生物の進化の過程
ダーウィンが『種の起源』で発表した生物の進化の考え方は、現代の進化説に引き継がれ、進化の仕組みに関して今も研究が進められている。広く受け入れられている考え方に、生物の集団の中で遺伝子の突然変異が起こり、変化する自然環境の中で繁殖や生存に有利な変異をもつ個体が、より多くの子孫を残していくという自然選択がある。
突然変異は、頻度は低くても一般的に起こるが、生存や繁殖にほとんど影響を及ぼさないか、かえって有害な影響を及ぼす場合がほとんどである。しかし、自然環境が大きく変化することによって、それまでは影響のなかった変異が生存に有利になり、その変異が子孫に引き継がれていく可能性がある。
今回の研究で、環境変化の前後で特定な個体の特性が生存に有利にはたらいている明確な事例が明らかになった。この研究の内容が動画で紹介されている。
風に流されるアノールトカゲ
映像に登場するトカゲは、吹き付ける風に立ち向かっている。というよりは吹き飛ばされているように見えるが、実はこのトカゲは「ハリケーンは、生物学の自然淘汰を引き起こすことができるのだろうか?」という、環境と進化の関わりについての疑問に果敢に立ち向かっているのだ!
ハリケーンは激しい自然現象で、進化に影響を及ぼすにはあまりに破壊的だ。そのため特定の形質に影響を及ぼすというよりも、ランダムに種の生き残りにはたらきかける。一部の研究者は、ハリケーンが自然淘汰を引き起こす可能性があると考えたが、そのことが明らかにされたことはなかった。
カリブ海周辺に生息するアノールトカゲを計測することによって、研究者は解決の糸口を掴んだようだ。研究者がタークス・カイコス諸島の2つの島でトカゲの計測を行ったのは、ハリケーン「イルマ」と「マリア」が襲来する数日前のことだった。風速は毎時200キロメートル以上にも達し、木々を折り、植生を破壊した。
しかし、ハリケーンの大きな被害の後、研究者はハリケーンがどのようにトカゲの種族集団に影響を与えるかを目にする、めったにない機会を得た。
ハリケーン到来前後での個体の変化
研究者は島に戻り、生き残ったトカゲを計測した。平均すると、生き残った個体はより大きな指先の膨らみとより短い大腿部をもつものであり、オスもより小さな個体だった。研究者は、これらの小さな違いが、強風をしのぐ動物たちを助ける可能性があると考える。
しかし、どのように助けるのだろうか? 枝に止まったトカゲを観察しよう。トカゲに「落ち葉集めのための機械(リーフブロアー)」からの風を当てる。この単純な実験が、トカゲがどのように強風に対処するかを示してくれる。
枝にとどまるために、トカゲは前肢をからだの下にしまい込み、風を受けないような姿勢をとる。しかし、後肢がはみ出ているので、トカゲは力を失ってしまうまで、風を受け続ける。より短い大腿部と、より小さなからだは、風に耐え続けることに役立つと科学者は考えた。さらに、トカゲの指先の膨らみは、小さなひだで覆われている。大きな膨らみは、それだけ多くのひだがあり、結果的にものをより掴みやすくなる。
現時点では、これらの大部分は仮説の範囲を出ないが、研究者がハリケーンの前後で計測したアノールトカゲの違いを説明することができる。そして、ハリケーンは、風に耐えられる特性をもった個体を選択するという可能性をもたらす。この特徴が集団内で遺伝すれば、進化を引き起こす可能性がある。また、見方を変えれば、増加する異常気象に対して、生物たちがどのようにして生き残っていくかを示しているものとも考えられる。
学生との議論
ハリケーンと台風に、本質的な違いはあるのだろうか。これらは熱帯低気圧が強力になったものだが、強力な熱帯低気圧にはほかにもタイフーンとサイクロンがある。これらは発生する領域によって呼び名が変わるほか、基準となる風速に違いがある。
ハリケーンは赤道より北の東経180度より東で、あるいは大西洋で発生するもので、サイクロンはインド洋や南太平洋で発生するものをいう。タイフーンは赤道より北で東経180度より西で発生したものをいい、これらはいずれも最大風速が秒速33メートル以上のものを指す。これらの風速は、国際的に定められた数値だ。台風は、タイフーンと同じ領域で発生するものだが、日本独自の最大風速の基準(毎秒17.2メートル)を超えているものをいう。
これらの低気圧は、地球上の大気の運動とともに移動していくので、場合によっては太平洋北東部で発生したハリケーンが、太平洋北西部に移動してくることもある。このようなときは、呼び方もハリケーンから台風に変わる。最近では、2018年7月にハリケーン「ヘクター」と名付けられたものが、8月中旬に東経180度より西に移動したため、台風17号と呼ばれるようになったものがある。
学生からのコメント
今、生きている生物はすべて、進化の歴史の上に存在しているのであり、現在も進化の途中でしかない、ということを考えると、人間は過去・現在・未来でどうなっているのかという疑問が浮かんだ。果たして人間はどう変わっていくのだろうか。(加藤 遼)
トカゲの(われわれから見れば)小さな違いが、生き残りをかける重要な要素になり得ることに驚いた。人間である自分も他の人と違う点を、今回の動画に紹介されたトカゲのようにうまく生かして自分の長所へとつなげていきたいと強く感じた。(松本 大志)
Nature ダイジェスト で詳しく読む
ハリケーンの襲来とトカゲの足の特徴の変化- Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2018.181139
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