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暗黒物質検出器が極めて稀な原子核崩壊を観測

グランサッソ国立研究所のXENON1T実験施設。 奥のタンク状の部分の中に、液体キセノンが入った容器がある。 Credit: Stefano Montesi - Corbis/Corbis via Getty Images)

この半世紀の間、私たちは素粒子物理学の標準模型に基づいてこの世界を理解してきた。しかし、この理解の仕方に対し、標準模型の限界のいくつかを克服できる理論が挑み続けてきた1。こうした理論は、ニュートリノがマヨラナ粒子(つまり、粒子と反粒子が同一)であることを許し、宇宙の「見えない物質」であるダークマター(暗黒物質)の構成要素としてWIMP(weakly interacting massive particle;弱く相互作用する質量の大きな粒子)の存在を予言する。マヨラナ・ニュートリノは、「ニュートリノレス(ニュートリノを放出しない)二重ベータ崩壊」と呼ばれるある種の原子核崩壊を媒介し、その一例が「ニュートリノレス二重電子捕獲」だ。この崩壊の観測への重要な一段階が、その標準模型での対応過程である「2ニュートリノ(2個のニュートリノを放出する)二重電子捕獲」を検出することだ。国際共同研究グループ「キセノンコラボレーション」は、WIMPを検出するために作られた検出器を使い、キセノン124原子核で2ニュートリノ二重電子捕獲を初めて直接観測したことをNature 2019年4月25日号532ページで報告した2

この宇宙のあらゆる既知の相互作用は、電磁相互作用、重力相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の4つの力の1つによって媒介される。私たちが日常生活で見かける電磁気力と重力は長距離力であり、遠距離まで作用できる。強い力は短距離で働き、クォークと呼ばれる素粒子をフェムトメートル(1fmは10–15m)スケールで結び付け、核子(陽子と中性子)を作る。強い力の長距離での弱い残留効果は、核子を結合して原子核にする。例えば、この残留効果は、キセノン124原子核の124個の核子(54個の陽子と70個の中性子)を結合させている。最後に、弱い力は極端に短距離であり、原子核のベータ崩壊と呼ばれる過程によって原子核を崩壊させる。

ベータ崩壊の1つのタイプが原子核の電子捕獲で、この現象では、原子に埋め込まれた原子核が、原子核を取り囲む電子殻から1個の電子を捕獲する(図1a)。その結果、原子核の中の1個の陽子が1個の中性子に変わり、1個のニュートリノが放出される。電子捕獲、あるいは他のあらゆる形態のベータ崩壊は、最低次の弱い相互作用と呼ばれる。こうした過程では、原子核の崩壊率(原子核の半減期に反比例する)は、弱結合定数(弱い力の強さを決めるパラメーター)の2乗に比例する。この定数は小さいので、半減期は長い。例えば、ヨウ素124のテルル124への電子捕獲による崩壊の場合、その半減期は4.2日だ。

一部の例では、電子捕獲(あるいは他のあらゆる最低次の弱い相互作用)は、エネルギー保存則によって禁止される。この場合、二次の弱い相互作用過程で原子核崩壊が起こり得る。このとき、崩壊率は弱結合定数の4乗に比例し、崩壊の半減期は極端に長い。二次の弱い相互作用の一例は、2ニュートリノ二重電子捕獲で、この場合は、1つの原子核がそれを取り囲む電子殻から2個の電子を捕獲し、2個の陽子が中性子に変化し、2個のニュートリノが放出される(図1b)。

図1 電子捕獲と2ニュートリノ二重電子捕獲
a ヨウ素124原子は、電子捕獲と呼ばれる過程により、4.2日の半減期でテルル124原子へ崩壊できる。ヨウ素124原子の原子核は、周囲の電子殻から1個の電子を捕獲する。原子核の中の1個の陽子(丸印)が1個の中性子に変わり、1個のニュートリノが放出される。
b キセノン124原子は、エネルギー保存則のために、電子捕獲で崩壊できない。しかし、キセノン124原子は、2ニュートリノ二重電子捕獲と呼ばれる過程により、極めて長い半減期でテルル124原子に崩壊できる。キセノン124原子核は、周囲の電子殻から2個の電子を捕獲し、その結果、2個の陽子(丸印)が中性子に変わり、2個のニュートリノが放出される。キセノンコラボレーションは、この過程の半減期を1.8×1022年と測定した2。これは現在の宇宙の年齢の約1兆倍だ。

この過程は、1個の原子核を、陽子が2個少なく中性子が2個多い原子核に直接的に変える、2つの同時の電子捕獲崩壊と考えることができる。捕獲された各電子は、その電子があった電子殻の中に正孔を残す。これらの正孔は、他の電子が満たし、X線やオージェ電子と呼ばれる電子の放出が起こる。こうした放出により、原子核の2ニュートリノ二重電子捕獲の直接観測が可能になる。この過程の最初の実験的兆候は、クリプトン78での直接計数実験で得られ3,4、このとき、二重電子捕獲は1つずつ記録された。また、地球化学の研究においてバリウム130で得られた5,6

キセノンコラボレーションは、ダークマター検出器「XENON1T」を使い、2ニュートリノ二重電子捕獲によって起こる、キセノン124のテルル124への崩壊を探した。XENON1Tは、約3tの超高純度の液体キセノンを含み、キセノン原子核によるWIMPの散乱を探すために設計された7。この検出器は、イタリア・ローマから約120kmの距離にある、同国中部のグランサッソ山塊地下のグランサッソ国立研究所に設置されている。研究者たちは、稀な崩壊を見つけるためにX線とオージェ電子の放出を測定する直接計数実験を行った。データは、WIMP探索の一環として1年間(2017年2月~2018年2月)にわたって集められた。

検出器の中には莫大な量のキセノンがあるため、キセノンコラボレーションは、キセノン124原子核での2ニュートリノ二重電子捕獲の初めての直接観測を達成した。彼らは、この過程の半減期を1.8×1022年と測定した。これは現在の宇宙の年齢の1兆倍だ。今回の成功した半減期の測定は、他の原子核で稀な崩壊の検出を目指す実験の基礎になる。さらに、研究者たちがWIMP探索用の液体キセノン検出器を使用したことは、こうした検出器の能力と多目的性の顕著な証拠になった。しかし、こうした検出器で調べることができるのは4種の二重ベータ崩壊、つまり、キセノン124、キセノン126、キセノン134、キセノン136の崩壊だけだ。

原子核理論の観点から言えば、2ニュートリノ二重電子捕獲とニュートリノレス二重電子捕獲の崩壊率は、どちらも原子核行列要素と呼ばれる量に関係付けることができる。原子核行列要素は、原子核モデルから得られた原子核構造に関する情報を含み、原子核構造理論の分野の研究者が応用することができる。測定された2ニュートリノ二重電子捕獲は、二重ベータ崩壊の崩壊率を計算するために使われるさまざまな原子核モデル8を検証するのに役立つだろう。さらに、得られた半減期データから、モデルパラメーターの微調整が可能になり、ニュートリノレス二重電子捕獲と一般のニュートリノレス二重ベータ崩壊に関係する原子核行列要素の値をより正確に予測できるようになるだろう。最後に、これらの全ての要素が、現在および将来のニュートリノ実験で得られたデータからニュートリノ・パラメーターを正確に導く際に役立つだろう。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190729

原文

Dark-matter detector observes exotic nuclear decay
  • Nature (2019-04-25) | DOI: 10.1038/d41586-019-01212-8
  • Jouni Suhonen
  • Jouni Suhonenは、ユバスキュラ大学(フィンランド・ユバスキュラ)に所属。

参考文献

  1. Vergados, J. D. Phys. Rep. 133, 1–216 (1986).
  2. XENON Collaboration. Nature 568, 532–535 (2019).
  3. Gavrilyuk, Y. M. et al. Phys. Rev. C 87, 035501 (2013).
  4. Ratkevich, S. S. et al. Phys. Rev. C 96, 065502 (2017).
  5. Meshik, A. P., Hohenberg, C. M., Pravdivtseva, O. V. & Kapusta, Y. S. Phys. Rev. C 64, 035205 (2001).
  6. Pujol, M., Marty, B., Burnard, P. & Philippot, P. Geochim. Cosmochim. Acta 73, 6834–6846 (2009).
  7. Aprile, E. et al. Phys. Rev. Lett. 121, 111302 (2018).
  8. Ejiri, H., Suhonen, J. & Zuber, K. Phys. Rep. 797, 1–102 (2019).