緩歩動物クマムシの単一個体のゲノムシーケンシング OPEN
2016年8月23日掲載
荒川和晴
―― 今回の研究概要、研究目的と主要な研究成果を教えてください。
荒川氏: 2015年末、米国ノースカロライナ大学(UNC)のグループが、クマムシゲノムの塩基配列を決定し、その結果、驚くことにゲノムの17.5%もの遺伝子が水平伝播によって獲得されたことが分かりました(Boothby TC et al. Proceedings of the National Academy of Sciences 2015)。しかし、この結果は大量のコンタミネーションに由来することを、我々を含む複数のグループが示しました(Bemm F et al. Proceedings of the National Academy of Sciences 2016, Koutsovoulos G et al. Proceedings of the National Academy of Sciences 2016, Delmont TO and Eren AM PeerJ 2016, Arakawa K Proceedings of the National Academy of Sciences 2016)。クマムシは1mmに満たない微小な動物であり、また無菌の飼育系は現在存在しないことから、その解析においてはコンタミネーションの可能性について慎重にならねばなりません。こうした中、我々はクマムシ1匹から得られる超微量(約50pg)のゲノムDNAから塩基配列を決定する手法を開発し、真にクマムシ由来の配列のみを、高い再現性を持って得る事を可能としました。
―― 先生の研究が、ご自身の研究コミュニティー、もしくはより広範にもたらすインパクトについて教えてください。
荒川氏: クマムシは独自の緩歩動物門を形成し、汎節足動物を含む脱皮動物上門の進化分類学上重要な位置を占め、また、可逆的に生命活動を止める乾眠能力や宇宙空間でも生き延びられる極限耐性など大変興味深い生物学的性質を持っています。一方で、飼育できるクマムシはまだ数が限られており、飼育できるものについても上述のようなコンタミネーションの問題があり、大量の匹数を得ることの困難さがクマムシ研究のボトルネックとなっていました。我々が開発した新手法により、UNCのグループの誤った実験データの解釈を正すことはもちろん、今後のクマムシ研究の幅を大きく広げることが可能になったと考えています。具体的には、これまで分子生物学的な解析が困難であった飼育できない海産性などのクマムシの解析や、複数のレプリケートやタイムポイントを必要とするような定量的な時系列解析などが現実的になったと考えています。
―― Scientific Data での出版をお選びいただいた理由はなんでしょうか。
荒川氏: 我々は、1匹のクマムシからの塩基配列決定によるコンタミネーションの検出について報告しました(Arakawa K et al. Proceedings of the National Academy of Sciences)が、誌面のスペースの都合上、データや手法の詳細を議論することができませんでした。Scientific Data は、他誌で出版された成果であっても、データの再利用にあたって重要である場合にはその詳細について記述することが許されており、Proceedings of the National Academy of Sciences では記載できなかった詳細を発表する事ができました。以前、Scientific Data のEditorの方々がこうしたオープンデータ・オープンアクセスの取り組みについて発表されているのをいくつかの学会で拝聴する機会があり、今回Scientific Data での出版を選択いたしました。
―― Scientific Data で出版された後の周りの反響は?
荒川氏: まだ出版からさほど経っていないのでそこまでの反響はないですが、「クマムシの解析をしたいけれどもその量の確保の問題から断念していた」という研究者の方々から、手法の詳細についての問い合わせを数件いただきました。
Scientific Data 掲載論文
緩歩動物クマムシの単一個体のゲノムシーケンシング OPEN
Genome sequencing of a single tardigrade Hypsibius dujardini individual
Scientific Data 3 Article number: 160063 doi: 10.1038/sdata.2016.63
Author Profile
荒川和晴
慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任准教授
2002年9月 | 慶應義塾大学環境情報学部卒業 学士 |
2004年3月 | 慶應義塾大学政策・メディア研究科 修士課程(バイオインフォマティクスプログラム)修了 修士 M.Sci |
2006年3月 | 慶應義塾大学政策・メディア研究科 博士課程修了 博士(政策・メディア)Ph.D |
2004年4月 | 日本学術振興会 特別研究員(DC1) |
2006年4月 | 日本学術振興会 特別研究員(PD) |
2007年4月 | 慶應義塾大学政策・メディア研究科 特別研究助教 |
2009年4月 | 慶應義塾大学政策・メディア研究科 特任講師 |
2014年4月 | 慶應義塾大学政策・メディア研究科 特任准教授 |
共著者:
吉田祐貴 慶應義塾大学先端生命科学研究所
冨田勝 慶應義塾大学先端生命科学研究所