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アンモニア合成の新たな道

水素源として水を用いる今回の反応は、 環境に優しいアンモニア合成法への道を開く大きな一歩である。 Credit: sarayut Thaneerat/Moment/Getty

世界の食料生産は、アンモニア系の窒素肥料に支えられている。従って、窒素ガス(N2)のアンモニア(NH3)への工業的変換は、人々の生活に不可欠なものといえる。この変換反応に関わる分子はどれも単純だが、N2の強い窒素–窒素三重結合(N≡N結合)を開裂して同時に窒素–水素(N–H)結合を形成する反応は容易でなく、現状では、高温高圧といった極端な反応条件や、扱いにくくて合成に大量のエネルギーを要する反応試薬を複数組み合わせて使うなど、概してエネルギーコストの高い条件を必要とする。そのため、これらの条件を大幅に改善できる触媒反応が求められてきた。東京大学の西林仁昭が率いる研究チーム1は今回、二ヨウ化サマリウムと水を混合し、これをモリブデン錯体と組み合わせることで、常温常圧でN2のNH3への変換反応を触媒できることを実証し、Nature 2019年4月25日号536ページで報告した。この反応は触媒活性が非常に高く、エネルギー損失も大きく低減されている。今回の成果は、常温常圧での工業的アンモニア合成法の実現に向けて道を開くとともに、真に理想的な手法について問題提起するものである。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、世界的な肥料不足が懸念され、爆薬の原料である硝酸も不足していたことから、これらの原料となるアンモニアを大量生産できる方法が盛んに研究されていた。そんな中、ドイツ人化学者フリッツ・ハーバーは1909年、高圧下で触媒を用いることで、「空気から取り出した」窒素をアンモニアに変換できることを初めて実証する。その後、1913年に同じくドイツ人化学者のカール・ボッシュがこの方法の工業化に成功し、「ハーバー・ボッシュ法」が誕生した2。後に工業的アンモニア合成の主流となったこの方法では、一般に鉄系の触媒を用い、その存在下でN2と水素ガス(H2)を反応させることでNH3を合成する(図1a)。現在、世界のアンモニア生産量は毎分約250~300tにも上り、それによって製造された肥料がもたらす食料は地球の全人口の60%近くを支えている計算になる3,4

図1 アンモニア合成法の比較
a ハーバー・ボッシュ法による工業的なアンモニア(NH3)合成。通常、鉄系触媒の存在下で窒素ガス(N2)と水素ガス(H2)を反応させる。高温高圧の反応条件が必要だが、副反応によって無駄になるエネルギーが最も少なく、熱力学的に理想的な反応である。
b 生物学的窒素固定。窒素固定菌が持つ酵素ニトロゲナーゼが、N2 1分子と6個の電子(e)と6個の水素イオン(プロトン;H+)の反応を触媒し、常温常圧でNH3 2分子を合成する。この反応は、細胞の燃料分子であるATPのADPへの変換(ATPの加水分解)で生じるエネルギーによって駆動される。しかし、この反応では2個の電子と2個のプロトンが余分に必要で、副産物としてH2分子を生じ、理論的に必要となる以上のエネルギーを消費するため、この反応の過電圧エネルギーは高い。
c 西林らのアンモニア合成法1。水(H2O)と二ヨウ化サマリウム(SmI2)の混合物と、モリブデン触媒を組み合わせることで、常温常圧でN2をNH3に変換することができる。SmI2がH2Oに配位すると酸素–水素(O–H)結合が弱まり、これによってプロトンと電子(赤色)が同時に供給されることで、N2との反応が進む。この手法を改善すれば、過電圧の低い反応が開発できる可能性がある。

現在のアンモニア合成に必要とされる条件は、温度が400℃以上、圧力が約100気圧以上と高く、こうした条件はしばしば「過酷」と表現される。そして、このよくある誤解を動機として、化学者たちは、温度と圧力がより低い「温和」な条件での合成反応を可能にする新たな触媒を求めて研究を進めてきた。だが実際のところ、新触媒の探索で動機とすべきなのは、プラント建設に伴う設備投資額の削減や、当該反応だけでなく原料であるH2の製造を含む全ての過程で生じる炭素排出量の削減の必要性だろう5

効果的な触媒の探求では、化学者は自然界に手掛かりを求めることが多い。窒素は、生物の構成要素であるアミノ酸やヌクレオチドに含まれる必須元素だが、空気中の窒素を直接利用できるのは一部の微生物だけである。こうした微生物によるN2のNH3への変換は「生物学的窒素固定」と呼ばれ、この還元反応は窒素固定菌が持つ酵素「ニトロゲナーゼ」により触媒されている。ハーバー・ボッシュ法とは異なり、この反応はH2を水素源としない。代わりに、ニトロゲナーゼは電子と水由来の水素イオン(プロトン;H+)を別々に窒素原子まで移動させて、そこでN–H結合を形成する(図1b)。ニトロゲナーゼは常温常圧で窒素を固定するが、この反応に必要な電子とプロトンの数は、化学量論的にはN2 1分子につきそれぞれ6個で十分なのに対し、実際にこの反応や他の共役反応を熱力学的に駆動するには、電子とプロトンは8個ずつ必要になる。また、この反応では副産物としてH2も1分子生成する6。このような水素の過剰使用は、ニトロゲナーゼの触媒反応ではいわゆる「過電圧」が高いこと、つまり、熱力学的に必要なエネルギーよりも実際の反応で使われるエネルギーが大きいことを意味している7

化学者たちは、N2が結合した金属錯体にプロトン源と電子源を加えることによって、ニトロゲナーゼの触媒反応を模倣してきた。例えば、西林の研究グループは以前、この方法で窒素固定を触媒できるモリブデン(Mo)錯体を報告している8。この反応では、Mo錯体1分子当たり最高で230分子のNH3が合成された。ところが、ニトロゲナーゼを模倣する一連の合成法での過電圧は非常に高く、一部の例ではN2 1モル当たり約300kcalもの過剰エネルギーが必要となる9。こうした観点から見ると、ハーバー・ボッシュ法の反応条件は決して過酷なものではなく、熱力学的にはむしろ理想に近いといえる。

触媒研究者にとっての課題は、最良の生物学的窒素固定法と最良の工業的窒素固定法を組み合わせることである。つまり、常温常圧に近い条件で進行し、過電圧が最小で、巨額の資本を要するプラントを必要としないアンモニアの大規模合成法を見いだすことである。しかし、これは大変な難題だ。なぜなら、H2を用いる方法と同等の熱力学的な駆動力をもたらし、常温常圧またはそれに近い条件でN–H結合を形成できるだけの反応性を持つ酸(プロトン源)と還元剤(電子源)の組み合わせが、まだ見つかっていないからである。

だが、もしもプロトン源と電子源を、別々にではなく協奏的に機能させられるとしたらどうだろう? 西林の研究チームが採用したのはまさにこの戦略であり、これによって彼らは、根本的に新しい手法となり得る触媒的アンモニア合成法の開発に成功した。カギとなったのは、二ヨウ化サマリウム(SmI2)と水(H2O)の相互作用に起因する、配位によって生じる結合の活性化10の利用だった(図1c)。

錯体を形成していないH2O分子中の酸素–水素(O–H)結合は、強くて開裂するのが困難だが、H2O中のOがSmI2に配位(孤立電子対を供与)すると O–H結合が弱まり、容易に開裂できるようになる。その結果、H2OとSmI2の混合物は強力なH源、つまり実質的には、これ1つで優れたプロトン源と電子源になるのだ。研究チームは今回、このH源をMo触媒と共に用いて、窒素固定を試みた。SmI2–H2O系ではこれまでに、配位によって生じる著しい結合の活性化が測定されており、これを用いて炭素–水素(C–H)結合が形成されている11,12

この概念を触媒的アンモニア合成に拡張した西林らの今回の成果は、主に2つの理由から注目に値する。第一に、Mo触媒はH2O中で劣化することが多いにもかかわらず、今回の反応ではMo触媒が水溶液中でアンモニア合成を促進していることだ。第二に、配位による結合の活性化を用いることで、自然発火の危険を伴うプロトン源と電子源の併用を避けつつ、常温常圧での新たな窒素固定法がもたらされたことである。この反応ではMo触媒1分子当たり実に4000分子以上のNH3が合成された。研究チームはまた、H2Oの代わりにエチレングリコール(HOCH2CH2OH)を用いても反応がうまく進行することを示し、この方法でのアンモニア合成に使用できるH源の幅を一気に広げている。

西林らは、今回の触媒サイクルについて次のような反応経路を提案している。まず、Mo錯体がN2に配位し、N≡N結合を開裂してモリブデンニトリド錯体(Mo≡N結合を持つ)を形成する。次に、SmI2とH2Oの混合物によるプロトンと電子の供給を受けて、最終的にNH3が生成する。こうしたモリブデンニトリド錯体によるN–H結合の形成は、熱力学的には容易ではない。というのも、我々のグループが以前指摘したように10、H2OとMoの結合ではN–H結合も弱まるからだ。この作用は、過電圧の一因となる。今回の反応ではまた、SmI2がHの移動を促進するだけでなく、Moを還元型に維持することで、この金属が水溶液中で酸化モリブデンを形成してしまうのを防いでいる。

西林らが論文内で指摘しているように、今回の方法はそのままではまだ工業的なアンモニア合成には向かない。それは、SmI2の大量使用によって大量の廃棄物が生じることに加え、水溶液からのアンモニアの分離にエネルギーコストがかかり、大幅に減少されたとはいえ、まだ約140kcal mol−1もの過電圧エネルギーが残っているからだ。それでも、今回の西林らの成果は、アンモニア合成法の研究を進めるための新たな場を創造したといえよう。今後の研究では、SmI2に代わる化合物、すなわち、Smよりも豊富に存在する金属からなり、配位による結合の活性化の促進によりプロトンと電子を供給しやすく、N–H結合形成を可能にし、空気と水からのアンモニア合成のエネルギーコストを下げることのできる有力な化合物の探索に重点を置くことが望まれる。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190735

原文

A fresh approach to synthesizing ammonia from air and water
  • Nature (2019-04-25) | DOI: 10.1038/d41586-019-01213-7
  • Máté J. Bezdek & Paul J. Chirik
  • Máté J. Bezdek & Paul J. Chirikは、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)に所属。

参考文献

  1. Ashida, Y., Arashiba, K., Nakajima, K. & Nishibayashi, Y. Nature 568, 536–540 (2019).
  2. Hager, T. The Alchemy of Air (Random House, 2009).
  3. Schlögl, R. Angew. Chem. Int. Edn 42, 2004–2008 (2003).
  4. Smil, V. Enriching the Earth: Fritz Haber, Carl Bosch, and the Transformation of World Food Production (MIT Press, 2001).
  5. Appl, M. in Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry 2012 Vol. 3, 139−225 (Wiley, 2012).
  6. Hoffman, B. M., Dean, D. R. & Seefeldt, L. C. Acc. Chem. Res. 42, 609–619 (2009).
  7. Pappas, I. & Chirik, P. J. J. Am. Chem. Soc. 138, 13379−13389 (2016).
  8. Eizawa, A. et al. Nature Commun. 8, 14874 (2017).
  9. Bezdek, M. J., Pappas, I. & Chirik, P. J. Top. Organometal. Chem. 60, 1−21 (2017).
  10. Bezdek, M. J., Guo, S. & Chirik, P. J. Science 354, 730–733 (2016).
  11. Chciuk, T. V. & Flowers, R. A. II J. Am. Chem. Soc. 137, 11526−11531 (2015).
  12. Kolmar, S. S. & Mayer, J. M. J. Am. Chem. Soc. 139, 10687−10692 (2017).