アフリカのサハラ以南地域における商品作物と食料安全保障の関係
Alexandros Gasparatos
原文: 15 Mar 2021 | SDG Perspectives from Japan: Insights from Alexandros Gasparatos, an ecological economist
―― ご自身の研究はSDGsとどのように関係していますか?
私の研究分野は人間と自然のつながりを研究する「生態経済学」です。この分野は非常に学際的で、人間の活動が生態系にどのような影響を与えるのか、また、生態系の変化によって社会や経済システムがどのような影響を受けるのかを、さまざまな分析手法を用いて探求しています。
多くの研究を並行して行っているのですが、最も長期にわたって続けているのは2011年にスタートした研究で、サハラ以南のアフリカの商品作物の生産と地元住民の食料安全保障の関係を調べています。
キャッサバやトウモロコシなどの食用作物を栽培していた農地をサトウキビ、綿花、カカオ、アブラヤシなどの商品作物栽培へ転換してしまうと地域の食料安全保障が危機にさらされる、という言説はよく耳にします。逆に、農村開発の観点からは、商品作物の生産は農村の貧困削減や農業システムの近代化につながり、食料安全保障にプラスの効果があると指摘する学者も多くいます。意見は二極化していますが、真実はこの両極の間のどこかにあるはずです。私はそれをマクロレベルやモデル化による研究ではなく、あくまでローカルのレベルで、実際の現場を自分たち自身で調査して炙り出したいと考えています。
マラウィ、エスワティニ、ケニア、ガーナなど、サハラ以南のアフリカ諸国で25のケーススタディを経てわかってきたことは、商品作物と食料安全保障の関係性は実に多様だということです。商品作物が食料安全保障にプラスの効果をもたらす場合もあれば、マイナスの効果をもたらす場合もあります。また、同じ商品作物であっても、市場が存在するかどうか、生産者がバリューチェーンにどのように関わっているかなど、社会的・環境的な背景によって、影響が大きく異なる場合もあります。
とりわけ私が注目しているのは、作物を作って売る本人が適正な利益を得られる仕組みがあるか否かです。市場が未成熟であったり、中間業者に搾取されたりすると、商品作物のために土地利用を転換しても、生産者に本当の利益がもたらされない可能性が高くなります。このような失敗は商品作物に限らず、サハラ以南のアフリカにおける多くの開発介入の現場に共通する問題でもあります。
SDGsの中では、私の研究は貧困と飢餓に関するゴール1とゴール2に主に関連しています。また、ゴール15(陸の豊かさを守ろう)、ゴール8(働きがいも経済成長も)、ゴール9(産業と技術革新の基盤をつくろう)にも少なからず関連しています。
―― SDGsに関連する研究において、トランスディシプリナリー(超学際的)な連携はどのくらい重要でしょうか。そして、それを効果的に実施するにはどうすればいいですか。
私たちの研究プロジェクトでは学際的に進めるのがもはや前提といっていいでしょう。アフリカの商品作物と食料安全保障に関する研究では、さまざまな国の、さまざまな分野の専門家がチームに参加しています。サバンナの生態学、農業経済学の研究者だけでなく、サトウキビから作るエタノールといったバイオ燃料になる商品作物もあることから、エネルギー政策の専門家とも共同で研究を行っています。
また、多様な組織間での協力も必要です。私たちは、国や民間の研究機関、企業、政府機関など、さまざまな組織と提携して研究を進めています。どの組織も独自のDNAを持っており、それが研究に非常に有益な情報をもたらしてくれます。しかし、組織によって仕事の進め方や、求める基準が全く異なることがあります。たとえば学術界の人間は良い論文をたくさん出すことや、テーマや仮説に新奇性を求めますが、アカデミアの外の人はより応用的で地に足のついたアプローチに基づいて仕事をしています。そのため、私は新しいプロジェクトを提案するときには、それが研究者にとってのみ意味のあるプロジェクトではないことを主張するようにしています。違う組織の人間同士のコミュニケーションは、前提や価値観が違うために難しいことも多いのが現実です。しかし、お互いが共通の情熱を持っていれば乗り越えられるのではないでしょうか。
―― 若手研究者がSDGs関連の研究にもっと参加するにはどうすればよいでしょうか。自身の研究で社会にインパクトを与えたいと考えている若手研究者へのアドバイスをお願いします。
Be open-minded. この一言に尽きます。特定の学問領域の中だけ、一つの大学の中だけでは、その視点でしか物事を見られなくなってしまいます。違う学問領域の人、違う組織の人、違う文化的背景をもつ人と一緒に働きましょう。そうすることで、同じ問題に相対するときにも全然違う見方ができるようになります。
しかし、違う学問領域、違う組織、違う背景の人と共同で研究するのは簡単なことではありません。たとえば、視点の違いや、成果物を完成させるまでのスケジュールの違いなどがあり、最初はギクシャクしてしまうこともあります。私たち研究者は、プロジェクト特有の時間的制約に縛られることがあまりないので、自分が納得するタイミングで論文を書くことができますが、他組織の研究者は、研究成果物のために厳しい時間的制約を受けているかもしれません。しかしそうしたことも創意工夫で乗り越えていくことが重要です。簡単なことではありませんが、思想の違う人の視点を受け入れる姿勢が自身の研究をより強くするのです。
本記事は、Springer Natureサイト「The Source」、並びに東京大学IFIのサイトでご覧いただけます。
Author Profile
Alexandros Gasparatos(アレクサンドロス・ガスパラトス)
東京大学未来ビジョン研究センター 准教授
生態経済学者で、持続可能性評価と生態系サービス評価ツールの開発、改良、応用に関心があり、このようなツールを、アフリカやアジアの発展途上国における食料保障、エネルギー政策、グリーン経済(環境に優しい経済)、都市の持続可能性などの様々なトピックスに適用している。未来ビジョン研究センター勤務以前は、オックスフォード大学と国連大学で博士研究を行っていた。国際学術誌『Sustainability Science』、『People and Nature』、『Frontiers in Sustainable Food Systems』 の編集者であり、アジア太平洋評価報告書の生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)のアジア太平洋評価報告書の統括執筆責任者(CLA)を務めている。