関節リウマチ
山本 一彦氏
掲載
―― 今回のPrimer「Rheumatoid arthritis(関節リウマチ)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
関節リウマチ(rheumatoid arthritis: RA)は、有病率が0.5〜1%と自己免疫疾患としてはかなり高頻度にみられる疾患です。この20年で、生物学的製剤や経口小分子薬などが登場し、自己免疫疾患や炎症性疾患の治療法が劇的に変わりつつあります。RAはそのなかでもとくに多くの新薬が開発された疾患の一つで、臨床応用において先端を走っています。また、診断法や評価法などの点でも新しい動きがみられています。そのために論文数も多く、全体を俯瞰するのは容易ではありません。一方、発症の原因や病態理解には不十分な点も多く残されています。
このような状況において本総説は、現時点でのRAに関する疫学、ゲノム、エピゲノム、環境因子(性別、喫煙、薬剤、腸内細菌など)を含めたリスク要因、疾患メカニズム、病理、診断、予防法、治療法、効果と副作用、生活の質の評価、労働生産性と、多岐にわたり、最近のコンセンサスと新しい考え方を的確にまとめ、全体が見渡せるようになっています。この点こそ、本総説の最大のインパクトといえます。
―― どのような新たな知見や視点が紹介されたのでしょうか?
欧米を中心に、代表的なRAの研究者と臨床家(欧州6名、米国4名、日本1人)がそれぞれの専門項目を担当し、全体については、この領域におけるインパクトファクターが最も高い欧州リウマチ学会の学会誌(Annals of the Rheumatic Diseases)で編集長を務めるJosef Smolen氏が中心となってまとめています。そのため、最新知見を集めたタイムリーな総説になっていると考えます。
―― 診断、治療、予防などにどのように生かせるとお考えでしょうか?
診断や治療などは大きく進展しているものの、まだ十分ではないRA領域の現状を理解し、目の前にある臨床問題に適切に対応するとともに、明日の医学を目指し、よりよい方向性を考えていくことが重要です。少しでも早く正確に診断し、病勢を十分に抑える的確な治療を始め、寛解導入し、それを維持することで関節破壊を抑制すべきですが、実際には容易ではない点が多くあります。本総説は、このようなことの理解に役立つでしょう。とくに若い臨床医や研究者の方々には、RA領域全体の方向性を把握するのにとても良い総説だと思います。
―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?
第1は、RAが本当に一つの疾患なのかどうかという問題です。現在のRAとされる疾患は症候群であり、異なる病態の集合体かもしれません。第2は、発症前の自己免疫状態が病的なのか否か、発症前に存在する自己抗体の病的な役割はどこにあるのか、このような状態においてなぜRAが発症するのか、といった点です。第3に、発症前に治療すること、すなわち発症予防が可能かどうかの判断ができていない点。第4に、RAの慢性病態を継続するのは、どのような免疫応答や炎症なのか、反応する抗原が拡大する自己抗体やリウマトイド因子(自己のIgGに対する自己抗体)の役割、各種のサイトカインの役割なども詳細に理解されていません。そして、これらを抑制する生物学的製剤の多くが、必ずしも患者全員に効くわけではない理由も未解決です。その背景には、ヒトのRA病態を反映する最適なモデルがなく、解析手段が十分でない問題もあります。
―― 日々の臨床や研究への思い、若手臨床医へのアドバイスをお願いできますか?
RAは、まだまだチャレンジしなければならない点が多く残っている疾患です。従来、研究の中心になっていた免疫学や疫学研究だけでなく、ゲノム、エピゲノム、ノンコーディングRNA、マルチオミックスなど、多くの知見と手段を駆使し、病態において何がおきているのかを詳細に理解することが重要でしょう。最近のトピックスの一つに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)で判明したリスク一塩基多型(SNPs)の多くが、エンハンサーなどの遺伝子発現に関係する領域にマップされたとの報告があります。まだまだ、面白い解析対象がたくさんあるはずです。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
関節リウマチ
Nature Reviews Disease Primers 4 Article number: 18001 (2018) doi:10.1038/nrdp.2018.1
Author Profile
山本 一彦
1985年以降、自己抗原遺伝子のクローニング、細胞集団におけるT細胞受容体のクローン性集積の分子生物学的解析法の開発など、ヒトのサンプルを用いた自己免疫疾患の研究を進めてきた。2000年より理化学研究所のチームリーダーを併任し、関節リウマチの疾患感受性一塩基多型 (SNPs)の解析を進め、ゲノム多型の多くが発現に関する量的形質遺伝子座として作用していることを世界に先駆けて報告してきた。2014年のRAに対する民族を超えたメタ解析にも参画し、ゲノム医学が創薬の結びつくことを明らかにした。現在は、本年度にできたヒト免疫医科学研究部門で、新しいヒト免疫学の構築を目指している。
1977年 3月 | 東京大学 医学部医学科 卒業 |
1977年 6月 | 東京大学 医学部附属病院 研修医(内科) |
1979年 6月 | 東京大学 医学部物療内科 医員 この間主に、東京大学医学部免疫学教室で研究に従事 |
1982年 9月 | ドイツ癌研究センター 免疫遺伝学研究所 客員研究員 |
1985年 10月 | 帰国 物療内科帰局 |
1991年 5月 | 東京大学 医学部物療内科 講師 |
1993年 7月 | 聖マリアンナ医科大学 難病治療研究センター 准教授 |
1995年 4月 | 九州大学 生体防御医学研究所臨床免疫学部門 教授 |
1997年 10月 | 東京大学大学院 医学系研究科内科学専攻アレルギー・リウマチ学 教授 |
2017年 4月 | 理化学研究所 生命医科学研究センター 副センター長 (自己免疫疾患研究チーム・チームリーダー兼任) |