D-アミノ酸による腸内細菌と宿主哺乳類の相互作用
笹部 潤平
2016年10月号掲載
タンパク質を構成するアミノ酸には、分子構造が鏡像関係にある2つの光学異性体が存在する。L-アミノ酸とD-アミノ酸だ。あらゆる生物界で広く利用されているL-アミノ酸に比べ、D-アミノ酸はマイナーな存在だが、L-アミノ酸とは異なる重要な役割を担っていることが解明され始めている。今回、慶應義塾大学医学部の笹部潤平専任講師は、腸内細菌の作るD-アミノ酸に着目し、それが、宿主である我々の体にとってどんな意味を持つのか、初めて明らかにした。
―― アミノ酸には、L型とD型が存在するのですね。
笹部氏: L-アミノ酸とD-アミノ酸は互いに光学異性体であり、両者の分子構造は、右手と左手のような鏡像関係にあります(図1)。L-アミノ酸とD-アミノ酸はエネルギーとしては等価なのですが、不思議なことに、地球上の生命に広く存在するのはL-アミノ酸です。
タンパク質は遺伝子発現により作られますが、そのときに材料として選択的に使用されるのはL-アミノ酸です。生命にはL-アミノ酸が多く含まれることもあって、L型しか存在しないと誤解している人も多いようです。しかし、細菌においては、酵素を用いてD-アミノ酸を作る反応系が存在することが、1950年代に発見されています。細菌は細胞壁の構成にD-アミノ酸を利用しており、D-アミノ酸は原核生物の特徴としてとらえられてきた経緯があります。また1980年代末頃には、ごく一部のD-アミノ酸が例外的に哺乳類の脳でも作られていることが発見されています。
―― D-アミノ酸に興味を持たれたきっかけは?
笹部氏: 私はもともと神経科学が専門でした。私たち哺乳類が作ることも利用することもないと信じられてきたD-アミノ酸の一部が脳内で合成され、神経伝達物質として神経活動に関係しているという発見を知り、進化的な側面も含めて新鮮な驚きと興味を持ちました。特に注目したのは、グルタミン酸受容体の1つであるNMDA型受容体に結合するD-セリンというアミノ酸です。
D-セリンは、D-アミノ酸酸化酵素(DAO)という脳内に発現する酵素により分解されますが、DAOの活性や発現に異常があるとD-セリンの脳内バランスが崩れます。このようなD-セリン代謝異常が、神経伝達に異常をきたす神経変性疾患の発症に影響することをこれまで研究してきました。
―― その後、腸内細菌のD-アミノ酸に研究をシフトされたのですね。
笹部氏: 2012年のことなのですが、DAO酵素活性を組織内で検出する方法の高感度化に成功して、この酵素が哺乳類の腸管にも存在することを見つけたのです。腸内のD-アミノ酸はこれまでほとんど研究されていない未開拓の分野でした。しかし、細菌が種々のD-アミノ酸を合成できることは知られていましたので、腸管DAOは腸内細菌が合成するD-アミノ酸に何らかの作用をするのではないかと考えて、腸内細菌の研究に飛び込むことにしたのです。
―― 研究の場もハーバード大学に移られて。
笹部氏: 当時私は慶應大学医学部解剖学教室の助教だったのですが、腸内細菌について研究するため、D-アミノ酸を研究している細菌の専門家を探しました。ハーバード大学の Matthew Waldor 教授は感染症科の医師でもある微生物学者で、D-アミノ酸による細菌細胞壁の制御や病原性細菌の感染機構などの研究で重要な論文をたくさん発表されています。そこで私は Waldor 教授に会いにボストンまで行きました。そして、哺乳類の腸内でも、DAOによりD-アミノ酸レベルが制御されていて、細菌の作り出すD-アミノ酸が私たちの体に何か意味のある働きをしている可能性があると伝えたのです。教授はすぐに興味を示してくれ、早速その日のうちに将来の実験の内容や方向性などの詳細をディスカッションしました。そして、2013年から教授の研究室に移りました。
―― どのように研究を進められたのですか。
笹部氏: まず、腸内細菌叢が実際に腸内でD-アミノ酸を作るのか否かを、腸内細菌叢を持つマウスと持たない無菌マウスの腸内D-アミノ酸量を比較することから始めました。腸内はさまざまな代謝物がある環境であり、腸内でのD-アミノ酸の定量は非常に困難です。そこで、D-アミノ酸分析で私が最も信頼している九州大学大学院薬学研究院の浜瀬健司教授と資生堂の三田真史さんにご協力をお願いしたところ、たいへん快く共同研究を引き受けてくださいました。お二人から、非常に美しい分析結果が送られてきて、D-アラニン、D-グルタミン酸、D-プロリンなど、哺乳類が生合成できないD-アミノ酸を腸内細菌叢のみが大量に作っていることがわかりました(図2)。
さらに、D-アミノ酸を分解するDAOが、マウスの腸のどの部分に分布するかを調べました。DAOは主に小腸に発現し、腸管上皮の、腸内に粘液を分泌する杯細胞や腸細胞に存在していることがわかりました(図3)。小腸は消化吸収のみならず、免疫器官としての働きも重要です。この分布を見て後者の側面に興味を持ちました。
―― 次に、細菌のD-アミノ酸とマウス腸管のDAOの関係を探られたのですね。
笹部氏: はい。腸内細菌とDAOとの関係性がどうなっているのか、腸内細菌を持たない無菌マウスの小腸を調べると、DAOの発現が著しく低下していることがわかりました。さらに、無菌マウスに腸内細菌を植えつけてみると、小腸のDAOの発現が正常レベルまで上昇しました。つまり、腸内細菌叢に呼応して、腸管でDAOの発現が誘導され、そのDAOが腸内のD-アミノ酸を代謝するという、未知の細菌と宿主の相互作用が明らかとなったのです。
―― DAOは、なぜD-アミノ酸を分解するのでしょうか?
笹部氏: 私たちは小腸の免疫器官としての働きに注目して、DAOが腸内のD-アミノ酸を分解する意味を調べました。まず考えたのは、DAOがD-アミノ酸を分解したときに発生する過酸化水素による殺菌作用です。そこで、腸管病原性の細菌にDAOを与えた効果を観察しました。
すると、病原性細菌が作るD-アミノ酸にDAOが作用して過酸化水素が発生し、結果として細菌が死ぬことがわかりました。特に顕著な殺菌作用を示したのが、DAOのよい基質となるD-メチオニンを特徴的に産生するビブリオ属の細菌(コレラや腸炎ビブリオの原因菌)に対してです。そこで、DAO酵素活性を全く持たないマウス(自然発祥の遺伝子変異により酵素活性を欠如したもの)を用いて実験してみると、このマウスの小腸では野生型マウスと比べてコレラ菌の増殖が100〜1000倍程度高くなっていることが確認できました。
―― DAOが生体防御作用を持つのですね。
笹部氏: DAOはビブリオ属菌の作るD-アミノ酸を認識して、小腸内での菌の増殖を制御するように働き、防御作用を発揮しているのだと考えています。細菌の種によって合成できるD-アミノ酸の種類が異なりますが、DAOのよい基質を作るビブリオ属菌が、より影響を受けやすいのだと思います。とはいえ、DAOによる殺菌作用はビブリオ属以外の細菌にはそれほど強いものではありません。おそらくこの作用は、原始的な免疫反応の1つなのだと想像しています。つまり、自然免疫などと似ていて、通常、真核生物はD-アミノ酸をほとんど作れないのに対してD-アミノ酸を作るという細菌の特徴を利用して、DAOは弱く広範囲に細菌に働きかけるのではないでしょうか。あるいは、DAOの作用が、他の免疫反応の引き金となっていることも考えられます。
―― いわゆる常在菌として知られる共生腸内細菌に対する殺菌作用はないのですか。
笹部氏: 共生腸内細菌叢は培養して実験することが困難なため、宿主のDAOの酵素活性が共生細菌にどのような影響を与えるかを調べることで推定することにしました。実験の結果、DAOの活性はほとんどの共生細菌の生存には深刻な影響を与えないとわかりました。しかし、例外的に大きな影響を受けるのが、乳酸菌の1つであるラクトバチルス菌です。ラクトバチルス菌の特定の種は、過酸化水素に強い耐性を持ちますが、ほとんどのアミノ酸を自身で作れない細菌であり、腸内という環境を利用して共生しています。この細菌の生存は、周囲のアミノ酸量に大きく影響を受けることが知られており、実際にD-アミノ酸を利用すると生存に有利に働くことを実験で確認しました。したがって、DAOによりD-アミノ酸量が変化を受けると、一部の細菌の増殖に影響を与えるのではないかと推測しています。
―― D-アミノ酸を用いた腸内細菌と哺乳類間の相互作用がかなり明らかになりましたね。
笹部氏: はい。哺乳類の腸の上皮に発現するDAOが、腸内細菌叢の作るD-アミノ酸の制御を介して、病原性細菌の増殖を抑えたり、腸内細菌叢の組成に影響を与えたりしていることを、今回の研究で明らかにすることができました(図4)。ただ、今回の論文では、こうした相互作用の、いわば「入り口」を明らかにしたにすぎないと感じています。今後は、DAO酵素反応を起点にして、宿主である哺乳類の免疫にどのような影響を与えるのか、また腸内のD-アミノ酸の他の生理作用などを明らかにしていきたいと思っています。
―― Nature Microbiology に掲載されて、反響はどうですか?
笹部氏: うれしいことに、論文に対する問い合わせを既にいくつかいただきました。Nature 関連誌にはこれまで微生物に関するジャーナルがなかったので、Nature Microbiology の創刊を Waldor 教授も喜んでいました。微生物の研究は、現在、非常に活発化していますから、微生物に関する幅広い研究をターゲットにしたNature Microbiology はありがたい存在です。
―― ところで、ハーバード大学における研究では、日本との違いなどを感じられましたか。
笹部氏: 大いに感じましたね。組織力といいますか、研究の規模といいますか、その大きさにびっくりしました。一人一人の研究者の能力や頑張る力は日本と変わらないと思うのですが、ほかの研究者と協力しあって集団として大きな成果を挙げる能力やシステムが、非常に優れていると思いました。私もそうなのですが、日本人は得てして、自分でできるかぎり頑張ろうとしがちです。専門でないことでも、自分で習得してなんとかしようと。でも、彼らは、自分の専門でないことはほかの専門家に任せようとします。自由にコミュニケーションをとって気軽に協力し合うのです。その結果、大きな成果を挙げることにつながっています。
彼らのこうしたやり方は学ぶべきだと思い、私も取り入れることにしました。ただし、次世代シーケンサーの操作およびデータ解析に関しては、日本人的に習得したいと思っていましたので、人任せにせず、自分でやり遂げました。幸い、ハーバード大学にはシーケンスデータ解析にたけた研究室があり、そこの専門家たちに簡単に相談することができ、いろいろと学ぶことができました。次世代シーケンサーのデータ解析技術は、私の強みとして役立ってくれることと思います。
―― ありがとうございました。
インタビューを終えて
「That’s very cool! Terrific!」と、Waldor 教授はおもしろい研究結果を見ると、ラボ内を興奮気味にディスカッションして回るそうです。「研究の成果を医療に還元するにはどうしたらいいかと、そういう考えに固執していた」という笹部専任講師は、Waldor 教授の姿に新鮮な驚きを覚えたといいます。そして、「科学的におもしろい(=cool)」ことを追究して楽しもうとするシンプルな考え方に、自分の気持ちも楽になり、純粋に研究に打ち込めるようになったとも。こうした研究スタイルが、結果的に、人の役に立つことをも生み出してくるのだということを忘れずに、ハーバードから日本に舞台を移して研究を進めていらっしゃいます。
藤川良子(サイエンスライター)
Nature Microbiology 掲載論文
Article: 微生物のD-アミノ酸と宿主のD-アミノ酸酸化酵素の相互作用はマウスの粘膜防御および腸内微生物相を修飾する
Nature Microbiology 1 : 16125 doi:10.1038/nmicrobiol.2016.125 | Published online 25 July 2016
Author Profile
笹部 潤平(ささべ じゅんぺい)
慶應義塾大学医学部解剖学 専任講師。
2002年 | 慶應義塾大学医学部卒業 |
2004年 | 慶應義塾大学病院内科学研修修了 |
2008年 | 慶應義塾大学医学部大学院医学研究科博士過程修了 博士(医学) |
2008年 | 慶應義塾大学医学部解剖学教室 特任助教 |
2010年 | 慶應義塾大学医学部解剖学教室 助教 |
2013年 | ブリガム・アンド・ウィメンズ病院感染症科(米国) 博士研究員 ハーバード大学医学大学院(米国) 研究員 |
2016年 | 現職 |