ブラックホールは存在するのか
では、どのようにして間接的にブラックホールを確認することができていたのだろうか。映像では、非常に速く移動する星と、ゆっくりと移動する星が見える。これは、私たちの銀河系の中心部を観測したものだ。これらの星々は中心に存在する天体のまわりを回転している。物理法則によると、これだけの速さで星が回転するためには、非常に小さな体積にもかかわらず、極めて強い重力をもつ天体の周りを回転していなければならない。科学者は、このような天体はブラックホールしかない、と考えてきたのだ。
銀河の中心部から大量のジェットを吹き出すような現象も観測されていた。ジェットの長さは、ときには銀河そのものよりも大きくなる。このような激しい現象を引き起こすことができる重力源は、ブラックホールしかないと科学者は考えた。
2015年に、LIGOが検出した重力波(『ついに捉えられた重力波』を参照のこと)は、ブラックホールによるものであると考えられ、ブラックホールが存在する説得力のある証拠だと現在まで考えられている。しかし、この重力波は、ブラックホールの可能性が非常に高い、というようなものであり、天文学者はブラックホールを「見る」という確実な証拠を求めていた。
どうやってブラックホールを「見た」か
ブラックホールへ落ち込む物質は、ブラックホール周辺を回転している間に加熱され、光を放射する。十分に性能の良い望遠鏡を使って、この光をバックにすれば、ブラックホールの影を見ることはできるかもしれない。しかし、予想されるブラックホールの影を捕らえるために必要な望遠鏡の口径が地球の大きさにもなってしまうことが計算によって明らかになった。
そこで、複数の電波望遠鏡をネットワークで結んで、1つの大きな望遠鏡として活用する「イベント・ホライズン・テレスコープ」によって観測することが計画された。一つの望遠鏡で得られる画像は、パズルの1ピースに過ぎないが、いくつかの望遠鏡を使って、さらに地球の自転によって次々と別の部分を観測していくことで、すべてのピースを揃えることができる。このような観測方法を「干渉法」という。望遠鏡による観測は2017年の数日間をかけて行われ、大量のデータを集め、整理するために2年を要した。
電波望遠鏡は、天体から届く電波を観測するものだ。撮影された画像は、電波の強度を視覚化したもので、私たちが認識する可視光線で撮影されたものではない。
この画像がもたらすもの
このようにして得られたブラックホールの画像だが、人類が初めて手にしたブラックホールの直接的な画像という以上に、さらに大きな意味をもつ。それは、アインシュタインの相対性理論が正しいかどうかを検証するための材料である。
ブラックホールは私たちの住む銀河系の中心部のほか、今回の撮影の対象となった銀河M 87のほか、多くの銀河の中心部に存在する。さらに質量も太陽の5倍から15倍という「恒星質量ブラックホール」から、銀河中心のブラックホールでは太陽質量の数億倍という「超大質量ブラックホール」など、さまざまなタイプのものが存在する。今回撮影された画像は、ブラックホールについての私たちのさまざまな疑問を解き明かしていくはずだ。
学生との議論
「ものが見える」ということを考えてみよう。日常生活であれば、そのものの表面で反射した光(もしくは光源そのものからの光)を、私たちの眼の網膜に届くことで「見え」る。つまり、見えるためには光がものの表面で反射しなければならない。
ブラックホールはその非常に強い重力のため、光さえも出ることができない。ブラックホールで光が反射することはないのだ。では、今回撮影されたブラックホールは、何を「見て」いるのだろうか。
ブラックホールのまわりに、明るく輝くガスなどがあるとする。そのようなとき、ガスからの光はブラックホールに吸い込まれてしまい、私たちの方向に向かってくる光が存在しないため、すっぽりと黒く抜けたように見えるはずだ。これをブラックホールの影(ブラックホールシャドウ)という。今回発表されたものは、このブラックホールシャドウを撮影したものである。
学生からのコメント
ブラックホールの観測に用いられた、複数の望遠鏡を使う方法は画期的だと思う。時間はかかっても、それぞれの観測できる部分を重ねて少しずつ重ねて解明していく方法は、一人ではできないこともたくさんの人の知恵を少しずつ集めていけば実現できるということに通じている。(小澤 理佳)
アインシュタインによって理論的に予測されていたブラックホールが、実際に確認されたことは、すごいことだと思った。光を吸収してしまうブラックホールは見えないはずなのに、逆に見えないことを利用してその影を捉えるという発想にも驚いた。(丹羽 修香)
Nature ダイジェスト で詳しく読む
銀河系の中心部に数千個のブラックホール?- Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180732
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