う」新しい知見を発掘するっていう、まさに研究の一番面白いところだよね。

栗本: 一方で、新しい発見に対して、常に「それは何に応用することができるの?」という意見がある気がします。

星: 今回、イモムシは腸内細菌のような微生物に頼らずに消化吸収を行っているということがわかったけど、その次に、イモムシはどうやって消化吸収を行っているのかということが気になる。その方法が見つかって同定できたら、それを応用した新たなバイオ燃料の生成法や、ダイエット法なんかも開発されそう。

熊谷: 「イモムシに腸内細菌がいないのがわかって何の役に立つの?」って思われるかもしれないけど、今回の記事のような基礎研究の積み重ねがないと、ヨーグルトも人工衛星も世の中に存在してないんだぞ!って言いたい。組み合わせとひらめきで何か役に立つものを生み出そうとするのが応用研究で、その中でわからないことが出てきたときに基礎研究で積み上げてきた知見が活かされる。それがまた新たな応用に展開されて、そこでまたわからないことが出てきて…という相互作用。だから、今回の記事を読んだ方には、新しいことを知るという研究活動それ自体が「面白い」と思ってもらえると嬉しいな。

今回のエンジェルさん プロフィール

熊谷 祐穂

研究科:理学研究科
研究キーワード:地磁気変動・深海底掘削・古地磁気学
研究内容・自己紹介:地球の磁場=地磁気は、実は数秒~数百万年のさまざまな周期で変動していて、過去にはコンパスのN極が南を指すような時期があったことがわかっています。こうした過去の地磁気変動をよく記録している深海底の地層(堆積物)地層から、大昔の地磁気変動を復元する研究をしています。
音楽や踊りが好きで、中高生時代は吹奏楽部でユーフォニウムを吹いていました。最近は「エセ地域史家」として、地元の地域史を調べることにハマっています。

栗本 優美

研究科:情報科学研究科
研究キーワード:味覚受容体遺伝子・人種間比較・統計
研究内容・自己紹介:何かを食べた時に感じる”味”は生理学的に基本味に分けられます。その中で塩味を感じる時に関連する遺伝子が日本人とアフリカ系アメリカ人、ヨーロッパ系アメリカ人とでどのように違うのか(あるいは違わないのか)について研究しています。公開されているデータベースの変異データを、プログラミングや統計を使って解析しています。
小さい頃から科学館などによく行っており、身の回りの不思議な体験について調べるのが大好きでした。旅行や好きなアーティストのライブに行くのが休日の楽しみです。

新實 香奈枝

研究科:農学研究科
研究キーワード:常在細菌叢・母子免疫
研究内容・自己紹介:体内の細菌叢は、ヨーグルトのCMなどで注目を浴びている腸内細菌叢がありますが、母乳を作り出す乳腺にも同じく存在します。母乳中の細菌叢は、母体の乳腺における感染症を抑制する他、哺乳を介して子供に供給されることで乳児の腸内細菌叢の形成を助ける役割を担います。しかしながら、乳腺で細菌叢が形成されるメカニズムは、不明な点が多いのが現状です。私の研究では、これを明らかにすることによって、乳腺の炎症性疾患の予防法の開発を目指しています。
YouTubeでホラーゲームの実況を見るのが好きで、隙あらば見ています。吹奏楽でサックスを演奏していました。

星 優希

研究科:生命科学研究科
研究キーワード:進化発生生物学・性決定
研究内容・自己紹介:雌雄同体と雄、雌と雄、といった異なる性別をもつ2種の近縁な線虫を用い、性決定のしくみがどのように進化してきたかを比較しています。
中学時代から吹奏楽部でフルートを吹いています。大学でも吹奏楽部に所属し、フルート歴は11年目になります。歌を歌うことが大好きです。

東北大学サイエンス・エンジェルとは

サイエンスエンジェルス

東北大学サイエンス・エンジェル(SA)とは次世代の研究者を目指す中高校生に「女性研究者ってかっこいい!」、「理系進学って楽しい!」という思いを伝える為に結集した、東北大学の自然科学系女子大学院生です。女性研究者のロールモデルとしてセミナーやイベントに参加し、科学の魅力・研究のおもしろさを伝えています。普段は宇宙・自然・ロボット・環境・ヒトや動物の身体のしくみなど、それぞれの専門分野で日々研究をしています。

東北大学サイエンス・エンジェルの詳細や活動については東北大学男女共同参画推進センターのウェブサイトをご覧ください。

本コンテンツは、それぞれ専門分野の異なる東北大学サイエンス・エンジェルの皆さんが、Nature ダイジェスト を読んで感じたことや疑問に思ったこと、結果の重要性などを自由に話し合う場です。ひとつの記事を異なる着眼点で読み解いてゆく彼女たちの議論から、読者の皆さまにも新しい発見と興味を持って記事をお楽しみいただければと思います。
「サイエンス・エンジェル座談会」は、あくまでも個人的な感想や意見を交換する場であり、専門的な見地からの記事の検証や、解説・補足を行うものではありません。

「活用事例・取り組み」記事一覧へ戻る

COVID-19特別翻訳記事

読者の声

主に手を取るのは寝る前と休憩時ですね。冊子版やスマートフォンでNature ダイジェスト の記事をみるのが日課になっています。

基本的には化学系の学生といえど、元々科学(サイエンス)が好きな子ばかりであると思うので、若い学生ほどよく読んでいる気がします。

平易な日本語で科学分野の最新情報が記載されていて、大変読みやすい。自分の専門分野以外の情報を短時間で得ることができる。

山口潤一郎
早稲田大学 理工学術院先進理工学部
山口潤一郎研究室 准教授

その他の「読者の声」

advertisement

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度