A-DIGIT/DIGITALVISION VECTORS/GETTY
疲弊する指導者と遠慮する若手研究者
ネイチャー・ポートフォリオが、日本の研究者と学生に対し、学術論文の執筆やその指導に関するアンケートを行った。その結果、メンターや先輩を頼りたくても頼れない現代の若手研究者の姿が浮かび上がってきた。
論文の執筆には、誰もが苦労している。英語で書くのはもちろんのこと、研究内容を論文として、独自性を示しながらまとめ上げなくてはならないからだ。では、それに対して若手研究者や学生は、大学でどのような指導を受けているのだろう。実態を知るため、ネイチャー・ポートフォリオは2019年秋、日本の大学に所属する研究者や教職員、学生を対象に、学術論文の執筆に関するアンケートを行った。
アンケートの回答者は1255名。ここでは、原著論文執筆の可能性がある人、あるいは、その指導的立場にある人の回答に着目した。すると見えてきたのは、指導的立場の人が研究以外のことに追われて疲弊しており、指導に十分な時間を割くのが困難ということだった。
なお、本稿の「若手」とは、学生とポスドクを合わせたくくりで、内訳は学部学生4%、大学院生46%、ポスドク50%。また「指導者層」(以下、メンター)は、教授、准教授、助教、講師の中で、論文指導を行うと答えた人を指している。
助けて、メンター!
若手が論文執筆の際に頼りにするのは、やはり、メンターや先輩だ。今回のアンケートで、論文執筆で困ったときにどんな対処法をとるかという質問に対して、選択肢「指導教員や先輩などにアドバイスを求める」を選んだ若手は92%に上った。
大多数がメンターに指導を仰ぐわけだが、アンケートでは、そのメリットとデメリットについても若手に尋ねている。メリットについては、「アドバイスを得やすい」「(相談者の)研究内容に対する理解が深い」「指導者と話すきっかけとなり、考えを学ぶことができる」などの選択肢に、それぞれ84%、79%、62%の回答が集まった。
一方、デメリットとして最も多くの人が同意した選択肢は、「どのレベルの協力が得られるかは指導する人による」(71%)と、「指導者が忙しそうにしているとサポートをお願いすることに躊躇がある」(71%)であった。指導者層が忙しさの中で時間を捻出し、指導に当たってくれると思うと、催促はおろか、返却の見通しを尋ねることもはばかられるだろう。身近でアクセスしやすいはずの指導教員や先輩を頼ることが実は難しい場合もある、という状況が見えてくる。
ではメンターは、若手の指導についてどのように考えているのだろう。「学生の論文(下書き)を読み、チェックすることは、教授の最も大事な仕事の1つである」と、東京大学副学長・医学部教授の宮園浩平(みやぞのこうへい)氏は言う。
たとえ全部を読むことができなくても、読んだところまでのレスポンスを、日を置かずに学生に伝えるようにしているという宮園教授は、「レスポンスは『学生のことをきちんと気にかけている』というメッセージにもなると思う」と話す。また、論文執筆・校閲には、まとまった時間を確保する必要もある。別のメンターは取材に対し、論文執筆に集中できる時間を2〜3日確保するために、事務作業や雑用などは置かずに早急に処理するようにし、論文を執筆している間はメールも見ないようにしていると話してくれた。
やり方はいろいろでも、若手を指導する時間を作るためにメンターも努力を重ねているのだ。それというのも、若手であるか否かを問わず、研究の成果を論文にまとめて発表しなければ、研究していることにならないからだ。
メンターを疲弊させる運営交付金の減少
指導をする側も受ける側も、研究論文を発表することは極めて重要と考えている(図1)のに、指導するメンターの時間は奪われている。その原因が、「論文執筆・出版にまつわる悩み」や「大学の研究力向上に必要な支援」について尋ねた自由記入形式の質問の回答に見つかった。
509人のメンターからの回答では、研究のための資金に関するコメントが一番多く、次いで時間に関することだった。回答者の3割程度が、何らかの形でこれらについて触れていたのである。
特に目立ったのは、「研究時間の確保」「雑務や事務作業の軽減」に関する支援策を求める声が多かったことだ。膨大な雑務・事務作業により、本来の職務活動の中心たるべき研究・執筆時間が削り捨てられている状況が伝わってくる。若手が「指導者が忙しそうにしているとサポートをお願いすることに躊躇がある」と回答していたが、それが指導者側の回答からも裏付けられた形だ。大学教員1人当たりの研究活動時間(研究・論文執筆等と、博士課程学生の指導)が減少していることについては、文部科学省の調査でもすでに指摘されている。割合で見ると、2002年の46.5%から2018年の32.9%に減少しているという1(図2)。その理由として、大学運営業務や学内事務手続きなどの負担増に加えて、競争的資金獲得についての業務負担が挙げられている。
大学への運営費交付金は、独立行政法人制度の導入(2004年)以降、段階的に減額されており2(図3)、研究者は、外部資金を競争的に獲得しなければ研究を続けられない。基礎生物学研究所所長の阿形清和(あがたきよかず)博士は、「研究費のほぼ全てを競争的に獲得しなければならないので、そのための研究計画書や中間報告書などの作成に充てる時間や競争のプレッシャーを負担に感じる教員は多い」と話す。また、応募する申請書の数は大学の評価にもつながっている。それをも受けているとみられるのだが、科学研究費の全応募件数は、1990年と2018年の比較で、1.89倍に増加している3(図4)。競争的資金獲得業務の負担が、研究パフォーマンスを圧迫している可能性があるのだ。このことはまた、別な角度からもすでに指摘されており、2016年までの10年間で「挑戦的」や「探求的」な研究は減少したことが、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査4で明らかになっている(図5)。
1人の指導に年間10時間
このように、研究時間の減少に悩む指導者層だが、実際に指導にはどれくらいの時間を充てているのだろう。今回のアンケートでは、若手に対する論文執筆指導時間をメンターに尋ねているが、その回答の平均は、1年間に13.59人指導するが、1人当たり10.59時間にすぎない。若手からみれば、メンターに頼るばかりでなく、自分自身の手で論文の完成度を上げていく必要があるわけだ。
そのとき、若手にとって最初の関門は、英語での執筆だろう。英語で論文を書くことに自信がありますか、という質問に、「英文で論文執筆したことがある」と回答した若手研究者79%のうち、「問題ない」と回答したのは5%。大多数が校正もしくはそれ以上のサポートを必要としていた。
「教授に原稿の添削をお願いしたところ、自分の書いた英文はほとんど残されませんでした」とは、回答したある大学院生の話。論文指導に定評のある宮園教授も、「私の書いた英文の残余率は最初20%くらいでした」と、ポスドク時代を振り返る。宮園教授は、ある程度の自信が得られるまでに10年ほどかかったという。そのためには、完成した論文のフレーズを、暗唱できるほど覚えて身につけたそうだ。
一朝一夕では身につかない英語力。若手にとって学習の助けとなっているのは、書籍やオンラインコンテンツのようだ。論文執筆で困ったときの対処法を尋ねた前述の質問において、「書籍やオンラインコンテンツなどを活用する」という選択肢を選んだ若手が68%いた。例えば、PubMedで使われている英語を検索し、どのような単語が、どのような文章中で頻出するかを一覧にして示す公共のオンラインサービス「inMeXes」や「ライフサイエンス辞書」のコーパスなどがある。
「こうした単語検索には労力がかかるが、英語力は身に付くはず」と、「ライフサイエンス辞書」の開発・維持に携わる、広島大学ライティングセンター特任教授の河本健(かわもとたけし)氏は語る。
河本教授はまた、英語の参考文献を読むときに、Results(結果)だけを拾い読みするのではなく、Introduction(序論)からしっかり読むとよいとアドバイスする。特に、「どのように書くか、ということを意識しながら読むのと、そうではないのとでは、執筆力のトレーニング効果が全く異なる」と言う。これに同意するのは、東北大学大学院生命科学研究科の渡辺正夫(わたなべまさお)教授だ。良い論文を読んで、その論文の表現や論理展開をまねて自分のものにしていくことが最良の学習法だという。これは、剽窃(ひょうせつ)とは別物である。
論文の要は「ストーリー」
アンケート結果からも分かるように、英語の壁は確かに高い。だが、英語は伝える手段にすぎない。「学生は『英語で書く』というところに意識が向きすぎていて、書こうと思う内容が論理立っているかどうかについて、おろそかになりがち」と指摘するのは、大阪大学の丸山美帆子(まるやまみほこ)特別研究員だ。丸山氏は、自身が所属する研究室で若手の論文指導を担当している。
この指摘を裏付ける回答が、今回のアンケート結果にも見られた。論文の執筆・発表において、「若手研究者が知らないと思うこと」をメンターに尋ねたところ(選択回答形式、複数可)、「論文の各セクションの構成と役割」を選んだ人は32%だったが、若手に知らないこと・知りたいことについて尋ねると、この選択肢を選んだ若手は12%にとどまり、両者の認識の差が最も顕著に表れた。論文構成について、若手とメンターとでは理解の深度に違いがある可能性がある。ちなみに、最多となった選択肢は「サイエンス・ライティングの書き方」で、44% だった(若手も42%がこの回答を選んでいる)。
インパクトのある論文を書くには、言語を問わず、まず、そのストーリー構成が重要なのだ。そのためには、各セクションの役割を自身に叩き込む必要がある。
その学習方法として、ラボミーティングで研究内容などを発表する際に、プレゼン内容を論文形式に沿って構成するというやり方を取り入れている研究室もあるという。これによって、学生時代の早い時期から、各セクションの役割が自然と身に付くことになり、例えば、ある内容をResults(結果)とDiscussion(考察)のどちらで言うべきかといった高度な判断も可能になるのだという。
研究成果を世界に届けるために
メンター自身も雑務に追われてばかりではなく、自分自身の中で優先順位をつけて対応することで、若手の指導時間を生み出そうと努力していることは、前述した通りだ。大学側も、メンターが雑務に追われて研究活動に集中できないことを認識している。近年では、研究者を支援して、研究活動を進めやすくするための「リサーチ・アドミニストレーター(URA)」の導入も進められている。また文科省は、研究者の書類作成を効率化させるために、国立情報学研究所と科学技術振興機構(JST)とで開発・運営を行っているResearch Mapや、ORCIDという世界的データベースを活⽤することも検討している。
平成30年度版科学技術白書5によれば、研究時間割合から換算された研究者数と、アウトプットとなる論文数には正の相関があるという。「インプットとしての研究時間割合を増加させることは、論文の生産性向上につながることも期待され、実態を把握することは重要」と記されていることから、研究者を取り巻く環境は整備されていくことだろう。
若手にも工夫の余地がありそうだ、とはあるメンターの言葉である。自分自身の正式なメンターだけに頼ろうとすると、時間が取れなかったり、タイミングが合わなかったりする。しかし、周囲の研究者を皆メンターと考えれば、教えを請うチャンスは大きく広がる。研究室間の壁は高いかもしれないが(また、研究内容の秘匿性の問題もあるだろうが)、研究成果を世界に問うには、その積極的な態度も必要と思われるのだ。
(サイエンスライター/藤川良子)
参考文献
- 「平成30年度大学等におけるフルタイム換算データに関する調査(概要)」3ページ(文部科学省)
- 「平成30年版科学技術白書 第1章課題2」118ページ(文部科学省)
- 「科学研究費の応募・採択件数の推移」(日本学術振興会)
- 「科学技術の状況に係る総合的意識調査報告書(概要)」11ページ(NISTEP定点調査2015)
- 「平成30年版科学技術白書 第1章課題2」99ページ(文部科学省)
関連サービス
ネイチャー・ポートフォリオでは、著者の皆さまを支援する各種サービスをご提供しています。