2023年9月号Volume 20 Number 9
「自然な状態」での計測が神経科学を変える
脳と行動の関係を調べる神経科学ではこれまで、レバーを押すように訓練した動物や特殊な環境に置かれた動物で反応を見るのが標準手法であった。しかし、動物の「自然な活動」を計測することが技術的に可能になった数年前から、この分野が大きく変わりつつある。この手法はこれまで見落とされていた神経活動を捉え、実情に合った治療法や医薬品の開発につながると期待されている。
Free access
リアルワールドエビデンスの今:第1回 RWEの現状と日本の課題
医療ビッグデータを治療や医薬品開発に役立てようとする試みは近年加速するばかりだ。デジタル後進国の日本は諸外国より遅れているが、医療DXの気運が高まる中、一歩ずつ課題を乗り越えようとしている。
Editorial
Research Highlights
リサーチハイライト
「マングローブを大切にすれば炭素を隔離できる」「『永遠の化学物質』に微生物でとどめを刺す」「アルゼンチン沖で仔クジラを襲うカモメ」「木星の雷のリズムは地球の雷のものに似ている」、他。
News in Focus
ラオスで現生人類の移動地図の再考を促す人骨が出土
ラオス北部の洞窟の深部で発見された人骨化石は、初期のホモ・サピエンスとみられることが分かった。現生人類が、想定を超える古い年代に東南アジアを通過していたことが示唆された。
学会発表はやはり論文の引用につながっていた
学術大会の参加者は、自分が聴き逃した講演よりも直接聴いた講演内容の論文を引用する傾向がある。
AIがより高速な「並べ替え」アルゴリズムを発見
ディープマインド社のAIが生成したデータソートアルゴリズムは、人間が作ったアルゴリズムよりも高速にデータをソートできる。
子宮内膜症の原因は細菌の可能性
子宮内膜症に細菌感染が関係しているとすれば、 抗生物質を使った治療が可能になるかもしれない。
脊髄損傷で麻痺した脚に自然な歩行を取り戻させた装置
この男性は、脳と脊髄をつなぐ技術の改良版によって考えるだけで運動を制御できるようになったばかりか、装置なしで歩行する能力も取り戻した。
ヒトの脳の「しわ」は脳の機能を駆動している
脳の表面形状は、神経接続のネットワークよりもニューロンの活動をよく表しているという。 数学的理論に基づく研究から示された。
慢性的なストレスが腸に炎症を引き起こす仕組み
慢性的なストレスにより、脳からのシグナルが腸の神経系に到達すると、免疫細胞を介して炎症性化学物質が放出されることが分かった。
がんの予後を左右するY染色体
膀胱がんや大腸がんは、男性の方が予後が悪い。その理由を説明する、2つの研究が報告された。
子殺しの罪で服役中の女性に「科学の声」がもたらした恩赦
4人の幼い実子を殺害したとして有罪判決を受け、2003年に収監されたフォルビッグ氏だが、新たな科学的証拠によって釈放された。
Features
ウクライナの科学を再建する
ロシアの侵攻は、ウクライナの科学研究体制に大打撃を与えた。その再建は、ウクライナの科学研究体制を現代化するチャンスでもあり、この国の復興にも不可欠かもしれない。
「自然な状態」での計測が神経科学を変える
生物の全ての動作を追跡する技術を手にした科学者たちは、動物や人間の行動について新たな洞察を手にし始めている。
World View
AI検索ツールが研究をゆがめる前に監査を
生成AIは文献検索に恩恵をもたらすことが期待されるが、それが可能になるのは、生成AIの製作者とは独立のグループがそのバイアスと限界を精査してからだ。
News & Views
「樹木の島」が アブラヤシ栽培に利益をもたらす
アブラヤシの栽培は広く定着している。しかし、アブラヤシ単作地の中に在来樹木の「島」を設けると、作物の収量を大きく低下させずに生物多様性と生態系機能を高められることが、5年にわたる研究で指摘された。
リン酸塩の発見が示唆するエンセラダスの化学
土星の氷衛星エンセラダスの地下海にリン酸塩が存在する証拠が得られ、この海の水がアルカリ性であることが裏付けられた。この知見から、エンセラダスの惑星地球化学と起源、そして生命を育む能力に関する手掛かりが得られる。
多彩な有機合成反応に使える高ひずみ分子
ひずんだ分子から解放されるエネルギーは、難しい化学反応を促進することができる。今回、これまで見落とされてきた高ひずみ分子を用いて、複雑な構造の有機化合物を迅速に構築する実用的な方法が開発された。
幻覚剤の行動効果は持続時間がカギ
幼若マウスは、成体よりも社会的経験に満足感を得る。 幻覚剤が、成体で社会的神経回路をさまざまな持続時間にわたって再作動させるという発見は、幻覚剤の治療的効果の基となる機構を示唆している。
プログラム細胞破壊におけるNINJ1タンパク質の役割
NINJ1タンパク質は、特定のタイプの細胞死に伴う細胞膜破裂を引き起こす。今回、NINJ1を調べることで、NINJ1の作用機構の詳細が明らかになり、新たな治療法を開発できる可能性が高まった。
Advances
舌先現象の錯覚
喉元まで出かかっている記憶はただの幻らしい。
Where I Work
Michael Moisseeff
Michael Moisseeffは、 国立トゥールーズ工科大学(フランス)元顧問、 香りの彫刻家。
Advertisement