リンパ管による脳内の老廃物除去
Da Mesquitaらは、髄膜リンパ管の除去により髄膜でのアミロイドβが蓄積し、脳実質へのアミロイドβ沈着や認知障害が加速することも観察した。また、髄膜リンパ管の直径や被覆率は加齢により減少することも報告している。 Credit: JUAN GAERTNER/SPL/Getty
リンパ管ネットワークは、血管系と協力して機能し、体液のバランスを調節している1。脳自体にはリンパ管ネットワークは存在しないが、髄膜(脳を包む結合組織性の膜の総称)にはリンパ管ネットワークが存在する。髄膜リンパ管系は、1787年に初めて発見された2が、この10年の間に「再発見」されている3-5。全身のリンパ管ががんなどの全身性疾患に関与している1ように、髄膜リンパ管は、脳疾患に関与しているのだろうか? バージニア大学(米国シャーロッツビル)のSandro Da Mesquitaらはこのほど、髄膜のリンパ管が、認知機能の維持にも、脳を流れる体液中(脳間質液や脳脊髄液)のタンパク質恒常性(タンパク質を適正レベルで維持すること)にも役立つことを明らかにし、Nature 2018年8月9日号185ページで報告した6。この知見は、正常な加齢やアルツハイマー病などの疾患に関係があると思われる。
リンパ管は、組織を満たしている間質液(interstitial fluid;ISF)を排出する。ISFには、細胞残屑や毒性分子などの老廃物が含まれている他、タンパク質も豊富に含まれている。ISFは、リンパ管に入るとリンパ液と呼ばれるようになり、リンパ系を循環した後、鎖骨下付近の静脈に合流して循環血液へ戻る1。その途中で、リンパ液はリンパ節で濾過されるが、その際に外来分子が検出されると、免疫応答が開始する。
脳にはリンパ管が存在しない。そのため、脳の本体(脳実質)のタンパク質や老廃物は、血管壁に沿ったISF内に輸送され、髄膜中を循環する脳脊髄液(cerebrospinal fluid;CSF)7に到達する。CSF中に到達したタンパク質や代謝老廃物などの分子は、血管壁を通過して血管に輸送されることで、脳から除去される。つまり、こうした分子が血液脳関門7,8を通過できることは既にしっかりと立証されていて、この過程は血管を介した除去(transvascular clearance)と呼ばれている。しかし、髄膜に存在するリンパ管も老廃物の除去に関与しているかどうかは分かっていなかった。
Da Mesquitaらは、マウスの大槽(髄膜中のCSFで満たされた大きな間隙)に、脈管を傷害する薬剤を注入することで髄膜のリンパ管を破壊した。次に、大槽に蛍光トレーサー分子を投与した。すると、髄膜リンパ管が障害されたマウスでは、トレーサー分子は深頸リンパ節に到達しなかった。通常、髄膜リンパ管は深頸リンパ節に通じている。また、このマウスの脳実質にトレーサー分子を注入すると、深頸リンパ節へのISF排出が減少していることが分かった。これまでの研究から9、高濃度のトレーサー分子をCSFに注入すると、トレーサー分子は血管に沿った脳領域内に拡散されるようになることが分かっているが、この輸送も髄膜リンパ管が障害されたマウスでは減少していた。Da Mesquitaらは、これらの結果をいくつかの別の手法を用いて確認した。例えば、異なるトレーサー分子を用いる、深頸リンパ節への排出を外科的に閉鎖する、リンパ管の発達を障害するように遺伝的に改変されたマウスを検討する、などの手法である。
また、髄膜リンパ管の破壊は、空間識や恐怖記憶の異常にもつながった。脳の海馬は、これらの行動に重要な役割を担っていて、髄膜リンパ管を破壊した際の海馬領域の遺伝子発現の変化が、神経変性疾患に見られる遺伝子発現の変化に類似していることが分かった。これらの実験を総合すると、適切な認知機能には、髄膜リンパ管による脳のISFやCSFの排出が必要であると考えられた。
Da Mesquitaらの研究から、興味深い疑問も浮かび上がった。注入されたトレーサー分子はどこへいったのだろうか? 1つの研究から10、大槽に注入されたトレーサー分子は、主に血液に輸送され、リンパ系には補助的にのみ輸送されることが示されている。注入されたトレーサー分子を髄膜リンパ管と他のリンパ管(例えば頸部リンパ管)、および血液内で同時に測定すれば、髄膜リンパ管の障害により、脳のタンパク質恒常性の制御に使われる経路が使われるようになるのか、血液脳関門を通過する血管を介した老廃物除去経路が増強されるのか(図1)、あるいは、髄膜静脈系へ排出される老廃物除去経路が増強される7のかどうかが明らかになるかもしれない。
図1 脳での老廃物の調節
a 脳自体には老廃物の排出を行うリンパ管が存在しない。タンパク質や老廃物は、血管壁に沿った脳の間質液(ISF)から、髄膜(脳を包む膜)内の間隙を満たす脳脊髄液(CSF)へと輸送される。Da Mesquitaらは、髄膜のリンパ管が、老廃物を含むCSFやISFの排出管であることを報告した6。
b 健康なマウスの脳では、リンパ管を介したCSFやISFの排出には、血管内皮増殖因子C(VEGF-C)と、その受容体で髄膜リンパ管壁を裏打ちするリンパ管内皮細胞に存在するVEGFR3の間のシグナル伝達が必要である。アルツハイマー病に関連するアミロイドβ(Aβ)タンパク質は、主に血管を介してISFから除去される。
c 加齢に伴い、血管系およびリンパ系の両方が障害されることがある。髄膜リンパ管の直径の減少は、リンパ管による老廃物排出の減少を引き起こす。リンパ管からの排出が減少すると、血管からの排出も減少し、脳でのAβ蓄積につながる。
次にDa Mesquitaらは、加齢により、髄膜リンパ管の直径や被覆率が減少することや、トレーサー分子のISFおよびCSFから深頸リンパ節への排出が減少することを観察した。マウスのリンパ管の増殖は、血管内皮増殖因子C(VEGF-C)とその受容体VEGFR3が関与するシグナル伝達経路によって促進されるが、この経路の障害が髄膜リンパ管の喪失につながる1,3。その上、VEGF-Cを投与すると、髄膜リンパ管の直径が増加し、リンパ管への排出が改善される4。これらの知見と一致して、Da Mesquitaらがウイルスを用いて老齢マウスの大槽へVegf-c遺伝子を局所送達すると、CSFトレーサー分子の深頸リンパ節への排出が回復する。この変化は老齢マウスの空間識の回復を伴っていた。
血管を介した老廃物の排出が加齢に伴って低下することから、アルツハイマー病の特徴である、脳でのアミロイドβタンパク質の蓄積7,11,12との関係が示唆された。そこでDa Mesquitaらは、アルツハイマー病の2つのマウスモデル(ニューロンでアミロイドβタンパク質が産生され、ISFに分泌される)において、髄膜リンパ管を除去した影響を調べた。髄膜リンパ管を除去すると、髄膜でのアミロイドβの蓄積が引き起こされ、脳実質へのアミロイドβ沈着や認知障害が加速した。またDa Mesquitaらは、アミロイドβがアルツハイマー病の人の髄膜に蓄積していることも明らかにし、これらの知見がヒトにも関係している可能性を示した。
これらのマウスモデルでは、脳実質にアミロイドβの沈着が初めて出現したときには、髄膜リンパ管の構造変化も機能変化も見られなかった。この時点でウイルスを用いてVegf-cを送達しても、どちらのモデルにおいても認知障害を防ぐことはできなかったことから、これらのモデルの初期のアミロイドβの沈着や認知障害は、別の排出経路(最も可能性が高いのは血管を介した排出経路)の破壊によって引き起こされていると考えられた。血管を介したルートからの排出は、加齢に伴い徐々に低下するので、恐らくそれに伴って髄膜リンパ系への負担が増していると考えられる。リンパ系の排出能が限界に達すると、アミロイドβや他のタンパク質は、ISFやCSFからリンパ管を介した経路できちんと排出できなくなるのかもしれない(図1)。従って、髄膜リンパ管と血管の間の動的関係は、脳のタンパク質恒常性を調節すると考えられる。
今後の研究では、脳から老廃物を排出する経路についての理解をさらに深める必要がある。例えば、ISFやCSFが髄膜リンパ管に老廃物を排出する仕組みや、これらのリンパ管が血液脳関門で血液と相互作用する仕組みなどを明らかにするのだ。そのような解析が、認知や神経変性、アルツハイマー病を研究するための新しい道を切り開くと考えられる。Da Mesquitaらは、リンパ管の直径を増大させる戦略が、髄膜リンパ管による排出を改善し、脳のタンパク質恒常性を取り戻し、アミロイドβの蓄積を減少させる可能性を示した。次は、髄膜を対象とする治療が加齢に伴う血管の機能不全を改善するかどうか、また、血液脳関門での排出増加がリンパ管による排出機能を改善できるかどうかも明らかにする必要がある。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2018.181131
原文
A lymphatic waste-disposal system implicated in Alzheimer’s disease- Nature (2018-08-09) | DOI: 10.1038/d41586-018-05763-0
- Melanie D. Sweeney & Berislav V. Zlokovic
- Melanie D. Sweeney & Berislav V. Zlokovicは、南カリフォルニア大学ケック医学系大学院(米国ロサンゼルス)に所属。
参考文献
- Alitalo, K., Tammela, T. & Petrova, T. V. Nature 438, 946–953 (2005).
- Mascagni, P. Vasorum lymphaticorum corporis humani historia et ichnographia (Pazzini Carli, 1787).
- Aspelund, A. et al. J. Exp. Med. 212, 991–999 (2015).
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- Absinta, M. et al. eLife 6, e29738 (2017).
- Da Mesquita, S. et al. Nature 560, 185–191 (2018).
- Sweeney, M. D., Sagare, A. P. & Zlokovic, B. V. Nature Rev. Neurol. 14, 133–150 (2018).
- Zhao, Z. et al. Nature Neurosci. 18, 978–987 (2015).
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