“ヤドカリ”と“ヤドヌシ”と呼ばれるウイルスの変わった共生関係
鈴木 信弘
2016年1月号掲載
ウイルスはほかの生物に感染して増殖するが、その構造は、核酸とそれを包むタンパク質の外殻、キャプシドからなる至って単純なものである。しかしながら一口にウイルスといっても、形状や核酸の種類、生活環などきわめて多岐にわたる。今回、その多様性を改めて認識させられるような新たな種が2つ発見された。「ヤドカリ」と「ヤドヌシ」と命名されたこれらのウイルスは、前者が後者のキャプシドを借り受けて増殖するという、これまで報告されたことのない興味深い共生関係を営んでいる。
―― 新しいウイルスを発見されたそうですね。
鈴木氏: 変わり者のウイルスです。ウイルスは通常、キャプシドというタンパク質でできた容器の中に、核酸が入っているだけという極めて簡単な構造をした微生物です。構造は簡単なのですが、種としては実に多様で、変わり者が次から次へと発見されています。今回私たちが発見したのは、自分ではキャプシドを作ることができず、ほかからちゃっかり拝借するウイルスです。借り受けるほうをヤドカリウイルス(YkV1、以下ヤドカリ)、貸し出すほうをヤドヌシウイルス(YnV1、以下ヤドヌシ)と命名しました。ヤドカリは、増殖や感染するためにヤドヌシを利用していることがわかりました。
―― このようなウイルスは前代未聞ということですか。
鈴木氏: 実は、近縁系統間でキャプシドを利用し合うウイルスならば、これまでにも数例報告されています。しかし、今回見つかったヤドカリとヤドヌシはそれぞれが全く違う科に属しており(図1)、そうしたものとは異なります。ヤドカリは一本鎖RNAウイルスで、動物に感染するウイルスに近縁。一方、ヤドヌシは二本鎖RNAウイルスで、菌類に感染するウイルスに近縁。互いに全然似ていません。
―― 発見のきっかけは?
鈴木氏: 私たちの研究室では、植物をカビから守る方法を、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所(現:果樹茶業研究部門)の兼松聡子博士らと共同開発を進めていました。カビにウイルスを感染させて病気にし、そのカビが植物に病気を引き起こせなくすることで植物を守るという方法です。農薬などによらず、生物を利用して植物の病虫害を防ぐ「生物防御」という考え方に基づくものです。
具体的には、リンゴやナシ、ブドウなど400種に及ぶ植物の根に感染し、根を腐らす病気を引き起こす白紋羽(しろもんぱ)病菌というカビ(糸状菌)を対象にしました。このカビに感染して病気にしてしまうウイルスを自然界から探しだし、植物を白紋羽病菌から防御するために利用しようと研究していたのです。
一般に、ウイルスというと悪者のように考えられがちです。しかし、宿主に病気を引き起こすウイルスはむしろまれな存在で、9割以上は感染する宿主と共存しています。ですから、病気を引き起こすウイルスを見つけるのは、簡単なことではありません。
果樹研究所の方が、ウイルスに感染して病気になった白紋羽病菌の株を日本中探し、私たちのところに送ってきてくれます。それを解析するのが、私たちの役目でした。
―― その開発研究中に、ヤドカリやヤドヌシを発見されたのですね。
鈴木氏: そうなのです。ヤドカリとヤドヌシは、ともに植物に生えるカビに寄生するウイルスだったのです。
あるとき、送られてきたカビの株を調べていると、奇妙なデータが得られました。カビからウイルスのゲノムRNAを抽出したところ(図2)、2種類のRNA分子が含まれていました。こうした場合、通常、2種類のウイルスの感染が推測されます。しかし、ウイルスのキャプシドタンパク質を抽出してみると、含まれていたのは1種類のみ。2種類のウイルスが感染していたなら、2種類のタンパク質が含まれているはずです。「これはおかしい。詳しく調べてみよう」と思ったのです。
―― どのように解析されたのですか。
鈴木氏: まず2種類のウイルスのゲノム塩基配列を解読し、次にそれをもとにウイルスゲノム配列を持つ核酸分子を人工的に合成して、増殖や感染などが起こるかどうかを実験してみました。その結果、増殖の過程で、ヤドカリのゲノムは、ヤドヌシが作るキャプシドで包み込まれることがわかりました。その際、ヤドカリの持つRNA依存性RNAポリメラーゼ(RNAを鋳型にしてRNAを合成する酵素)までいっしょに包み込まれることを示唆する実験結果も得られました。つまり、ヤドカリは、キャプシドはヤドヌシのものを利用し、ゲノム複製は自前の酵素で行っていると考えられるのです。
さらに、ヤドカリのゲノムのみをカビに与えてもウイルスの感染・増殖は起こらず、ヤドヌシを加えると感染・増殖が起こるようになることも、形質転換実験で証明できました。うれしかったですね。ヤドカリがヤドヌシに依存していることを、明らかにできたのです(図3)。
―― 実験できちんと実証されたのですね。
鈴木氏: そうです。ウイルス研究のおもしろさというのは、論理的に考えたとおりの実験をデザインできるところです。ウイルスは単純な生物ですから、ゲノムの塩基配列を数塩基改変するだけで、その性質を簡単に変化させることができ、仮説の是非を実験で確認できます。しかも、私が扱っているカビの宿主は植物ですから、ヒトなどと異なり、感染させる実験(接種実験)も簡単に行えます。研究者にとって、研究対象を自由に扱えるのはとても魅力的なことなのです。
ちなみに、カビにウイルスを感染させる実験技術そのものも、以前に私たちが開発したものです。
―― 今回の研究はNature Microbiology 創刊号に掲載されましたね。
鈴木氏: 実は、最初はNature に投稿したのですが、新しく創刊されるNature Microbiology へのトランスファーを勧められました。今回の研究は、ウイルスの新しい性質を定義したことになりますが、こういったウイルス学という基本的な研究分野カテゴリが設定されているNature Microbiology の創刊は、私たちにとっては本当にありがたいですね。
―― この研究で、残されている課題は?
鈴木氏: 解明すべきことが、まだまだたくさんあります。ヤドカリはヤドヌシの恩恵を得ていますが、逆にヤドヌシはヤドカリからどんな影響を受けているのか。カビがウイルスから受ける影響や、ヤドヌシのキャプシドがヤドカリを包み込む詳細なメカニズムなども明らかにしていきたいと考えています。これらのウイルスがどのような進化の途上にあるのかも、興味深いです。
ウイルスへの興味は尽きないのですが、カビやウイルスを対象とする研究は地味です。知的好奇心とウイルス研究のおもしろさにつられて、私たちは研究を続けています。今回の発見は、ウイルスに関する知識を少し広げたことになると思いますが、このような基礎研究の積み重ねが、いつか私たちの暮らしや社会を豊かにしていくことにもつながるだろうと思っています。
―― ありがとうございました。
インタビューを終えて
「ウイルス研究者以外の方に、このおもしろさを理解してもらうことがなかなか難しい」、鈴木教授は、インタビューの合間合間におっしゃいました。シャーレを差し出し、ウイルスに感染したカビが入っていることを説明してくださいましたが、東北大学大学院農学研究科の学生の頃からウイルス研究の魅力に引き込まれたという先生の、それを見つめるまなざしはとても温かいものでした。
藤川良子(サイエンスライター)
Nature Microbiology 掲載論文
Article: 類縁関係のない二本鎖RNAウイルスに宿を借りるキャプシドを持たない一本鎖RNAウイルス
A capsidless ssRNA virus hosted by an unrelated dsRNA virus
Nature Microbiology 1 : 15001 doi:10.1038/nmicrobiol.2015.1 | Published online 11 January 2016
Author Profile
鈴木 信弘(すずき のぶひろ)
岡山大学 資源植物科学研究所 植物ストレス科学共同研究コア 環境生物ストレスユニット 植物・微生物相互作用グループ教授
1983年 | 東北大学農学部農学科(植物病理学研究室)卒業 |
1989年 | 東北大学大学院農学研究科 博士(農学)授与 |
1988年 | 秋田県立農業短期大学生物工学研究所(植物遺伝子工学研究室)助手、1990年 同講師 |
1997年 | 米国メリーランド州立大学生物工学研究所(Donald L. Nuss 研究室)客員助教授 |
2001年 | 岡山大学資源生物科学研究所(植物・微生物相互作用グループ)助教授を経て、2007年より現職 |