T細胞は腫瘍細胞をどのように見つけ出すのか
免疫系のT細胞は、感染細胞やがん細胞など、体への脅威となる細胞の識別と除去に重要な役割を担っている。このほど、腫瘍はどれほど効率的にT細胞に検出されるのか、つまり免疫原性として知られる、腫瘍の性質を評価する枠組みがNature 2017年11月23日号に掲載された2つの論文(著者の多くが両論文で共通)で提案された。スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)のVinod P. Balachandran ら1は512ページに、プリンストン高等研究所(米国ニュージャージー州プリンストン)のMarta Łukszaら2は517ページに、その研究成果を報告している。これらの論文では、著者らが開発した腫瘍免疫原性スコアを割り付けるモデルを用いると、チェックポイント阻害と呼ばれるがん免疫療法の1つに対する臨床応答を予測できることが実証された。
体に存在するほとんどの細胞は、細胞表面に抗原として知られるペプチド断片を提示している。このようなペプチドは細胞内のタンパク質から作り出され、各ペプチドはMHCクラスI(ヒトではHLAクラスI)と呼ばれる特殊化した受容体に結合して複合体を形成することで、抗原として提示される。細胞傷害性T細胞として知られるT細胞は、体内で特定の抗原を提示している細胞を監視している。特定の抗原とは、例えば、感染生物由来の抗原や、がんの場合には、変異の結果として生じたネオアンチゲンとして知られる抗原である(図1)。細胞傷害性T細胞のT細胞受容体(TCR)は、通常は存在していない抗原に出合うとそれを認識して結合し、T細胞はその抗原を表面に発現する細胞への攻撃を開始して殺傷する。TCRは非常に多様で、各TCRの抗原結合領域はわずかに異なっている。それにより、免疫系は数百万種類の抗原を認識できるわけである3。従って、抗原のMHCタンパク質への結合、抗原–MHC複合体のTCRによる認識が、免疫応答の要である。
腫瘍細胞は免疫系による監視を逃れるために、免疫系にもとより備わった「免疫応答を減弱させる」機構を乗っ取ることが多い。この機構は、通常は自己免疫によって健康な組織が攻撃されるのを防いでいる。この機構の乗っ取り、すなわち腫瘍細胞が「チェックポイント」タンパク質PD-L14を発現することで生じる免疫抑制性シグナルを阻害し、腫瘍細胞を免疫系に認識・攻撃させることを狙ったのが、チェックポイント阻害療法である。しかし、この治療法で退縮する腫瘍はごく一部である。従って、このような免疫療法に最も反応すると考えられる腫瘍を突き止める手法が必要である。
現在、チェックポイント阻害療法の有効性を予測する方法は、腫瘍細胞に発現しているPD-L1タンパク質のレベルの測定、1つの腫瘍に含まれるT細胞数の計数、1つの腫瘍に含まれる異なるネオアンチゲンの数の予測に依存している5。今回、ŁukszaらやBalachandranらの研究は、腫瘍がT細胞に攻撃されるかどうか(この特徴を腫瘍の適応度とした。腫瘍に対する強力な免疫応答が引き起こされる場合は「適応度が低い」とする)を予測する新しい種類の統合モデルを示した。
著者らは、1つの腫瘍に含まれるネオアンチゲンの免疫原性を評価することで、腫瘍の適応度を計算した。各ネオアンチゲンの免疫原性を推定するために、最初に、各患者のMHCタンパク質がどれほど強固に各ネオアンチゲンに結合するかを、そのネオアンチゲンの野生型との比較で考えた。次に、ネオアンチゲン–MHC複合体がTCRに認識される可能性をスコアに割り付けた。MHCの形状は、存在するMHCタンパク質の型により変化し得るが、コンピューターアルゴリズムは患者のゲノムにコードされるどの型のMHCタンパク質に対しても特定の抗原の親和性を正確に予測できた。
しかし、TCRに認識される可能性が他の抗原よりも高い抗原を予測することはいまだ難しい。両研究チームは、この問題に取り組むために、T細胞を刺激することが知られている感染症関連抗原にネオアンチゲンが類似しているなら、「非自己」と認識される確率が高いと考えられる、すなわち免疫原性(免疫応答を誘起する能力)がある可能性が高いとし、仮定を単純化した。
両研究チームは、クローンとして知られる腫瘍細胞亜集団(異なる変異を含んでいる)の総適応度を基盤として各腫瘍の適応度を計算した。まず、腫瘍に含まれる各クローンについて、MHCに結合し、TCRに認識される可能性が最も高いネオアンチゲンのスコアで表した。Łukszaらは、このモデルの有効性を、がんと診断されてチェックポイント阻害療法を受けた3群(黒色腫患者2群と非小細胞肺がん患者1群)で実証した。彼らのモデルで、ネオアンチゲンのスコアが高い、つまり適応度が低いと予測された腫瘍は、実際に、患者のより長い生存期間と関連していた。その上、彼らの完全なモデルの予測力は、スコアによる基準の一部のみを用いた部分的なモデルによる予測よりも優れていることが実証された。
一方、Balachandranらは、このタイプのモデル化手法によって、膵臓がんと診断された後に長期生存者と短期生存者を識別できることを実証した。彼らは、ネオアンチゲンの数を評価する別のモデルを検討したが、このモデルでは長期生存者の識別はできなかった。その上、患者の血液試料を解析すると、長期生存者は、短期生存者よりもMUC16遺伝子の変異から生じたネオアンチゲンが存在する頻度が高かったことから、変異型MUC16に対するT細胞応答が起こっていることが示唆された。彼らは、MUC16変異が、免疫系の重要な抗腫瘍標的となるネオアンチゲンを作り出すと考えている。
腫瘍の適応度モデルは数学モデルであり、いくつかのパラメーターを設定する必要がある。 これらのパラメーターは、治療に応答する時間スケールと、ネオアンチゲンがTCRに認識される確率の評価に関係する。両研究チームは、これらのパラメーターに用いる数値を決定するために、パラメーターの値を変化させて、観察される患者生存データに最も合致するようこのモデルを調整した。
Łukszaらは、1群の患者のデータを用いて決定した複数のパラメーターにより、独立した1群の患者の生存を予測する手法を採った。これは、「過剰適合」として知られる、特定のデータセットのみに当てはまるモデルの問題を避ける一般的に受け入れられた方法である。一方、Balachandranらは、パラメーターの値の決定と転帰の予測を同じ患者群を用いて行ったが、パラメーターを設定する目的で、データの一部の試料を用いた場合も同様の値が得られたと述べている。各患者群に対するモデルパラメーターを設定する必要性があり、また、各患者の腫瘍タイプに独特の特徴があることや、適用されるのは特定の種類の免疫療法であることを考えると、このモデルにより、特定の患者に対してどの程度の予測が可能なのかという疑問が浮上する。
MHCタンパク質に対する抗原の親和性やTCRによる抗原認識に加え、他の多くの要因が、ネオアンチゲンの効力に影響を及ぼしたり、チェックポイント阻害の有効性と相関したりし得る。従って、このモデルに望まれるのは、容易に拡大できることであると考えられる。実際に、Łukszaらは、腫瘍微小環境における細胞抑制性遺伝子群の発現(免疫細胞による腫瘍の標的化に関連する)など、追加のパラメーターを取り入れられることを実証し、これらのパラメーターの追加によってモデルの予測力が改善されたことを示した。同じ考え方では、抗原を作り出すタンパク質分解過程の偏り、あるいはネオアンチゲンの発現レベルなど、より多くの要因を考慮することで、より優れたモデルを達成できると考えられる。
自己免疫に関連する抗原など、非微生物抗原に対するネオアンチゲンの類似性も用いて、免疫原性や患者の生存を予測できる可能性もある。従って、TCRによる抗原認識の基盤を正確に示す研究がさらに必要である。ある1人の患者において、有効な抗腫瘍免疫応答が引き起こされるかを予測するには、多くの要因(抗腫瘍応答を開始させることがある、変異のない抗原を含む)を考慮しなければならないが、ネオアンチゲンはT細胞ががん細胞を検出して破壊するのに用いることができる重要な標的であることが明らかになり、また、免疫療法の重要な標的であることが分かった6-8。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180239
原文
How T cells spot tumour cells- Nature (2017-11-23) | DOI: 10.1038/d41586-017-07267-9
- Siranush Sarkizova & Nir Hacohe
- Siranush Sarkizova & Nir Hacoheは、マサチューセッツ総合病院およびブロード研究所に所属。
参考文献
- Balachandran, V. P. et al. Nature 551, 512–516 (2017).
- Łuksza, M. et al. Nature 551, 517–520 (2017).
- Robins, H. Curr. Opin. Immunol. 25, 646–652 (2013).
- Sharma, P. & Allison, J. P. Science 348, 56–61 (2015).
- Schumacher, T. N. & Hacohen, N. Curr. Opin. Immunol. 41, 98–103 (2016).
- Carreno, B. M. et al. Science 348, 803–808 (2015).
- Ott, P. A. et al. Nature 547, 217–221 (2017).
- Sahin, U. et al. Nature 547, 222–226 (2017).