テロメラーゼに依存しないテロメア伸長の機構
細胞分裂の際、ゲノムはDNAポリメラーゼという酵素によって複製される。DNAポリメラーゼは、合成領域の5′側に足場となるRNAプライマーが必要であり、それを起点に3′側に向かって合成を開始するため、染色体末端(テロメア)でプライマーが結合していた3′末端の配列は複製されない。つまり、テロメアのDNA反復配列は分裂のたびに短くなり、この短縮が多くの細胞の複製寿命を制限している。しかし、がんの発生過程で、細胞は無限に分裂する能力を獲得する。テロメアを伸長させる酵素「テロメラーゼ」、もしくは、相同組換えに基づいたテロメラーゼ非依存性テロメア伸長(alternative of lengthening telomere;ALT)という機構の活性化により、テロメア長を維持することができるようになるのである。今回、ペンシルベニア大学ペレルマン医学系大学院(米国)のRobert L. Dilleyらは、ALTの基盤となる分子機構と、ALTを担うDNAポリメラーゼを明らかにし、Nature 2016年11月3日号54ページに報告した1。
ALTでテロメアを伸長するがん細胞(ALTがん細胞)では多くの場合、非ALTがん細胞と比べてテロメア領域に高レベルのDNA損傷が認められる2。そのためALTがん細胞は、テロメアDNAの切断の修復に、一般的なDNA修復法である相同組換えを利用しやすい状態にあると考えられている。相同組換えの場合、染色体DNAに生じた二本鎖切断はDNAポリメラーゼによって修復される。その際に鋳型となるのは、対応する姉妹染色分体(複製で生じる同一の染色体)由来のDNAである。ヒトのALTがん細胞株では、他の細胞株と比べて姉妹染色分体間のテロメア交換が増加していること3や、一方のテロメアに挿入したDNAタグがもう一方のテロメアへとコピーされること4などから、ALTがん細胞株のテロメアでは相同組換えが起こりやすくなっていることが示唆されている。腫瘍の10~15%はALTによりテロメアを維持していると考えられており、ALTはがん治療の重要な標的となっている5,6。しかし、ALTの分子機構の分析はこれまで難しかった。
テロメア長を相同組換えによって維持する方法には2通りが考えられる。1つのモデルは、姉妹染色分体のテロメア間で不均等なDNA交換が行われて長短1本ずつのテロメアを生じ、分配の際に長いテロメアを受け継いだ娘細胞が短いテロメアを受け継いだ細胞との競争に最終的には勝つ、というものだ。もう1つのモデルは、テロメアDNAは既存のテロメアの鋳型断片を使って合成されるというもので、鋳型断片となるのは別のテロメア、もしくはALT細胞に見つかった「染色体外テロメアDNA」という遊離の反復DNA分子に由来する5と考えられている。最近では、後者のモデルの支持が広がりつつある。
今回Dilleyらが示した結果も、この後者のモデルを強力に支持するものだ。彼らは、以前構築した、ALT細胞で相同組換えを促進する系7を利用した。具体的には、DNAを切断するFok1ヌクレアーゼ酵素をテロメア結合タンパク質TRF1と融合させて(TRF1–Fok1)、テロメア選択的に二本鎖切断を生じさせてみたのである。ALTを行うことが知られている細胞にTRF1–Fok1を導入すると、テロメアDNAの合成が10倍増加した。さらに彼らは、この合成が一方向性に移動するものであり、平均的なALT細胞のテロメア長である20キロ塩基という長い反復領域を合成できることを明らかにした。ALT細胞ではテロメア長に大きな変動があるが、この合成反応の速度は、こうしたテロメア長の変動を引き起こす要因と整合する8。
このDNA合成の特徴と反応速度は、テロメラーゼを持たない酵母株のテロメア維持機構であるBIR(break-induced replication;切断誘導性複製)という現象に非常に近い9。BIRは一種の相同組換えであり、二本鎖切断部位の一端のみが鋳型と類似の配列を有するときにDNA複製を開始させる。Dilleyらは、BIRに似た哺乳類ALT細胞のテロメア合成過程を「切断誘導性テロメア合成」と命名した。
次に研究チームは、切断誘導性テロメア合成の際に働くタンパク質の特性解析に取り掛かった。Rad51タンパク質は相同組換えにおいて重要な役割を担っており、酵母ではBIRに必要である9。しかし、意外にもDilleyらは、Rad51がALT細胞の切断誘導性テロメア合成には必要ないことを見いだした。彼らは、ALT細胞のDNA損傷部位には、DNAポリメラーゼδ(POLδ)、PCNA(増殖細胞核抗原;POLδの補助因子)およびクランプローダー複合体RFC1–5からなる複合体(レプリソーム)が存在していて、この複合体が切断誘導性テロメア合成に必要なことを発見した(図1)。研究チームは、この特別な複合体がALT細胞のテロメア合成の主たる経路で働いていると述べている。
Dilleyらは、がん細胞のALTの基盤にある分子機構を明らかにしたが、今回の知見からは新たな疑問も浮かび上がった。例えば、ALT細胞だけでなくテロメラーゼを持つがん細胞でも切断誘導性テロメア合成を引き起こせることが示されたのだが、多くのがん細胞でこのテロメア合成機構が働いていないのはなぜだろうか。また、ALT機構を誘導しているものは何なのか、そして10~15%のALTがん細胞でALTがどのようにして維持されているかも明らかになっていない。研究チームはこの説明の1つとして、ALT細胞では永続的なテロメア損傷の割合が他のがん細胞よりも高い、という説を提示している。
あるいは、ALT細胞ではクロマチンを形成する際に、テロメアDNAのヒストンタンパク質への巻き付き方が変化している可能性も考えられる。ヒストン機能を破壊すると、細胞にALTのような特徴を誘導できることが示されているので10、変化したテロメアヒストンとALT機構には分子機構的なつながりが示唆される。さらに、ヒトのALT腫瘍では、クロマチンリモデリングタンパク質複合体であるATRX–DAXXの変異が非常に多く見られる11–14。今回の研究では、ATRX–DAXX複合体の変異がALTにどう関連するかは調べられていないが、興味深い道筋であり、今後の研究が期待される。
Dilleyらが示した切断誘導性テロメア合成とALTとのつながりは、ヒトのがん細胞でALTがどのように開始され、維持されるのかをさらに理解するために役立ちそうな知見である。今後、これらの過程をより詳細に理解することで、ヒトのALT依存性がんを標的とした治療法が開発できるかもしれない。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170231
原文
Telomere-lengthening mechanism revealed- Nature (2016-11-03) | DOI: 10.1038/nature19483
- Caitlin M. Roake & Steven E. Artandi
- Caitlin M. Roake & Steven E. Artandiはスタンフォード大学医学系大学院医学科(米国)に所属。
参考文献
- Dilley, R. L. et al. Nature 539, 54–58 (2016).
- Cesare, A. J. et al. Nature Struct. Mol. Biol. 16, 1244–1251 (2009).
- Londoño-Vallejo, J. A., Der-Sarkissian, H., Cazes, L., Bacchetti, S. & Reddel, R. R. Cancer Res. 64, 2324–2327 (2004).
- Dunham, M. A., Neumann, A. A., Fasching, C. L. & Reddel, R. R. Nature Genet. 26, 447–450 (2000).
- Cesare, A. J. & Reddel, R. R. Nature Rev. Genet. 11, 319–330 (2010).
- Bryan, T. M., Englezou, A., Gupta, J., Bacchetti, S. & Reddel, R. R. EMBO J. 14, 4240–4248 (1995).
- Cho, N. W., Dilley, R. L., Lampson, M. A. & Greenberg, R. A. Cell 159, 108–121 (2014).
- Perrem, K., Colgin, L. M., Neumann, A. A., Yeager, T. R. & Reddel, R. R. Mol. Cell. Biol. 21, 3862–3875 (2001).
- Lydeard, J. R., Jain, S., Yamaguchi, M. & Haber, J. E. Nature 448, 820–823 (2007).
- O’Sullivan, R. J. et al. Nature Struct. Mol. Biol. 21, 167–174 (2014).
- Pickett, H. A. & Reddel, R. R. Nature Struct. Mol. Biol. 22, 875–880 (2015).
- Heaphy, C. M. et al. Science 333, 425 (2011).
- Lovejoy, C. A. et al. PLoS Genet. 8, e1002772 (2012).
- Schwartzentruber, J. et al. Nature 482, 226–231 (2012).