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The Global Grants for Gut Health
The Global Grants for Gut Health
2023年助成者インタビュー

コロナ後遺症と腸内微生物叢

腸内微生物とコロナ後遺症の相互作用を探る

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微生物叢とコロナ後遺症はどう関連しているのか

Global Grants for Gut Health(GGGH)プログラムは、微生物叢と宿主の間の新たな相互作用の機構を解明することを通じて、ヒトの健康を維持する新たな方法を研究するプロジェクトへの支援を続けている。

原文:How the microbiome interacts with long COVID

2023年のGGGHを受賞者3名に心より祝意を表する。受賞者の3名が提案した研究は、微生物叢が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する応答にどのように影響するのかを調べるものである。3人の応募者とそのプロジェクトを紹介できることを光栄に思う。

NIH国立アレルギー・感染症研究所(米国メリーランド州)のスチトラ・ホーリガン(Suchitra Hourigan)は、COVID-19の罹患後症状(long COVID:以下、コロナ後遺症)を呈する小児に着目する。COVID-19に起因する腸の損傷は、炎症を引き起こすことがあり、免疫系に長期に及ぶ影響を及ぼす可能性がある。このプロジェクトでは、COVID-19から回復した小児、コロナ後遺症の小児、健康な兄弟姉妹、という3つのコホートから収集した試料の解析を行う。糞便試料の微生物プロファイルを評価することにより、具体的な微生物種を特定し、どのような代謝物の変化が優勢となっているかを突き止める。また、血液試料から、宿主と微生物叢の間の炎症反応や免疫応答を調べて、コロナ後遺症に特徴的な変化を明らかにする。こうしたデータからは、コロナ後遺症の機構的・分子的基盤に関する新たな知見が得られる可能性があり、将来の研究につながる治療標的が見つかるかもしれない。

モナッシュ大学(オーストラリア・メルボルン)のジェーン・バーニー(Jane Varney)は、発酵性食物繊維を含むサプリメントの効果に着目する。コロナ後遺症患者は腸内微生物叢の特定の細菌種を欠いており、このため代謝物が「欠如」して、免疫細胞に対する作用が弱まり、コロナ後遺症が悪化している可能性がある。バーニーたちが目指すのは、発酵性食物繊維を補うことでコロナ後遺症が改善されるのかどうか、発酵性食物繊維の補給が微生物叢の組成を変化させて免疫系に変化を生じさせるのかを明らかにすることだ。二重盲検の食事介入試験では、コロナ後遺症患者の一方の群には発酵性食物繊維のサプリメントを、もう一方の群には、低繊維性サプリメントを摂取させる。参加者は、食物繊維の補給によってコロナ後遺症の重症度が低下しているかどうかが評価される。バーニーらは、食事介入の前後で、血液と糞便の試料をモニタリングして、あらゆる改善の背後にある機序を調べる予定だ。

ウィーン医科大学(オーストリア)のトーマス・フォーグル(Thomas Vogl)は、コロナ後遺症の発現を予測できる診断前マーカーの発見を目指す。フォーグルのプロジェクトでは、コロナ後遺症患者から収集した試料を、15年にわたって大規模な健常者集団のコホートから過去に収集した長期的試料と比較する。「健常」な試料を提供した人の中には、COVID-19を発症しなかった人もいれば、COVID-19やコロナ後遺症を発症した人もいる。多くの微生物叢やウイルスの抗原に対する抗体応答を、機械学習を用いてプロファイリングし、特異的な微生物叢と免疫の特定の相互作用、ひいてはコロナ後遺症患者のみに見られる重要なバイオマーカーを特定する。この研究の強みは、既存のコホートやバイオバンクの大量の試料を分析することにある。

私は、素晴らしいこれら3つのプロジェクトによって、腸内微生物叢がコロナ後遺症の症状にどう影響するのかについての理解が深まると確信している。さらに、コロナ後遺症の負荷を軽減する微生物叢の調節方法が明らかになる可能性もある。受賞者の方々の重要な研究がうまくいくことを願っている。

最後に、審査に多大な貢献をいただいた審査委員のアミ・バット(Ami Bhatt)、サラ・レビール(Sarah Lebeer)、竹田 潔(Kiyoshi Takeda)、ポール・オトゥール(Paul OʼToole)、趙 立平(Liping Zhao)に、心から感謝を申し上げる。

カレン・P・スコット
「Global Grants for Gut Health」


若年者のコロナ後遺症で腸内微生物叢が果たす役割を探る

国立衛生研究所(NIH、米国メリーランド州)の小児消化器病学者スチトラ・ホーリガンとポスドク研修員であるミッケイラ・ベイコーン(Mickayla Bacorn)は、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、小児および若年成人のコロナ後遺症患者における腸内微生物叢の変化を調べるとともに、コロナ後遺症の新規治療標的を見つけることを目指している。

原文:Exploring the role of the gut microbiome in long COVID in young people

スチトラ(スチ)・ホーリガン(Suchitra (Suchi) Hourigan)

Credit: National Institutes of Health

スチトラ(スチ)・ホーリガン(Suchitra (Suchi) Hourigan)

スチトラ(スチ)・ホーリガンはオックスフォード大学(英国)で医学博士を取得。ジョンズ・ホプキンズ病院(米国ボルティモア)で小児科レジデントと小児消化器病科医のフェローシップトレーニングを修了し、小児科および小児消化器病科の認定医である。2021年、ラスカー臨床研究員およびNIH卓越研究員として、国立アレルギー・感染症研究所(米国)に加わった。臨床マイクロバイオームユニットのチーフとして、将来の健康状態を改善するための、早期の微生物叢介入に着目して研究を行っている。

プロジェクトの背景を簡単に説明してください。

スチトラ: COVID-19の原因ウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染すると、成人の腸内微生物叢の組成は変化します。その結果、体内の病原体は増加し、免疫に有用な微生物種が減少することが多いのです。SARS-CoV-2の感染は、腸の損傷や、炎症の長期化を引き起こすこともあります。コロナ後遺症患者にはそうした変化が広く見られますが、その詳細な機序や、コロナ後遺症発症への影響はよく分かっていません。

これまでのところ、コロナ後遺症の小児患者でこうした微生物叢の変化や関連機序を調べた研究はほとんどありません。私たちは、このプロジェクトで、COVID-19が小児の腸内微生物叢に及ぼす長期的な影響を調べる予定です。

生まれたときから私たちの体に定着している微生物は、免疫系の教育や代謝プログラミングで重要な役割を果たしています。成人前に腸内微生物叢や免疫の発達が阻害されると、自己免疫疾患や代謝性疾患を発症するなど、生涯にわたる悪影響が生じることがあります。こうしたことから、小児のCOVID-19罹患が、腸内微生物叢の発達や、その後の宿主応答に与える影響が懸念されています。こうした影響は、将来の健康に影響を及ぼす可能性があるのです。

COVID-19のパンデミックは公式に終息したといっても、小児に対するコロナ後遺症の影響を含め、長期的な影響は続いています。それまでは健康だったコロナ後遺症の小児患者が、小児の通常の活動に参加できなくなり、フルタイムで登校できないことさえあるのです。しかし、この消耗性疾患の診断、治療、予防に関する研究は進んでいません。

プロジェクトの計画は?

スチトラ: 私たちは、小児におけるCOVID-19の有害な長期的転帰が、腸内微生物叢そのものによって、さらには腸内微生物叢が感染によって、あるいは感染後にどの程度乱されるかによって、一部影響を受けているという仮説を立てています。これを調べるために、既存のCOVID-19試験コホートに登録されている200人の小児と若年成人(21歳未満)の血液試料と糞便試料を調べます。被験者は、SARS-CoV-2に感染して治癒した群、SARS-CoV-2感染後にコロナ後遺症を発症した群、そしてSARS-CoV-2に未感染の健常若年者の対照群の3つの群に分けます。

先ごろ私たちは、SARS-CoV-2陽性であったが症状の認められない低年齢小児では、対応する対照群と比べて、腸内の重要な抗炎症性細菌分類群および免疫調節性細菌分類群が減少していることを発見しました1。今回のプロジェクトでは、こうした知見をさらに進展させたいと考えています。

このプロジェクトで使う技術は?

スチトラ: メタゲノムのショットガンシーケンスにより、各糞便試料の微生物叢を調べます。これの手法は、ディープシーケンシング法(高重複度で塩基配列を決定する方法)であり、各試料の全ての微生物の全遺伝子を網羅的に調べることができます。糞便中の細菌を系統レベルまで調べられるだけでなく、ウイルスや真菌をはじめとする各種微生物の活動に関しての知見を得ることができるのです。その後、測定対象を限定しないメタボローム解析を行い、これらの微生物とその代謝産物の機能を調べ、それらが宿主の応答にどう影響するのかを明らかにします。

また私たちは、血液試料中の7000種類を超える血中タンパク質を、最先端のアッセイ技術を用いて分析します。さらに、血液試料と糞便試料のデータを組み合わせることで、微生物叢の特定の構成要素に対する免疫応答を評価します。これにより、SARS-CoV-2感染中やコロナ後遺症において免疫系が活発に認識する特定の微生物叢が見いだせると思います。

これらの技術は、宿主の微生物叢応答の広範なスナップショットをもたらし、コロナ後遺症を発症した小児に関連する特徴を特定する上で役立つはずです。小児のコロナ後遺症に対して防御的に働く微生物叢や免疫の特徴も明らかになるでしょう。こうしたことが分かれば、微生物叢内の治療標的候補を見いだす上で役立つかもしれません。

スチトラ・ホーリガン研究室のポスドク研修員であるマッケイラ・ベイコーンが小児の試料を使って検査を行っている様子。

このプロジェクトで達成したいことは?

スチトラ: このような知見は、微生物叢の防御活性を高める予防的治療法や、COVID-19患者のための治療法開発につながる可能性があります。また、小児のCOVID-19症状の持続性に関する機構的知見が得られるとともに、将来的にコロナ後遺症の発症リスクが高いと考えられる人を予測する上で役立つことも期待されます。

私たちは、この包括的な研究に参加する若年者を3年間追跡する予定であり、発見した宿主微生物叢の特徴が経時的にどう変化するのか、そしてそれが患者の症状やQOL(生活の質)とどう関連するのかを調べる機会が得られると思われます。コロナ後遺症は、この先何年も、若年者の微生物叢や免疫の健康に影響を与え続ける可能性があるのです。

また、私たちのプロジェクトで得られる知識からは、類似の長期的影響を及ぼす別の小児ウイルス感染症に関する知見が得られる可能性があるなど、より広範な応用が期待されます。

Reference
1.Nashed, L. et al. Gut 21, 2371–2373 (2022).


発酵性食物繊維がコロナ後遺症の症状緩和に役立つ可能性

モナッシュ大学(オーストラリア・メルボルン)の栄養学者ジェーン・バーニーたちは、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、食品に発酵性食物繊維を加えることがコロナ後遺症の症状と影響を緩和するのに役立つかを調べる予定である。

原文:Fermentable fibre may help to relieve long-COVID symptoms

ジェーン・バーニー(Jane Varney)

Credit: Jane Varney

ジェーン・バーニー(Jane Varney)

ジェーン・バーニーは認定実践栄養士であり、モナッシュ大学消化器病学科(オーストラリア・メルボルン)に所属する上級栄養学研究員である。バーニーは、消化器疾患を管理するための食事療法の役割を調べるトランスレーショナルリサーチに強い関心を持っている。バーニーは特に、試験参加者に対して、全ての食事、あるいは食事の一部を提供する食事摂取試験のデザインと実施に精通している。現在進行中の他の食事療法プロジェクトとしては、過敏性腸症候群における低カロリー甘味料の忍容性を調べるものや、子宮内膜症に関連した消化器症状に対する低FODMAP食の有効性を調べるものなどがある。

プロジェクトを提案したきっかけは?

ジェーン: SARS-CoV-2感染者の約10人に1人がコロナ後遺症を発症しており、世界的に重要な健康課題です。コロナ後遺症では、疲労やブレインフォグ、免疫系の問題など、さまざまな消耗性の症状が引き起こされます。しかし、その病態や原因についてはほとんど分かっておらず、標準的な治療法もありません。コロナ後遺症は既に世界中で医療サービスへの大きな負荷となっており、SARS-CoV-2の変異株が広がり続ける中では、この状況は、ひどくなる一方だと考えられます。

私たちは、薬剤を使わずに、発酵性食物繊維に基づく栄養補助食品という選択肢を調べようとしています。発酵性食物繊維は、コロナ後遺症の症状を緩和してQOLを改善すると考えています。こうした食事介入は、人間の免疫系を高め、将来のSARS-CoV-2感染を防ぐ上でも役立つと思われます。

プロジェクトの主目的は?

ジェーン: 目的は2つあります。第一は、発酵性食物繊維を加えた2種の焼き菓子が、プラセボ食と比べて、コロナ後遺症の症状を緩和するかどうかを調べることです。コロナ後遺症にはさまざまな症状があるため、この試験では特定の症状を選択することが重要です。このため私たちは、特にブレインフォグと疲労に苦しんでいる患者を集めます。

第二は、発酵性食物繊維が、さまざまな腸内微生物種が産生する代謝物をどう調節するのか、そして人間の体の免疫系がそうした代謝物にどう応答するかを明らかにしたいと考えています。同じくモナッシュ大学に所属する免疫学者ポール・ギル(Paul Gill)さんと緊密な共同研究を進めます。ギルさんは、食事が免疫系にどう影響するのかに強い関心を持っています。ギルさんは、博士課程のプロジェクトで、健常者の食事に発酵性食物繊維を追加することの重要性を調べ、発酵性食物繊維が被験者の免疫系を強化することを明らかにしました。これが、私たちのGGGHプロジェクトを支持する予備的なヒトデータとなっているのです。その他にも、コロナ後遺症の専門家である同僚、参加者候補を集めてくれる病院スタッフなど、それぞれのチームメンバーの支援と専門性に感謝しています。

発酵性食物繊維を選んだ理由は?

ジェーン: これまでの研究から、発酵性食物繊維は、免疫応答を調節して、腸内微生物叢の健康全般に寄与することが明らかになっています。腸内微生物叢は、発酵性食物繊維を主要な燃料源として摂取します。今回私たちは、大腸で発酵しやすい2種類の繊維であるイヌリンとレジスタントスターチ(小腸で消化されない「難消化性デンプン」)を用います。この発酵では、副産物(代謝物)として酪酸などの短鎖脂肪酸が産生されます。

別の研究からは、コロナ後遺症と同様の症状が見られる慢性疲労症候群の患者は、短鎖脂肪酸レベルが低く、腸内微生物叢のバランスが乱れていることが明らかになっています。また、動物試験から、餌に発酵性食物繊維を加えることで、酪酸をはじめとする短鎖脂肪酸の産生量が増加し、こうした代謝物が免疫細胞に作用してSARS-CoV-2感染の症状が改善されることも分かっています。

私たちは、コロナ後遺症に苦しむ人々に発酵性食物繊維による介入を行い、同様の効果が見られるかどうかを調べる計画です。さらに、各参加者の免疫細胞が短鎖脂肪酸の増加にどう応答するかを分析するとともに、コロナ後遺症の症状がどの変化するかを3週間にわたって追跡します。

発酵性食物繊維を餌とする腸内微生物(画像)の産生する代謝物が、コロナ後遺症に影響を及ぼす可能性がある。

THOM LEACH/Science Photo Library/Getty

3週間の食事の変化で違いが出ますか?

ジェーン: ギルさんの以前の研究では、同規模での3週間の発酵性食物繊維介入により、忍容性が高いという結果、そして健常者の免疫細胞と消化器症状を調節する効果がはっきりと得られました。3週間の介入というのは、最適な試験デザインと、患者の摂取コンプライアンスの実現性をうまく両立させるものです。自分が食べるものを、長期間にわたって指示されるのが好きな人はいませんよね。さらに、参加者には通常の食事をとってもらい、発酵性食物繊維の追加は1日に2品目だけとすることでも摂取コンプライアンスを最適化します。シェフが、イヌリンとレジスタントスターチを多く含むおいしいスナックバーとマフィンを作ってくれます。不快な消化器系の副作用を避けるため、参加者には、全ての食物繊維を一度にまとめて摂取するのではなく、それぞれの日の中で間隔を空けて食物繊維を摂取してもらいます。コホートの半数の人にはプラセボ食(発酵性食物繊維の代わりに米粉を含む)を提供し、糞便試料と血液試料により、食事介入に対する全参加者の応答と、コロナ後遺症の症状を追跡します。

発見したいことは?

ジェーン: 私たちは腸–脳相関の可能性を調べていますので、糞便試料を採取することで、腸内微生物叢の機能や組成の変化について、そしてそうした変化がコロナ後遺症の症状の変化とどう関連するのかについて、知見が得られることを期待しています。私たちはまた、短鎖脂肪酸の産生に関与していて、コロナ後遺症患者での存在量が少ないことがこれまでに明らかにされている各種の細菌をモニタリングします。さらに、食物繊維摂取量が増加することで腸内のどの細菌種が影響を受けるのか、その代謝物の産生量がどう変化するのかについても正確に突き止めたいと考えています。最近はスクリーニング技術が進歩し、摂取する食物、腸内微生物、免疫細胞の間の複雑な相互作用の詳細を調べることができるようになっています。糞便試料については微生物のDNAや代謝物のスクリーニングを行う一方、血液試料については血漿中の免疫細胞の種類や炎症性サイトカインレベルのデータを得る予定です。

こうしたデータを全て収集し、食事の介入前、介入中、介入後に、介入群とプラセボ群で比較します。食事に応答して免疫細胞に何らかのわずかな変化が見いだされることを期待していますが、それはコロナ後遺症の罹患中の免疫系を全般的に調べても検出できるとは限りません。私たちはまた、コロナ後遺症の重症度に関連する微生物や免疫系の特徴も突き止めたいと考えています。

今後の研究計画は?

ジェーン: 今回の食事介入から確信のある効果が見いだされたら、より大規模な試験でこれを裏付けたいと思います。この介入が有効であるとなれば、コロナ後遺症の症状を、薬剤を使わずに低コストで管理する方法を患者が選べるようになる可能性があります。


コロナ後遺症のバイオマーカーの探索を能率化する

ウィーン医科大学(オーストリア)のトーマス・フォーグルは、フローニンゲン大学医療センター(オランダ)の共同研究者らと共に、Global Grant for Gut Healthの支援を得て、腸内微生物が持つ何十万種類もの構造に対する抗体をスクリーニングすることにより、コロナ後遺症のバイオマーカー候補を見つけようとしている。

原文:Refining the search for long-COVID biomarkers

トーマス・フォーグル(feelimage/Matern)

Credit: feelimage/Matern

トーマス・フォーグル(Thomas Vogl)

トーマス・フォーグルは、グラーツ工科大学(オーストリア)で分子生物医科学・生物工学の博士号を取得した。当初は主として分子生物学の「ウェットラボ」実験に取り組んでいたが、その後オーストラリアとイスラエルでは博士研究員としてバイオインフォマティクスと機械学習に注力した。ワイツマン科学研究所での研究では、ロボット液体操作パイプラインを用いて、ヒトの免疫系と微生物叢との相互作用に関する大規模なデータセットを作成した。2022年8月にはウィーン医科大学でグループリーダーとなり、最近テニュアトラックの助教授職を得た。微生物叢–免疫軸に関する複数の論文を発表しており、EUのHorizon HealthコンソーシアムのID-DarkMatter-NCDプロジェクトでコーディネーターも務めている。

プロジェクトの目的は?

トーマス: COVID-19がなくなることはまずないでしょう。SARS-CoV-2は、進化し続け、ヒトの免疫系から逃れる方法を見つけていくと思われます。そして、コロナ後遺症は、世界の医療システムと経済の負荷となり続けるのです。コロナ後遺症の発症リスクを示すバイオマーカーや、罹患者の治療標的を発見できれば、将来的には、コロナ後遺症を治療し、さらには予防できるようになるかもしれません。

私たちのGGGHプロジェクトは、コロナ後遺症の発症と関連する特徴となる候補を突き止めるために、大規模コホートの初期調査を行います。COVID-19患者およびコロナ後遺症患者800人を対象に、35万7000の微生物叢抗原とウイルス抗原に対する抗体応答プロファイリングを実施します。

プロジェクトの背景は?

トーマス: 研究室として特に関心を持っているのは、ヒトの免疫系が産生する抗体と腸内微生物叢との相互作用です。私たちの腸内にはヒトの免疫系を調節できる微生物が多数存在しており、逆にヒトの抗体も微生物叢の調節や制御を行うことができます。

ヒトの循環血中内には膨大な量の免疫グロブリンAおよびG抗体が存在しています。しかし、これらの抗体が、どの微生物種を認識していて、どの表面構造と結合するかは、完全には分かっていません。また、微生物叢と免疫の相互作用が各種のウイルス感染症をはじめとする疾患にどのように応答しているのかも分かっていません。微生物叢は、何千種もの微生物によって構成され、どの微生物種も、数千種類ものタンパク質構造を有しています。これが何百万個という抗原候補空間になのです。それぞれの抗体が、それぞれの腸内微生物種となぜ、どのように相互作用しているかを明らかにするには、最新のハイスループットシーケンス技術を使う必要があります。これが私たちの研究室が行っていることです。

私たちには、コロナ後遺症における腸の免疫応答を解明できるチャンスがあります。これにより、基礎的な感染症生物学の知識がさらに深まるのです。そして、この複雑な消耗性疾患の治療標的候補が明らかになる可能性もあります。

データを得る方法は?

トーマス: 私たちは、オランダのフローニンゲン大学医療センターの優れた研究チームと共同研究を行っています。このチームは、SARS-CoV-2感染後の人々(COVID-HOMEコホート)と、15年にわたって一般集団(Lifelinesコホート)から、血液試料を収集してきました。COVID-HOMEコホートにはアドリアナ・タミ(Adriana Tami)、ハリー・ファン・ホール(Harry van Goor)、アルノ・ブルホニエ(Arno Bourgonje)、Lifelinesコホートにはユディト・ロスマレン(Judith Rosmalen)とアレクサンドラ・ジェルナコワ(Alexandra Zhernakova)が関わっています。Lifelinesプロジェクトは、COVID-19のパンデミック以前から存在していたもので、Lifelinesコホートでは、600人以上がコロナ後遺症を発症しました。

このため、COVID-19罹患前後に採取した試料のデータを解析して、腸内微生物の組成の違いを、微生物の活動性や免疫系との相互作用とともに明らかにできるまたとない機会となっています。また、COVID-19には罹患したがコロナ後遺症を発症しなかった患者の試料も分析します。これは、コロナ後遺症のバイオマーカーを発見する上で役立つはずです。

無数の可能性の中から、重要な相互作用をどう特定しますか?

トーマス: ファージディスプレイ免疫沈降シーケンス法(PhIP-Seq)と呼ばれる手法を使います。ベンジャミン・ラーマン(Benjamin Larman)とスティーブン・エレッジ(Stephen Elledge)が開発した方法1です。微生物の塩基配列と遺伝子は既に分かっていますが、微生物のタンパク質の全てを1つずつ別々に作るのはとんでもないコストがかかります。そうするのではなく、微生物の遺伝情報を逆翻訳して短い塩基配列の合成DNAを作るのです。そうすれば、その合成DNAを使ってバクテリオファージライブラリーを構築できます。バクテリオファージは、細菌に感染する小型のウイルスで、表面に特定のタンパク質(抗原)を意図的に提示するように改変できます。それぞれのファージは異なる抗原を提示しており、その抗原が作られる基になったDNAを保持しています。

そのライブラリーに、ヒト抗体を加えることができるのです。ヒト抗体が腸内や血中で特定の抗原と結合するなら、その抗体はバクテリオファージライブラリーでも同じ抗原を見つけて結合します。そうしてファージと抗体の結合ペアを取り出し、さらに解析を行います。そして、これら全ての情報を使って機械学習アルゴリズムを訓練し、組み合わせ、コロナ後遺症の発症との関連性が極めて高い分子や構造を抽出します。

トーマス・フォーグルの研究チームは、コロナ後遺症に関連する腸内微生物叢(画像)のバイオマーカーを見いだすことを目指している。

Sebastian Kaulitzki/Shutterstock

この技術を他の疾患で使ったことはありますか?

トーマス: 私たちは既にこの方法を用いて、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の腸内微生物叢に特有のバイオマーカー候補を発見しました2。そして、ME/CFSとコロナ後遺症の症状は似ていることが知られています。また、私たちは炎症性腸疾患における免疫–微生物叢間相互作用の研究にも熱心に取り組んでおり、クローン病と潰瘍性大腸炎の違いを明らかにしています3

今回のプロジェクトで発見したいことは?

トーマス: 危険因子を特定して、コロナ後遺症患者と強く関連する微生物の特徴を見つけることができたら素晴らしいですね。SARS-CoV-2感染前のベースライン時には既に、特定の微生物に対する免疫応答が亢進している可能性があります。こうした亢進は、診断前マーカーとなり、発症リスクを評価するためのスクリーニングに使える可能性があります。

コロナ後遺症患者では特定の種類の微生物が大幅に増加あるいは減少していることが明らかになるかもしれません。そうであれば、後遺症に罹患しているかを裏付ける分子レベルの診断マーカーになるでしょう。これは、この種の疾患についての風評を抑えるのに役立つと思われます。ME/CFSが、今なおそうであるように、コロナ後遺症の存在を疑問視している人もいるのです。コロナ後遺症が存在することを立証する分子マーカーは、大きな価値があり、治療標的候補となる可能性もあります。

COVID-19のパンデミックとコロナ後遺症は研究の全体像をどう変えましたか?

トーマス: この数年間で科学コミュニティーが行った新たなCOVID-19研究は、氷山の一角にすぎません。私たち研究者は、新たな技術を使って感染症生物学の基礎的な全ての疑問を再検討しており、これはCOVID-19パンデミックにおける明るい兆しです。このパンデミックはまた、感染症生物学に取り組む学際的な研究チームを結集させました。異分野の多くの科学者が、自分たちがCOVID-19への取り組みに役立てるか知りたいと熱望し、そうした共同研究が、多くの興味深い関係の発見につながりました。今後の大きな目標は、腸内微生物叢と免疫系との相互作用、そしてさまざまな感染症に対するそれらの応答についての全体像を明らかにすることです。

Reference
1.Larman, H. B. et al. Nat. Biotech. 29, 535–541 (2011).
2.Vogl, T. et al. Sci. Adv. 8, eabq2422 (2022).
3.Bourgonje, A. R. et al. Immun. 56, 1393–1409 (2023).

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2022年助成者インタビュー「微生物叢に与える影響を探る」

スポンサーの影響を受けない当審査委員会は、ヒト微生物叢の分野で国際的に高名な世界各地出身の研究者によって構成されている。

カレン・P・スコット

カレン・P・スコット 審査委員長

アバディーン大学 ロウェット研究所(英国)

アミ・バット

アミ・バット

スタンフォード大学医学科(血液学・BMT)・遺伝学科(米国)

サラ・レビール

サラ・レビール

アントワープ大学生物科学工学科(ベルギー)

竹田 潔

竹田 潔

大阪大学大学院 医学系研究科(日本)

趙立平

趙立平

ラトガーズ大学応用微生物学講座(米国)
上海交通大学微生物学特聘教授(中国)

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