発作性夜間ヘモグロビン尿症
木下 タロウ氏
掲載
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は慢性造血幹細胞(HSC)疾患であり、骨髄不全をはじめ、溶血性貧血、血栓症、平滑筋ジストニアなどを認めることがある。PNHは、ホスファチジルイノシトールN-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼのサブユニットAの遺伝子であるPIGAの体細胞変異に起因するHSCの単クローン性または多クローン性疾患である。… 続き
―― 今回のPrimer「Paroxysmal nocturnal haemoglobinuria(発作性夜間ヘモグロビン尿症)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
発作性夜間ヘモグロビン尿症は、発症メカニズム研究が深く行われた結果、明確な標的設定により医薬が開発され、経過が大きく好転しました。まさにプレシジョン・メディシン (個別化医療) のあるべき形を示した好例といえます。今回の総説は、このことを明確に示している点に最大のインパクトがあると思います。たとえば、抗C5抗体が発作性夜間ヘモグロビン尿症に著効すると実証され、その結果として抗補体薬が医薬として有望になっていることを紹介しています。また、抗C5抗体の効果を認めない血管外溶血が問題になる発作性夜間ヘモグロビン尿症症例やC5遺伝子多型の症例がみつかったことで、新規の抗C5抗体や、抗C5抗体以外の新たな抗補体薬の研究開発も進むようになり、補体制御医療の大きな発展が見込まれている点にも触れています。
―― どのような新たな知見や視点が紹介されたのでしょうか?
後天的に血液細胞の一部で自己血球を保護する補体制御因子が失われ、発症に至るメカニズムを紹介しました。また、主要な症状を引き起こす血管内溶血を防ぐ抗C5抗体医薬について、効果を発揮する機序、使用にあたっての注意点、明らかになった課題についても詳述しています。最後に、新たな抗補体薬開発の現状と今後についても整理しました。
―― 発作性夜間ヘモグロビン尿症における基礎研究発展の意義とは?
補体系は「自己の細胞を傷害するリスク」をもつシステムなので、自己細胞を保護する様々な補体制御因子が備わっています。各々の組織は、その態様に応じて異なる補体制御因子が組み合わさることで保護されていると考えられますが、その詳細については不明です。発作性夜間ヘモグロビン尿症で明らかにされたメカニズムは、血管内皮、腎組織等々の部位での補体制御にメカニズム研究の進展にも寄与すると期待できます。
―― 残された謎、解明すべき病態等はありますか?
いまだに、病因となる「PIGA遺伝子の体細胞変異を起こした造血幹細胞クローン」が増大するメカニズムが解明途上です。本総説では、自己免疫性の骨髄不全による正常造血幹細胞の減少とPIGA変異幹細胞におきる「第2の遺伝子変異」による良性腫瘍性獲得の2つの機序仮説を紹介しました。私たちはこれらが段階的に起こって発症に至る2段階モデルを提唱していますが、それぞれのメカニズムの実証が目下の懸案です。また、最も重篤な病態である血栓発生に補体が関与していることははっきりしてきましたが、こちらも発生メカニズムがまだ完全に解明されていません。
―― 日々のご研究ではどのような工夫をされていますか?
実験データをナイーヴに見て理解しようとする姿勢が新発見をもたらすと信じ、その姿勢を堅持しています。
―― MDの方々との連携において、どのようなことを心がけていますか?
Ph.D研究者として、MDの先生方と相補的な共同研究や連携ができるよう心がけています。MDの方々からは、症例や臨床研究に関する豊富な知見と臨床材料がもたらされます。私たち基礎研究サイドは先端的研究手法を確立し、それを臨床サイドにフィードバックできれば、双方にとって大変有益な結果が生まれます。こうした作業において私自身は、発症メカニズムの解明に至る長い道のりの一つ一つの過程を中途半端にせずクリアすることを大切にしています。
―― 発作性夜間ヘモグロビン尿症領域に関与する若手研究者に一言アドバイスをお願いいたします。
発作性夜間ヘモグロビン尿症は、発症過程の特異さから多くの研究者を引きつけ、病態メカニズムの研究や治療研究からいくつものブレークスルーがもたらされ、医学にインパクトを与えてきました。ただし、まだ多くの未知を包含した疾患です。若手研究者には、次のブレークスルーを目指した本格的な研究に取り組んでほしいと願います。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
発作性夜間ヘモグロビン尿症
Paroxysmal nocturnal haemoglobinuria
Nature Reviews Disease Primers 3 Article number: 17028 (2017) doi:10.1038/nrdp.2017.28
Author Profile
木下 タロウ
補体の自己非自己識別メカニズムの解明を目指し、発作性夜間ヘモグロビン尿症に関する研究を開始。同症の本質がGPIアンカー生合成異常であったことから、GPIアンカーの生物学と医学をテーマに掲げて研究を行う。具体的には、GPIアンカー型タンパク質生合成過程の全解明、後天性GPI欠損症である発作性夜間ヘモグロビン尿症の発症メカニズムの解明、先天性GPI欠損症の分子病態の解明に関する研究を対象としている。
1974年 | 東京大学農学部卒業 |
1977年 | 同大学院農学系研究科修士課程修了 (農学修士) |
1981年 | 大阪大学大学院医学研究科博士課程修了 (医学博士) |
1981年 | 日本学術振興会奨励研究員 |
1982年 | 大阪大学医学部細菌学教室 助手 |
1988年 | 大阪大学医学部細菌学教室 講師 |
1990年 | 大阪大学微生物病研究所 免疫不全疾患研究分野 教授 |
1998年 | 大阪大学遺伝情報実験施設長 |
2003年 | 大阪大学微生物病研究所 所長 |
2007年 | 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 副拠点長 |
2017年 | 大阪大学微生物病研究所 籔本難病解明寄附研究部門 教授 |