コアラがもっとも好きなのは「だらーっとする」こと。一日のうち、最高で22時間も休んでいるという。最近、研究者はコアラのゲノム配列を明らかにした。このことは、研究者にとってたいへん興味深い生き物である、コアラに関するいろいろな知見をもたらした。
なぜコアラはユーカリを食べられるのか
たとえば、コアラの食べ物について。コアラは、もっぱらユーカリの葉を好んで食べる。しかし、ユーカリの葉は有毒で、ほとんどの哺乳類を殺してしまうほど強力だ。それなのになぜ、コアラはユーカリの葉を食べられるのだろうか?
コアラのゲノム配列の解析から、これまでにゲノム配列が明らかとなったどの生物よりも、CYP2Cに関係する遺伝子を多くもっていることが明らかになった。CYP2Cは酵素の一群であり、体内に取り込まれた物質を分解することに関係している。コアラの多くのCYP2C遺伝子は毒素を分解する肝臓ではたらき、そのためコアラはユーカリの葉を食べることができるのだ。
毒素に対するこの能力をもちながらも、コアラはユーカリの葉を選り好みする。何種類もあるユーカリから数種類を選び、しかも若い葉しか食べないという。このことには、苦味物質を感じる「苦味受容体」に関係する遺伝子TAS2Rが関係しているようだ。コアラのゲノムには、たくさんのTAS2Rが存在しており、毒素の少なく、また栄養価の高い葉を選ぶために役立っているのかもしれない。
クラミジアからコアラを救う
ゲノム解析は、コアラの免疫系に対する知見ももたらす。コアラには、極端にクラミジアに感染しやすい傾向がある。クラミジアは失明、膀胱炎、さらには不妊の原因となる感染症だ。野生動物の病院に入院するコアラの40%は、クラミジア感染症の末期の状態にある。科学者は感染中そして感染後で、免疫に関係する遺伝子がどのようにはたらいているかを研究しており、これはワクチン開発に役立つ可能性がある。
また、ヨーロッパ人がオーストラリアを植民地にしてから、コアラの個体数は激減した。コアラの個体群が分断されたことは、結果として同系交配と遺伝的多様性の損失をもたらし、コアラを病気にかかりやすくしてしまった。ゲノム配列の研究は、コアラのより遺伝的に多様な集団を見つけることに役立てられ、コアラの保護運動を促進する。
コアラのゲノム解析は、生殖と授乳に関係する遺伝子も明らかにした。年月が経つにつれて、ゲノム研究によって研究者がコアラを理解するだけでなく、コアラが幸せで健康的に、そしてこの先も安心して「だらーっとする」ことにつながって欲しいものだ。
不思議な動物の宝庫オーストラリア
地球の進化の過程でオーストラリア大陸が分断されてから、この大陸に生きていた生物は独自の進化を遂げた。そのような動物の一つが有袋類だ。現在の多くの哺乳類がもつ完全な胎盤をもっていないため、母体は子宮内で子どもを大きく育てることができず、未熟な状態で出産する。その後は腹部にある袋(育児のう)で子どもを育て、子どもはその中で母乳を飲んで成長する。
コアラと同じ有袋類のワラビーの母乳は、一般的な哺乳類の胎盤の役割を担っているらしい。胎盤には、発育を促す酸素や栄養素を供給しながら、母体の免疫系から子どもを守るという役割がある。有袋類は多くの哺乳類に比べて、妊娠期間が極端に短く、授乳期間が長い。
ほかの大陸には見られない生物がすむオーストラリアは、生物がどのように進化してきたか、またどのように進化していくのかを明らかにするための研究の貴重なフィールドでもある。
学生との議論
学生とゲノム・遺伝子・染色体の話題をする中で、生物学的な性決定について話題に上った。ヒトではX染色体とY染色体でXYの組み合わせが男性、XXの組み合わせが女性になることはよく知られているが、すべての生物が同じように決まるわけではない。
多くの哺乳類は、ヒトと同じ形式で性別が決まるが、鳥類やカイコガはZ染色体とW染色体でZWの組み合わせが雌、ZZの組み合わせが雄になる。また、哺乳類でもトゲネズミの一部の種は、Y染色体をもたず、X染色体しか存在しないことがわかっているが、それでも生物学的な雄が生まれる。この種のトゲネズミでは、新しい性決定遺伝子がはたらいていると考えられることが最近の研究で明らかになっている。
ほかにも、ワニなど一部のは虫類では、卵が育ったときの温度が非常に低いときと高いときには雄が生まれ、中間の温度であれば雌が生まれる。つまり周囲の環境が性を決定している、という例もある。
脊椎動物の性決定のしくみについて、さまざまな研究が行われるようになったのは、1990年代といわれており、今後、多様な性決定をする生物が明らかになってくるかもしれない。
学生からのコメント
コアラが長時間眠る理由は、ユーカリを消化するために非常に時間がかかるためらしい。ほかの動物が食べないユーカリのみを食べるコアラ、エネルギーを使わないために動かないというナマケモノなどのように、ユニークな進化を遂げたところに魅力を感じた。(太田 優樹)
CYP2Cの研究が進めば、食糧難が予測されている将来の人間が「なんでも食べられる」ようになることにつながるだろうか。人間以外のさまざまな動物の研究を行うことは、人間社会のさまざまな問題を解決するきっかけになるのかもしれない。(後藤 潤乃介)
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