女性尿失禁
青木 芳隆氏
掲載
女性の尿失禁症状の罹患率は高い。本症は健康関連QOLに大きく影響するだけでなく、個人や社会の支出の増加にも関与している。尿失禁は次の2つに大別され、尿漏出に身体運動が関係する腹圧性尿失禁と、突然の強い尿意により尿が漏出する切迫性尿失禁が知られている。… 続き
―― 今回のPrimer「Urinary incontinence in women(女性尿失禁)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
ともすれば病気ではないと考えられてしまいがちな尿失禁という疾患をテーマに、疫学、解剖、排尿コントロールのメカニズム、診断とスクリーニング、予防、治療、生活の質へ与える影響などについて、最新の知見を踏まえ多角的にレビューした点があげられます。アジアの女性はとくに受診率が低いので、多くの医療従事者に、女性の尿失禁に関心を持ってもらうきっかけになればと思います。
―― どのような新たな知見や視点が紹介されたのでしょうか?
「中枢神経および末梢神経系と膀胱との関係」や「尿路上皮、知覚神経終末、膀胱括約筋の複雑な相互作用」などを、最新の知見をもとに図解しています。また、尿失禁を改善するための生活指導、保存的療法、治療薬、手術などの解説もされています。失禁は患者の生活に与える影響が大きく、家族や介護者の負担となりうることにも触れています。
一方、全ゲノム関連解析(GWAS)等を用いた尿失禁の関連遺伝子探索、分娩様式が与える尿失禁への影響についての大規模疫学的調査などにも触れながら、尿失禁の予防という、この領域の大きな研究テーマも取り上げています。
―― 診断、治療、予防などにどのように生かせるとお考えでしょうか?
尿失禁は、切迫性、腹圧性、混合性に大別することができます。個々のタイプによって、治療(生活指導、薬剤、手術など)が異なりますが、それぞれについて解説していますので臨床の場で役立つと思います。生活指導や保存的治療として、適切な飲水量および体重の調整、骨盤底筋体操なども紹介しています。
日本においては、昨年より排尿自立指導料算定が始まり、入院患者に対して「多職種がチームで行う排尿ケア」が開始されました。本総説では、尿失禁領域は、理学療法士、看護師、泌尿器科、婦人科医などが協働して関わることが大切である点にも言及しています。
―― 若手の臨床医や研究者にとってどう役に立つとお考えでしょうか?
尿失禁は、罹患率が高く、生活の質(QOL)を損ねる疾患です。日常診療の中でしばしば遭遇する疾患ですので、本総説により、診断や治療についての理解を深めていただけるとよいと思います。最近の治療法として、低侵襲手術や、ボトックス膀胱内注入療法、あるいは神経変調療法についても紹介しています。基礎研究としては、生理学、薬理学、疫学などに加えて、遺伝子を用いたアプローチに期待が寄せられている点を紹介しましたので、参考になると思います。
―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?
一つは、腹圧性尿失禁に関連する遺伝子異常がGWASなどでみつかっているものの、臨床的にどのような影響があるのか未解明な点です。例えば、遺伝子異常が経腟分娩後の腹圧性尿失禁にどの程度影響するのか、そのためにどのような予防策を講じるべきか、予防策のリスクとベネフィットに関する情報提供が可能か否か、情報提供することにどの程度のインパクトがあるのか、といったことが検討されていくとよいと考えています。
―― 日々の臨床や研究への思いをお願いできますか?
臨床においては、伝えにくい症状について、本総説でも紹介しているような質問票を用いて、症状だけでなく、生活の質に与える影響についても確認するようにしています。研究においては、海外研究者とのコミュニケーションが重要だと感じています。私は留学経験がなく英会話が得意ではないので、スカイプによるミーティングなどで苦労するのですが、チャット機能を使ってテキストで聞く、メールなどで疑問点を確認するなどの工夫をしています。SNSを利用してやり取りすると、メールより気軽に、しかも早いレスポンスが得られ、便利だとも感じています。
―― この領域を目指す若手臨床医に一言アドバイスをお願いいたします。
繰り返しになりますが、この領域は、理学療法士や看護師とともに多職種での関わりが重要となります。臨床においては、薬物療法や手術療法だけを考えるのではなく、チームで取り組む診療をイメージして取り組んでいただけると良いと思います。基礎研究レベルでは、疫学において、内科疾患との関わり、例えば高血圧や糖尿病、メタボリックシンドロームなどとの関わりが注目されてきています。関連遺伝子の探索も進んでいますので、将来的には、このような視点からの病態分類や予防•治療が行われるようになるかもしれません。若手の方々にも興味をもっていただけると嬉しいと思います。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
女性尿失禁
Nature Reviews Disease Primers 3 Article number: 17042 (2017) doi:10.1038/nrdp.2017.42
Author Profile
青木 芳隆
現在は、下部尿路症状に関する横断的および縦断的疫学調査を行っている。症状と基礎疾患との関係、例えば肥満、高血圧、高血糖、あるいはメタボリックシンドローム等との関係を探り、排尿症状が他疾患のサインなのかどうか、あるいは増悪のサインとならないか、といった点に関心がある。特に、夜間頻尿や過活動膀胱症状は、メタボリック症候群の一面となりうると考えている。泌尿器科領域のエビデンス向上を目的とした国際共同研究チーム(CLUE working group, website: clueworkinggroup.com)の一員として、メタ解析などにも取り組んでいる。
1993年 | 福井医科大学医学部卒業 |
1993年 | 福井大学医学部附属病院研修医 |
1994年 | 福井大学医学部附属病院助手 |
1996年 | 倉敷中央病院泌尿器科医員 |
2004年 | 福井大学医学部大学院修了(医学博士) |
2005年 | 福井大学医学部泌尿器科学助教 |
2015年 | 福井大学医学部泌尿器科学講師、現在に至る |