環境システム工学を通じたSDGs達成への道筋
長谷川 知子
原文: 8 Mar 2021 | SDG Perspectives from Japan: Insights from Tomoko Hasegawa, a climate scientist
―― ご自身の研究はSDGsとどのように関係していますか? SDGsに関する主要な研究論文や書籍があれば教えてください。
私の研究では、経済、農業、土地利用、水利用などを統合的に解析するコンピューターシミュレーションモデル、いわゆる統合評価モデルを用いて、気候変動を中心とした地球環境に関連した問題を対象にしています。気候変動の中でも、特に将来の温室効果ガスの排出量見通し、その削減方策の検討、気候変動影響の経済的分析に焦点をあてた調査研究をしています。SDGs 17の目標の中では特に2の飢餓、13の気候変動、15の陸の豊かさに関係していますが、部分的には貧困、健康、持続可能な生産と消費といった問題などにも関係しています。コンピューターの計算結果を用い、世界・アジアを対象に国、地域レベルでの解決に向けた政策提言につながる研究を行っています。
SDGsには様々な相互連関があります。例えば、地球温暖化対策にはバイオマスエネルギーを増やすことが有用とされていますが、バイオマスを生産するためには土地を利用します。そのために食料生産に使うことができる土地面積を減らし、飢餓リスクを高める可能性が指摘されています(図)。
世界では食料に困っている人が約7億人近くいる中、このトレード・オフの関係は大きな問題です。また農業生産やバイオマスエネルギーを増やすために新たな土地を切り開いたり、モノカルチャーを進めたりすることは生態系に被害を与えることになります。コンピューターシミュレーションモデルの中では様々な対策を考え、多様な目標を内容するSDGsを調和的に達成する道筋を明らかにする方策を研究します。
最近の研究事例では、私が参画する国際研究グループが、自然保護・再生と食料システムへの変革に向けた様々な取り組みが世界の生物多様性に与える影響について評価し、その成果がNature 誌でオンライン公開されました(Leclere et al.(2020) 2020年9月)。結果として、世界規模で自然保護区の拡張や劣化した土地の再生等の自然保護・再生への取り組みを拡大すると同時に、食料システムの変革に関わる取り組み ― 作物収量の向上、食品ロス削減、食肉消費量の削減 ― を行うことにより、将来において生物多様性の損失を抑え、回復へと導ける可能性があることを明らかにしました。
―― SDGsに関連する研究において、トランスディシプリナリー(超学際的)な連携はどのくらい重要でしょうか。そして、それを効果的に実施するにはどうすればいいですか。
そもそも私の研究ツールである統合評価モデルは「統合」という言葉から分かるように分野横断型の研究分野です。工学から経済学、農学、生態学、気候科学などの知見を総合してコンピューター上で表現するのが統合評価モデルの役割です。
しかし、SDGsは分野横断的な目標を含んでいるため、SDGs達成に向けた将来の道筋を示すには複合的な対策の効果やその影響の評価が必要です。研究としてはより一層広い分野の統合などが必要になります。
例えば、先程のLeclere et al.(2020)は、気候変動分野の統合評価モデリング研究コミュニティと生物多様性のモデリングコミュニティーが同じ土俵に立って、共同モデル比較研究をすることで生まれた成果です。このように、異なる分野のコミュニティ間の接点が増え、連携が促進されることがSDGs関連研究の発展につながると思います。
―― 若手研究者がSDGs関連の研究にもっと参加するにはどうすればよいでしょうか。
研究への参加方法はそれぞれのキャリアのステージやおかれた環境などで変わりますが、まずは自分の専門性を高め、SDGsに関する研究を発展させることだと思います。さらに、自分の研究成果を関連する学術界に発信し、それを通じてネットワークを広げ、すでにSDGsに関連する研究分野において影響力の強いコミュニティーに参画することも重要と思います。SDGs関連研究は社会と強くかかわる研究なので、そのようなコミュニティーに参加することで、成果の発信力を高め、社会をよりよい方向に変えていくことに貢献しやすくなるのではないかと思います。
―― 多くの人々が理解できる方法でSDGsに取り組むことがなぜ重要でしょうか。
多くの人が専門的内容まで細かく理解する必要は必ずしもないかもしれませんが、SDGsの達成には社会変革や人々の行動変革が求められますので、社会や人々の行動を変える提案をするためには、その背景や裏付けが理解される方が研究成果の説得力が増すかもしれません。
私の分野では近年透明性についてよく言われるようになり、統合評価モデル分野ではモデルソースやマニュアルを公開したりする動きがあります。SDGsに限らず、研究手法や方法を他の人がわかる形で示すことは社会に係る研究成果を広く理解し、社会変革に向けて重要かもしれません。私自身も、論文が発表されるとできるだけ報道発表(プレスリリース)をするようにしています。新聞やメディアを通じて研究成果を社会に知ってもらいたいと思っています。
本記事は、Springer Natureサイト「The Source」、並びに東京大学IFIのサイトでご覧いただけます。
Author Profile
長谷川 知子(はせがわ ともこ)
立命館大学理工学部 准教授
2019年に立命館大学理工学部准教授に着任。2011年京都大学工学研究科博士課程を修了。環境システム工学を専門とし、コンピューターシミュレーションモデルを用いて気候変動問題に関する研究に従事。特に農業・土地利用分野における将来の温室効果ガスの排出量見通し、気候変動と排出削減対策の影響に関する研究を進める。2011年より国立環境研究所で、現在も開発・運用を続けるシミュレーションモデルを開発し、気候変動問題や持続可能な発展に関する研究に適用。それを通じて、気候変動問題と食料問題のかかわりに着目し、気候変動政策による飢餓リスクや食料安全保障への影響を明らかにした。2019年には高被引用論文著者に選出され、現在はIPCC第6次評価報告書の代表執筆者を務める。