探究活動実践ガイド
『課題研究メソッド』の著者・岡本尚也氏が、Nature ダイジェスト を使った課題探究型学習の具体的な指導方法を提案する。
本シリーズを通して身に付ける資質・能力
情報収集力
(特に読解力)
批判的思考力
(問いを立てる力)
基礎学力、専門的知識・理解
論理的思考力
グループワーク導入によるコミュニケーション能力の向上や、まとめた内容の発表によるプレゼンテーション能力の向上を目指しても良い。専門的な話も一部含んでいるが、研究や探究活動において最も重要な「楽しさ」も感じて頂けると幸いである。― 岡本尚也
研究テーマのヒント
「記事を読み解く」編
今回は「フェイクニュースは早く広く伝わる」という記事を用いて、その解説と共に実践例を示していく。これから、Task 方式で段階的にこの記事を題材として探究を行う。生徒を対象に授業を実施する際には、これらの全部、もしくは一部を個人や、グループワークとして課すと良い。
フェイクニュースは速く広く伝わる
ツイッター上の情報を分析した研究から、虚偽のニュースは正しいニュースよりリツイートされやすいことが明らかとなった。
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180507
原文:Nature (2018-03-08) | doi: 10.1038/d41586-018-02934-x | ‘News’ spreads faster and more widely when it’s false
文章に段落番号をつける
解説を行いやすくするために、段落に番号を付けよう。この記事は全部で11段落あることが分かる(最初の「300万人の〜」という部分は、この記事の導入文)。学術的な文章は基本的に英語的な文章構成、つまり日本語で言う意味段落(一つの段落に意味は一つ)で分かれている。TASK 3では、それぞれに小見出しを付ける。
使われている言葉の意味や定義を確認する
記事に書かれている内容を理解するために、まずは、使われている言葉の意味や定義を確認しよう。例1のような表にまとめていくと良い。
300万人のツイッターユーザーの間で流布したニュース項目12万6000件を分析したところ、フェイク(虚偽の)ニュースは正しいニュースよりも速く、広く拡散することが明らかとなった。この結果は3月9日号のScience に掲載された1。マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の社会科学者Dean Eckllesは、今回の研究には参加していないが、「この論文は、ソーシャルメディア上で拡散する正しい情報と偽の情報について、これまでで最も包括的に記述した論文だと言えます」と評価する。
デマ(demagogie; 意図的に発信された虚偽情報)やガセ(根拠のない噂話やうそ)は古くからあるが、ソーシャルメディアの時代に入り、その拡散が大きな問題となっている。例えば、2016年の米国大統領選挙の際には、ローマ法王フランシスコがドナルド・トランプ候補への支援を表明したなどの虚偽の情報がフェイスブックやツイッター上で増幅され、選挙の結果に影響を与えたと考えられている。
例1:キーワードのまとめ | ||
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キーワード | 意味・定義 | 出典 |
ソーシャルメディア | SNS、ブログ、簡易ブログなど、インターネットを利用して個人間のコミュニケーションを促進するサービスの総称。オンラインショッピングのサイトで口コミが書き込まれるBBSなども含まれる。 | デジタル大辞泉(小学館) |
デマ | 意図的に発信された虚偽情報 | 本文中 |
ガセ | 根拠のない噂話やうそ | 本文中 |
国民投票 | 議員その他の公務員の選挙以外の国政の重要な事項について、国民一般が行う投票。日本国憲法は、憲法改正についてこれを認めている。 | 三省堂 大辞林 第三版(三省堂) |
一つ一つの段落に小見出し(タイトル)をつけてみる
各段落に小見出しを付けることで、その内容を大まかに理解することができる。小見出しを付ける指針としては以下のようなものがある。
- その段落で使われているキーワードを用いる
- 文の内容をなるべく短い単語で言い換えてみる
また、その段落のキーセンテンス(段落の意味を示す文)を見つけると、小見出しをつけやすくなる。
デマ(demagogie; 意図的に発信された虚偽情報)やガセ(根拠のない噂話やうそ)は古くからあるが、ソーシャルメディアの時代に入り、その拡散が大きな問題となっている。例えば、2016年の米国大統領選挙の際には、ローマ法王フランシスコがドナルド・トランプ候補への支援を表明したなどの虚偽の情報がフェイスブックやツイッター上で増幅され、選挙の結果に影響を与えたと考えられている。
米国大統領選挙におけるドナルド・トランプの予想外の勝利や、同じく2016年に実施された英国のEU離脱の是非を問う国民投票などに虚偽の情報が果たした役割を巡っては激しい論争がある。Science 3月9日号に論文を発表したMITのSinan Aralらは、答えの一部はフェイクニュースの伝わり方の理解にかかっていると言う。
例2:各段落の小見出し | |
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段落番号 | 小見出し |
1 | ソーシャルメディアの時代におけるデマやガセ |
2 | 米国大統領選や英国国民投票に対して虚偽の情報が果たした役割に対する議論 |
3 | ツイッターユーザーの間で拡散したニュースを対象に行われた調査 |
4 | 調査・分析の結果 |
5 | 調査・分析の詳細な結果 |
6 | ボットの存在と影響 |
7 | ツイートの「目新しさ」とツイートに含まれる言葉の分析結果 |
8 | 「目新しさ」の大きさと虚偽のニュースへの注目 |
9 | 情報の内容とその広まる力の結びつき |
10 | 正しいニュースのリツイート回数が少ない理由 |
11 | フェイクニュースの脅威と実態 |
二つの論文の内容を分けてみる
小見出しをつける際に気づいたと思うが、この記事は、参考文献欄にもあるように、Science 誌に掲載されたAralのチームによる論文及び、WattらのProc. 25th Int. Conf. on World Wide Webに掲載された論文をベースに、フェイクニュースが果たした役割について考察した記事である。
まずは、記事の内容を分かりやすく整理するために、2つの論文に書かれている内容を段落で分類する。
- Aralらの論文:段落番号 2〜8(表:青)
- Wattらの論文:段落番号 9〜11(表:緑)
例3:2つの論文を分類 | ||
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段落番号 | 小見出し | |
1 | ソーシャルメディアの時代におけるデマやガセ | |
2 | 米国大統領選や英国国民投票に対して虚偽の情報が果たした役割に対する議論 | Aralらの論文 |
3 | ツイッターユーザーの間で拡散したニュースを対象に行われた調査 | |
4 | 調査・分析の結果 | |
5 | 調査・分析の詳細な結果 | |
6 | ボットの存在と影響 | |
7 | ツイートの「目新しさ」とツイートに含まれる言葉の分析結果 | |
8 | 「目新しさ」の大きさと虚偽のニュースへの注目 | |
9 | 情報の内容とその広まる力の結びつき | Wattらの論文 |
10 | 正しいニュースのリツイート回数が少ない理由 | |
11 | フェイクニュースの脅威と実態 |
それぞれの論文の内容・主張を整理する
Aralらの論文
この記事では、Aralらの論文について、ほぼその研究内容全体を示している。よって、今回は以下の項目に分類して内容・主張を整理すると分かりやすい。それぞれの項目とその内容、記述されている段落番号をまとめると、例4-Aのようになる。次に、それぞれの項目に沿ってその内容を理解していく。該当する段落に書かれている内容を読み、概要を例4-Bのように書いてみるとよい。
例4-A:Aralらの論文部分の整理 | ||
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項目 | 項目の内容 | 段落番号 |
研究目的 | この研究で明らかにしたいこと。リサーチクエスチョンは何か? | 2 |
研究手法 | 目的達成のために行われた調査・実験方法は何か? | 3 |
結果 | 調査、実験によって得られた結果は何か? | 4、5 |
考察 | 結果に対して新たに立てた問いとその答えは何か? | 6、7、8 |
例4-B:概要の記入 | ||
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項目 | 項目の内容 | 段落番号 |
研究目的 | この研究で明らかにしたいこと。リサーチクエスチョンは何か? | 2 |
フェイクニュースの伝わり方を理解する。
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研究手法 | 目的達成のために行われた調査・実験方法は何か? | 3 |
ツイッター上で拡散したニュースを、信用できる6つのファクトチェック(事実検証)機関の情報と照らし合わせて「真実」と「虚偽」に分類し(調査1)、2006年から2017年までに300万人のツイッターユーザーの間で拡散した12万6000件のニュース項目を調査し、その伝わり方を調査した(調査2)。
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結果 | 調査、実験によって得られた結果は何か? | 4、5 |
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考察 | 結果に対して新たに立てた問いとその答えは何か? | 6、7、8 |
ボットのデータを除去しても、フェイクニュースは正しいニュースよりも速く伝わっている(段落6)。
虚偽のニュースが恐怖、嫌悪、驚きといった感情を植え付けるようなものであるのに対し、真実のニュースは、悲しみ、喜び、信頼などの感情を生じさせるものであった。(段落7)
ツイートの「目新しさ(novelty)」を数量化した結果、虚偽のニュース項目の目新しさが突出している(段落8)。 |
Wattらの論文
Wattらの論文は断片的に紹介されており、Aralらの研究結果から生じた疑問に対する補足として用いられ、最後にフェイクニュースの影響の大きさについてその内容が紹介されている。それぞれの内容を簡潔にまとめると以下のようになる。
例5:Wattらの論文部分の整理 | |
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段落9 | 「フェイクニュース」には定石があり、その特徴を備えていれば自然と拡散されるということだろうか? |
その可能性は低い。特定の話が広まる力をその内容と結び付けるのは難しく、予想も難しい。
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段落10 | 正しいニュースのリツイート回数が少ないように見えるのはなぜか? |
ユーザーが単純なリツイートを行わず、一次資料へのリンクを共有しているからかもしれない。
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段落11 | フェイクニュースは問題ではあるが、ほとんどの人は主流派の情報源からの正確な情報を圧倒的に多く消費していることから、その影響が大きいとは言い切れず、ツイッター上のフェイクニュースを巡るパニックは、間違った反応だと指摘されている(図1)。 |
概要を書いてみる
ここまで、記事の内容を理解する事を目的にTaskを進めてきた。概要を書く際のポイントは以下の2点である。
- 各段落のキーセンテンスの内容を含める。
- 短い言葉や文に言い換えを行う。
ソーシャルメディアの時代になり、大統領選挙や重要な国民投票において、フェイクニュースの影響が問題視されている(段落1)。
それらにおいてフェイクニュースが果たした役割を理解するために(段落2)、2006年から2017年までに300万人のツイッターユーザーの間で拡散した12万6000件のニュース項目を用いて調査を行った結果(段落3)、ポットの影響を除外しても、フェイクニュースは正確なニュースに比べ、早く広く伝わることが分かった(段落4、5、6)。
その理由としては、虚偽のニュースと真実のニュースでは、異なる感情を生じさせる言葉が含まれる上、「目新しさ」の大きさが虚偽のニュースを注目されやすくしている可能性が示唆された(段落7、8)。
一方で、「『フェイクニュース』には定石があり、その特徴を備えていれば自然と拡散されるのか」というと、過去の研究から、特定の話が広まる力をその内容と結び付けるのは難しい事が示唆されている(段落9)。
また、正しいニュースのリツイートの回数が少ないのは、ユーザーが単純なリツイートを行わず、一次資料へのリンクを共有しているからとも考えられる(段落10)。
フェイクニュースは問題ではあるが、ほとんどの人は主流派の情報源からの正確な情報を圧倒的に多く消費していることから、その影響が大きいとは言い切れず、ツイッター上のフェイクニュースを巡るパニックは、間違った反応だと指摘されている(段落11)。
理解できたこと、新たに知ったことを書いてみる
この記事を読んでどの程度基礎学力、専門的知識・理解の習得ができたか確認しよう。分かったことや、新たに知ったこと、その他、感想等を書いてみても良い。
まとめの例 |
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ガセとデマの意味には違いがあることを知った。 |
「ボット」というものが存在することを知った。 |
フェイクニュースの方が早く広く伝わるということを知った。 |
やはり、ニュースの伝わり方に目新しさというものが重要であるということを確認できた。 |
生じた疑問点、さらに知りたい事を書いてみる
自分自身の研究につなげるために、この記事を読んで得られた疑問点を書いてみよう。疑問点の浮かばない記事や論文は存在しない。研究や探究活動のテーマを決める際にこの疑問点がヒントとなるので、ぜひ行ってみよう。また、どのようにすれば、その答えに近づけるのかも考えてみると良い。
研究テーマの設定例 |
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目新しさ(novelty)を数量化する方法とはどのようなものか? |
Aralらの論文を読む。
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デマやガセによって国家が影響を受けたものにはどのような例があるか? |
デマ、ガセ、国家、影響などの言葉で、本や論文の検索を行う。
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特定の話が広まる力をその内容と結び付けることは、本当に難しいのか? なぜ難しいのか? |
Wattらの論文を読む。
(限定的な証明にしかならないが、例えば)ポジティブな内容とネガティブな内容でその広がり方の違いを、実験を行って解明してみる。 |
ソーシャルメディアは拡大の傾向にある。フェイクニュースの影響はこれから大きくなるのではないか? |
(記事の中に、「ほとんどの人は主流派の情報源からの正確な情報を圧倒的に多く消費している。」という記述があるが、ソーシャルメディアが拡大すると、フェイクニュースの影響が大きくなることが予想される。よって、)人々が触れている情報源の変化、いわゆるオールドメディアと呼ばれる情報源を使用する人と、ソーシャルメディアを主に使用する人の割合の変化を見てみる。
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岡本 尚也(おかもと・なおや)
物理博士・社会起業家
1984年生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、同理工学研究科修了後、ケンブリッジ大学にて物理学博士号を取得。その後、オックスフォード大学にて日本学修士号を取得。ケンブリッジ大学在学中に、Nature Materials 等のトップジャーナルに論文を掲載。現在は一般社団法Glocal Academy代表理事。社会や学術における諸課題を研究的手法を用いて解決する事を目的とし、後進の育成やそれら課題に取り組む個人及び企業・団体を支援している。
著作物:課題研究メソッド ―より良い探究活動のために―(新興出版社啓林館)等
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