Editorial 科学研究を訴訟に巻き込むな 2017年3月1日 Nature Medicine 23, 3 doi: 10.1038/nm.4303 科学は、データから得た知見を公表し世間に知らせようという意欲によって成り立っている。科学者は研究成果を公表する際に、再現性や結論の持つ影響などを不安に思うことはあったとしても、結果に関して訴えられ、法廷に立つはめになるなどと思うことはまずないだろう。だが、発表した結果に関して研究者が訴えられる例は実は少なくない。最近、あるサプリメントがヒトで安全性が確認されていない化合物を含んでいることを明らかにした論文の著者と共著者が、そのサプリメントの製造・販売企業に名誉毀損で訴えられたのは、典型的な例の1つである。訴訟は何度も繰り返されたが、最終的に著者側の勝訴となった。だが、弁護士費用、証拠となる資料作成などに費やされた莫大な時間とエネルギーは、本来なら研究に注ぎ込まれるべきものであることは明らかだ。また、この企業のCEOは今回の訴訟により、「同じような口出しをすれば訴えられる」と、研究者が公表をあきらめるようになることを期待していると語っている。企業の市場での利益に相反すると思われるデータを発表する大学などの研究機関は、強固な法的対策を講じておくことが必要となりそうだ。我々はそうした訴訟が及ぼす悪影響を傍観すべきではない。訴訟についてはオープンにされる例が少ないため、脅威にさらされている科学者の実際の数などを知るのは難しい。だが、研究結果に対するこうした訴訟についてはぜひとも経過を公表し、その影響と損失の大きさを世間に知らせてもらいたい。一方、「言論の自由」を提唱する人々は、トランプ大統領が選挙運動中に述べた、名誉毀損法を変更して訴訟を起こしやすくするという約束について懸念している。変更がどの程度のもので、それが科学研究の結果に関わってくるのかどうかはまだ見えないが、確かなことは「慎重に積み重ねた研究成果の公表を、報復や多大な費用のかかる訴訟を恐れて思いとどまるようになれば、失われるものは極めて大きい」ということだ。そのような未来を望むものはいないはずである。 Full text PDF 目次へ戻る