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既製の細胞性の栓が皮膚創傷を治す

Credit: Kanpisut Chaichalor/EyeEm/Getty

皮膚は表皮と呼ばれる外側の層と、真皮と呼ばれる内側の層からなる。皮膚は、つまむと持ち上げることができるが、それは表皮と真皮が筋膜と呼ばれる膜状のシートの上を自由に動くことができるからだ。筋膜は、細胞と細胞外マトリックスを構成する成分を含んでおり、皮膚とその下の筋肉や骨などのより硬い構造との間に摩擦のない界面を作り出している。しかし、筋膜の役割は、付着せずに自由に動く面を提供することだけではなさそうだ。筋膜には可動性のシーラントが含まれていて、それが深い創傷をつなぎ合わせて早期の創傷修復を可能にすると、ヘルムホルツセンターミュンヘン(ドイツ)のDonovan Correa-Gallegosら1が、Nature 2019年12月12日号287ページで報告しているのだ。

治癒しつつある皮膚創傷の瘢痕組織には、繊維芽細胞が含まれている。そうした繊維芽細胞が細胞外マトリックスタンパク質を作って、それに修正を加える。これらの繊維芽細胞は、Engrailed-1と呼ばれるタンパク質の発現によって特定でき、Engrailed陽性繊維芽細胞(EPF)と呼ばれる。筋膜が創傷治癒と瘢痕形成に関わる細胞成分の貯蔵所であるかもしれないという考えは、ある以前の研究2に端を発する。その研究では、EPFは予想通りに皮膚中に存在するだけでなく、筋膜にも存在することが報告された。

マウスでの創傷治癒を調べるために、Correa-Gallegosらは緑色蛍光タンパク質を発現するように改変した筋膜細胞を、赤色蛍光タンパク質を発現する皮膚細胞と接合させたキメラ移植片を作製した。次に、この2色の「蛍光サンドイッチ」移植片に傷をつけて、健康なマウスに移植した。緑色細胞と赤色細胞の割合を比較したところ、治癒中の創傷において80%の細胞が筋膜に由来することが分かった。さらに、治癒中の創傷に見られる多くの細胞タイプの大多数が筋膜から発生しており、その中には、収縮性の繊維芽細胞(筋繊維芽細胞)、血管細胞、免疫細胞のマクロファージおよび神経細胞も含まれていた。

Correa-Gallegosらは、自分たちの観察結果がこの人工的な移植片構造に特有のものではないことを確かめるために、マウスの筋膜に色素を注入し、皮膚と筋膜を貫通する深い傷をつけた。治癒中の創傷と周囲の瘢痕組織に存在する色素で標識された細胞をマッピングしたところ、治癒した創傷の細胞の半数以上は色素で標識されていた。これによって、深い創傷を受けた後、瘢痕を形成する組織の主要な源は筋膜であることが確認された。

深い創傷は瘢痕形成につながり、そうした瘢痕は、筋膜を貫通しない浅い傷によって生じる瘢痕よりも大きくて硬く、治癒しにくい3。Correa-Gallegosらは2光子顕微鏡を用いて、瘢痕を形成するEPFの追跡に使用できる蛍光タンパク質を発現するよう改変されたマウス4で、深い皮膚の創傷を分析した。その結果、筋膜中の細胞性の栓(細胞外マトリックス、マクロファージ、血管、および神経からなる)が上方へ移動して損傷した皮膚の中に入り、瘢痕を形成することが分かった。この治癒プロセスには細胞分裂が必要とされないことから、この栓は事前に作られていたと考えられる。重要なことに、Correa-Gallegosらは、瘢痕中に見られる繊維芽細胞のタイプを決めると報告されている主要なタンパク質群5が、皮膚繊維芽細胞よりも筋膜繊維芽細胞でより高いレベルで発現していることを見いだした。これは筋膜EPFが治癒中の深い創傷の繊維芽細胞の主要な源であるというモデルと符合する(図1)。

図1 深い皮膚創傷の治癒
皮膚は表皮と呼ばれる外側の層と、真皮と呼ばれる内側の層からなる。皮膚内に収まる浅い傷は、真皮中のEngrailed陽性繊維芽細胞(EPF)によって修復できる。EPFは、細胞外マトリックスの成分を作る。Correa-Gallegosら1はマウスを使って、皮膚を貫通して、その下の筋膜と呼ばれる層にまで届く深い創傷の治癒について調べた。筋膜にはEPF、細胞外マトリックス、血管、神経、およびはマクロファージと呼ばれる免疫細胞が含まれる。彼らは、筋膜由来の成分からなる既製の栓が筋膜EPFに誘導されて上方へ移動し、創傷をふさぐと報告している(図は参考文献1の図6に基づいている)。

繊維芽細胞が細胞外マトリックスを調節することから、Correa-Gallegosらは、顕微鏡を用いて、細胞外マトリックスの成分であるタンパク質のコラーゲン繊維の物理的な特徴を可視化した。筋膜のコラーゲンは、伸展して織り合わさっている真皮のコラーゲン繊維よりも、よりコイル状で未成熟だった。さらに、損傷を受けた動物のコラーゲンに蛍光色素で標識を付けたところ、筋膜の細胞外マトリックスが柔軟なゲルのように上方に移動して損傷した組織中に入り込み、傷をふさいで、修復することが分かった。対照的に、皮膚コラーゲンは移動しなかった。

次にCorrea-Gallegosらは、筋膜由来のEPFがすでに出来上がっている栓の移動を引き起こすのかどうかを調べた。彼らは、真皮と筋膜を分離するために非接着性膜をマウスに挿入した。すると、修復が遅れ、創傷はふさがれないままで治癒しなかった。この膜が挿入されなかったマウスではこのような影響は見られなかった。また、遺伝的手法により筋膜EPFを除去すると、栓は創傷中に入らず、治癒は不良だった。これらの知見は、筋膜EPFが実際に、深い傷をふさぐ栓を誘導するのだということを示している。

この研究は、ヒト疾患にも意味を持つ可能性があるが、その大部分は人工的なマウス・モデルで行われた。その上、マウスには、皮筋と呼ばれる種類の筋肉があり、筋膜と皮膚の間に存在して皮膚をぴくぴく動かすのに使われる6。ところが、ヒトでは、皮筋はほんの少し痕跡的に存在するだけで、このようなぴくぴく皮膚を動かす能力はない。従って、Correa-Gallegosらは、そのような違いがあっても瘢痕形成がヒトとマウスで同じように起こるのかどうかを調べる必要があった。

皮膚の断面図
皮膚は、表皮(断面上部の茶色の部分)、真皮(表皮の下の薄桃色の部分)、皮下組織(表皮の下の黄色と濃桃色の部分)の3つから構成され、皮下組織の下には筋層(筋膜と筋肉、赤色の部分)がある。表皮はさらに、表面に近い方から角質、顆粒層、有棘層、基底層に分けられる。最下部の基底層(真皮のすぐ上で波打っている部分)は一層の基底層細胞からなり、盛んに細胞分裂して新しい細胞を生み出している。新しい細胞は、分化しながら皮膚表面へと押し上げられ、最終的にはあかとなって皮膚から剥がれる。これを45日程度の周期で行う(ターンオーバー)。擦過創など、創傷が皮膚内にとどまるものは、毛器官などの皮膚付属器は残っており、真皮内の繊維芽細胞により速やかに治癒する。今回、マウスを使った研究で、創傷が筋膜にまで及んだ場合、筋膜内の繊維芽細胞がその周りの血管や抹消神経、マクロファージなどを巻き込んで、皮膚の表層へ上昇し、栓のようにして傷をふさぐことが分かった。ヒトでも同様の仕組みがあるのなら、ケロイドなど瘢痕形成疾患の新たな治療法につながるだろう。 Credit: Stocktrek Images/Getty

研究チームは、ヒトの皮膚中の筋膜繊維芽細胞を分析して、ケロイドと呼ばれるヒトで見られるタイプの瘢痕について調べた。ケロイドは、元の創傷よりも大きくなり、非常にかゆみが強く、炎症を起こして、疼痛も伴う7。また、マウス筋膜を特徴付けるタンパク質の多くも、ヒトの筋膜とケロイド性瘢痕で高度に発現していた。この類似性は、ヒトとマウスという2つの種で、創傷治癒と瘢痕形成に同じプロセスが関わっていることを示唆している。だが、マウスにおけるこれらの研究結果が、ヒトの皮膚疾患にも関連する一般的な原理を明らかにしているかどうかは、まだ明確でない。

Correa-Gallegosらの研究結果は、臨床におけるいくつかの未解決の難問に対して満足のいく説明になり得る。既製の栓の中の神経、血管、およびマクロファージはマウスの創傷に引き込まれる。もし同じ現象がヒトでも起こるなら、このことによってケロイドにかゆみや疼痛がある理由を説明できるかもしれない。ケロイド形成は、筋膜が薄い場所(足など)よりも筋膜が厚い場所(胸や背中、ももなど)で起こりやすい。これは筋膜がケロイド形成を引き起こすというモデルと一致する。

皮膚に関するこれらの発見は、肺や肝臓のように筋膜が存在していない器官に影響を与え、他の臨床的に関連する繊維症(細胞外マトリックスの蓄積に関連する疾患)にも光を当てるのだろうか? おそらく、マウスで発見されたメカニズムは、糖尿病患者で見られることのある脚の潰瘍において、その皮膚損傷の原因となるプロセスに関連があるだろう。いずれにせよ、筋膜の生物学的性質の理解における進歩は、皮膚の瘢痕形成性疾患の新しい治療標的を明らかにするであろうことは明確である。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200339

原文

Ready-made cellular plugs heal skin wounds
  • Nature (2019-12-12) | DOI: 10.1038/d41586-019-03602-4
  • Mark C. Coles & Christopher D. Buckley
  • Mark C. Colesは、オックスフォード大学ケネディリウマチ学研究所(英国)に所属、Christopher D. Buckleyは、オックスフォード大学ケネディリウマチ学研究所とバーミンガム大学炎症加齢研究所(英国)に所属。

参考文献

  1. Correa-Gallegos, D. et al. Nature 576, 287–292 (2019).
  2. Rinkevich, Y. et al. Science 17, aaa2151 (2015).
  3. Dunkin, C. S. et al. Plast. Reconstr. Surg. 119, 1722–1732 (2007).
  4. Muzumdar, M. D. et al. Genesis 45, 593–605 (2007).
  5. Driskell, R. R. & Watt, F. M. Trends Cell Biol. 25, 92–99 (2014).
  6. Stecco, C. et al. J. Bodywk Mov. Ther. 22, 354 (2018).
  7. Peng, G. L. & Kerolus, J. L. Facial Plast. Surg. Clin. N. Am. 27, 513–517 (2019).