高分子の「かたち」を変えるだけで、ミセルの物性が劇的に向上
本多 智
2013年3月12日掲載
直鎖状の高分子でできたミセル(界面活性剤の集合体)の形を、環状に変えるだけで、耐熱性を40℃以上も高め、塩に対する安定性(耐塩性)を30倍も向上させることを本多らが突き止めた。狙った患部に薬を届けるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)などの生体適合性材料への応用が期待される。今回、研究の背景、成果、将来の発展性などについて話を聞いた。
―― 今回の研究のきっかけは何ですか。
本多氏: 高分子の合成が専門だったので、自然界にみられる特殊な「かたち」を人工的に模倣して、その機能を持った新しい材料を開発することに興味を持っていました。例えば、どこでも吸い付くヤモリの手のつぶつぶの再現などです。究極的にはDNAの構造を合成高分子で再現して、最終的に生命を作り出すようなことができるといいですが、これはそう簡単にはいきません。
もっと簡単に模倣できるものを考えていたのですが、私たちは今回、熱に強く高濃度塩水という極限下で生息できる古細菌に着目しました。ヒトをはじめ、ほぼすべての生物の細胞膜は直鎖状の脂質分子からできています。しかし、古細菌の細胞膜は、環状の脂質分子を持つことが知られていました。これをまねて、直鎖状の高分子を環状に変えたらどうなるかという発想に至ったわけです。
そこで環状両親媒性高分子のミセルを作ったら面白いだろうという話になったのが事の始まりです。このアイディアは、当時、東京工業大学助教(現京都工芸繊維大学助教)だった足立馨(あだち・かおる)先生によるもので、まずは合成してみようと研究を始めてみたのが2008年頃のことです。ミセルというのは、界面活性剤が集まってコロイドを形成したものです。界面活性剤は、水になじむ「親水部」と、水になじまない「疎水部」を合わせて持ち、親水部が外側に、疎水部が内側にある構造をしています。身近な例としては、石鹸分子がミセルを作ります。
―― どのように作製したか、教えてください。
本多氏: 最初に合成したのは、親水部(中央部)にポリエチレンオキシド(グリコール)、疎水部(両端)にポリアクリル酸ブチルを持つ直鎖状の高分子。今回の論文で報告したものは、親水部は同じポリエチレンオキシドですが、疎水部はポリアクリル酸メチルにしたものです。
直鎖状の高分子の両端をくっつけるには、グラブス触媒を用いればいいのですが、最初は環状の高分子ができる割合が37%程度と、とても低かったのです。反応温度、溶媒、触媒など反応条件を変えて収率向上に取り組みました。
結果的には、反応温度を80℃に、溶媒のトルエンは希釈化し、触媒として第二世代ホベイダ・グラブス触媒を使うことで80%という高収率が実現しました。
こうして合成した両親媒性高分子の水溶液を作ると、水と油が分離するように、親水部と疎水部が自己組織化してミセルが形成されます。自己組織化は、比較的小さな分子が自発的に集まって、複雑な高次構造を形成する現象のことです。非常に精密で、規則性の高い新しい機能性材料の作製法として注目されていますが、直鎖状高分子、環状高分子によるミセルは自己組織化を利用してできたわけです(図1)。
―― このミセルで物性を調べたのですね。
本多氏: そうです。まずは、熱に対する安定性を調べました。温度を高めていくと、透明の溶液だったものが、ミセルの構造が崩壊して濁っていきます。構造の崩壊で、より大きな凝集体へと変化するため、透明度を失っていくわけです。この挙動は、温度を変化させて濁り具合を調べる濁度測定で評価しました。
ミセルの構造崩壊が起こる温度は曇点(どんてん)といいますが、親水部がポリエチレンオキシドで、疎水鎖がポリアクリル酸メチルの高分子の場合、直鎖状のものは34℃でミセルの構造崩壊が起こって濁ったのに対し、環状のものは73℃まで構造崩壊が起こらないことがわかりました。
これまで、高分子材料の物質、物性を制御するには、その分子量、化学構造を変えなくてはいけないと考えられていました。しかし、今回の成果のように、直鎖状から環状へと高分子の「かたち」を変えるだけで、物質の耐熱性が飛躍的に向上することがわかったのです。従来の概念を変える画期的な成果ともいえます。
先ほど、最初に合成したとお話しした、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸ブチルの高分子でも同じような結果を得ています1。
―― 耐塩性はいかがですか?
本多氏: 塩があると界面活性剤の機能は、落ちることが知られています。そこで、この高分子ミセル溶液がどのくらいの塩分濃度に耐えられるのか、NaCl(塩化ナトリウム)を加えて濁度測定しました。直鎖状の高分子では、31℃の時、10mg/mLのNaCl濃度で濁り、沈殿したのに対し、環状高分子では、30℃でも約270mg/mLのNaCl濃度まで沈殿することはなく、安定していました。実に27倍も耐塩性が向上することがわかったのです(図2)。
chemical structure | Tc* (°C) |
Cs(NaCl)* (mg ml–1) |
---|---|---|
1a linear PBA5-b-PEO70-b-PBA5 | 39 | 130 (25 °C) |
1b linear PMA16-b-PEO73-b-PMA16 | 34 | 10 (31 °C) |
1c linear PMA13-b-PEO70-b-PMA13 | 48 | 10 (45 °C) |
1d linear PMA13-b-PEO64-b-PMA13 | 47 | 10 (43 °C) |
2a cyclic PBA9-b-PEO70 | 56 | 260 (25 °C) |
2b cyclic PMA30-b-PEO68 | 73 | 270 (30 °C) |
2c cyclic PMA30-b-PEO79 | 76 | 150 (43 °C) |
2d cyclic PMA20-b-PEO66 | 73 | 150 (46 °C) |
PEO70の数値部分は70の繰り返し単位からなることを表す。Tcは耐熱性(曇点)、Csは耐塩性(塩析濃度)を表す。1a, b, c, dは直鎖状(linear)高分子、2a, b, c, dは環状(cyclic)高分子を表し、例えば2aは1aから合成される。対応するアルファベットの直鎖状と環状を比べると、耐熱性と耐塩性が大幅に向上していることが分かる。
―― 物性の制御はできるのでしょうか?
本多氏: できます。直鎖状高分子と、環状高分子の混合比率を変えるだけで、耐熱性と耐塩性を自在に変化させることができることがわかりました(図3、4)。ミセルは、温度、塩分濃度の変化によって構造が崩壊しても可逆的に元の状態に戻すことができます。例えば温度についていうと、直鎖状と環状の割合を1:1にすると47℃で濁り始めます。もちろん、この温度調節は高分子の長さを変えることでも可能なことを確認しています。耐塩性についても同様です。
さらにもう1つ面白い特徴があります。温度などの安定性を利用して、環状ミセルを触媒にしてハロゲン交換反応をさせると、直鎖状ミセルに比べ反応率が約20%も向上したのです。「かたち」という概念で、ここまで物性が変化するというのは興味深いですね。
―― 今回の成果を踏まえ、将来的にはどんな応用が考えられますか?
本多氏: 耐熱性、耐塩性に優れ、自己組織化するナノ構造体としてさまざまな応用が考えられます。これまでの高分子材料の物性を変化させるためには、さまざまな化学修飾を経る必要がありました。しかし今回の発見は、直鎖・環状の切り替えのみで物性を変化させられるという意味で、材料科学分野のブレークスルーにもなりえます。また、直鎖・環状で異なるのは「かたち」だけですから、いわゆるリバースエンジニアリングによって材料の設計を真似することも困難です。このことは、例えば企業が独自技術で競争障壁を築こうとするときに大きなアドバンテージになると思います。
ミセルの応用としては、例えば、温度など環境の変化に応じて、自動調光するガラスなどが考えられます。2枚のガラスの間に環状高分子と直鎖状高分子のミセルを混ぜることで、暑い日には、温度が上昇してくもり、太陽光を自動的に遮断してくれるガラスになります。夏場に建物内に流入する熱量の約70%は窓からとされており、これを遮断することで、省エネの快適な居住空間をつくることも可能になると期待されます。温度が下がれば、もちろんガラスは透明に戻るので心配はいりません。
この用途の発想の経緯には東工大GCOE(グローバルCOE)のPM(プロジェクト・マネージング)コースと、そこで出会った仲間が大きく関与しています。PMコースでは、"大学発技術の事業化"をテーマに博士課程の学生と企業人が席を並べて学びました。特に、社会人学生として東工大技術経営専攻に通い、省エネガラスの産業動向を研究されていた浅川幸紀(あさかわ・ゆきのり)氏(元Southwall Technologies社新規事業開発担当、現サムスンディスプレイ)との出会いは大きかったです。彼を含めた仲間内で話していたときに「温度の変化で自動的にガラスの透明度を変えられたら面白いよね」と、そんな話題になりました。そして、実際に試行錯誤を繰り返して模型を作ってみると、確かにガラスの透明度を温度で制御できることが分かったのです。異なるバックグラウンドを持つ人たちが知恵を出し合って初めて生まれたアイディアでした。まさに異分野融合ですね。
自動調光ガラスの現物は、東京工業大学博物館すずかけ台分館に飾られているので、まずは見て触って楽しんでみてください。
もう1つは、DDSへの応用です。原子間顕微鏡で観察すると、直鎖状高分子も環状高分子のミセルもほぼ同じ20nm(ナノメートル)の球状です(図5)。このミセルの中に、薬剤を注入し、がん細胞などの患部に行き渡るようにします。がん細胞周囲の新生血管は不完全であることから血管内皮細胞の間にすき間が存在していますが、ミセルがこのすき間を通りやすいという性質を利用します。温熱療法などで患部を暖めることで、ミセルが崩壊し、内部の薬剤が放出し、染みこむようなデザインにすればいいのです。抗がん剤の中には、有機塩もあるので、耐塩性は重要です。このDDSのいいところは、薬の放出を、温度だけでオン、オフさせられるところです。(図6)。
今後は、この環状高分子をミセル以外の分子集合体、例えばヒドロゲルにして、さらなる材料開発につなげられないかと考えています。
―― 将来の夢を聞かせてください。
本多氏: 地球温暖化の元凶とされる二酸化炭素を有用な素材に変換する技術を実用化したいですね。私が今、勤務する東京理科大にいらした井上祥平(いのうえ・しょうへい)先生は、二酸化炭素から環境調和型材料を合成する技術を開発しました。この研究は、現在でも東京理科大の杉本裕(すぎもと・ひろし)教授のもと精力的に続けられており、今年から私もこの研究グループに参画することになりました。私はこの分野に、特殊構造高分子合成、ナノテクノロジー、およびバイオミメティクス(生体分子の模倣)を融合させることで、新たな素材開発を実現したいと考えています。
―― すばらしい研究成果だと思いますが、研究者が掲載料を負担するNature Communications のオープンアクセスに投稿したのはなぜですか?
本多氏: 価値ある研究・技術をオープンにすることと、ノウハウとしてクローズドにすることはコインの表裏で、切り離せないものだと思っています。企業は、技術を自社の利益に変えなければならないので、成果を秘密にすることもあります。それは、会社の存続のためですから当然です。しかし、わたしたちアカデミアの研究は、その成果をより多くの人に見て頂けるようなオープンな環境に置き、より多くの人に面白いと感じて頂くことが重要です。研究成果を伝えるということは、成果にスポットライトを当てて、たくさんの人に見えるようにすることだと思っています。オープンアクセスは、負担こそ大きいとは思いますが、研究成果の公表手段としてあるべき姿の1つだと思います。
―― 最後に高校生へのメッセージを
本多氏: 成功も失敗もチャレンジしたからこそ生まれるものです。もし、今チャレンジしていないとしたら、まずはチャレンジしたいことを見つけてください。もし、大きな目標を達成できたら、もっと大きな目標に向かってチャレンジしてください。そのオンリーワンのチャレンジの連鎖こそがあなたの切り拓く道です。
―― ありがとうございました。
聞き手 長谷川聖治(読売新聞科学部記者)。
Nature Communications 掲載論文
環状両親媒性高分子によるミセルの耐塩性および耐熱性の向上と制御
Tuneable enhancement of the salt and thermal stability of polymeric micelles by cyclized amphiphiles
2013年3月12日掲載 Nature Communications 4 : 1574 doi:10.1038/ncomms2585
Author Profile
本多 智
元東京工業大学大学院理工学研究科
(現東京理科大工学部工業化学科助教)