神経芽腫
中川原 章氏
掲載
神経芽腫は小児期に最もよく見られる頭蓋外固形腫瘍であり、臨床像は多様で、腫瘍の生物学にしたがった経過をたどる。この神経内分泌腫瘍の特異な性質として、若年期に発症すること、診断時で既に転移していることが多いこと、および乳児では腫瘍が自然寛解する傾向があることが知られている。… 続き
―― 今回のPrimer「Neuroblastoma(神経芽腫)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
「神経芽腫のPrecision Medicineをリードするはじめての総説」と言っても過言ではない点だと思います。神経芽腫研究の世界的な権威が共同で執筆し、発がんの機構から分子生物学、疫学、診断、そして治療までの最新情報を網羅しています。神経芽腫の臨床に携わる若い医師や研究者にとっては、座右に置く総説だと自負しています。
―― どのような新たな知見や研究成果が紹介されているのでしょうか?
近年、急速に発展したゲノム解析や次世代シーケンスを用いた研究により見出された新たな診断手法などについて紹介しています。たとえば、ゲノムや遺伝子異常のパターンから神経芽腫のリスクを分類し、治療方針を決めるといったものです。神経芽腫の臨床病態には謎が多く、臨床において、治療方針を決めることが難しいことがよくありますが、本総説には最新の情報が盛り込まれており、まさにPrecision Medicineへ向かうための総説になっていると思います。
―― 診断、治療、予防等にどのように生かせるとお考えでしょうか?
従来の病理学的診断に加え、新たに、遺伝子・ゲノム異常、および新しいリスク分類等も紹介されています。また、神経芽腫の新しい診断、治療、予防の根拠となる原理や原則が分かりやすく説明されています。適切に選ばれた豊富な引用文献も網羅しており、いずれも臨床において、また若い臨床医や研究者にとって今すぐに役立つ内容になっています。
―― 臨床医にとってのメリットとは? ご自身の経験を交えてお話しください。
たとえば、ある若い小児科医が次のような症例を経験し、本総説が多いに役に立ちました。
「2歳3か月の男児。微熱と腹部膨満、食欲不振で外来受診。この1か月で急速に腹部が大きくなってきたという。外来で超音波診断したところ、後腹膜に巨大な腫瘍が見つかった」。
まず、神経芽腫、腎芽腫、軟部腫瘍などを鑑別すべき診断としてあげ、血液・尿検査を行ったところ、バニリルマンデル酸(VMA)、ホモバニリン酸(HVA)、フェリチンが上昇していました。骨髄穿刺では、骨髄転移が陽性。CT及びMRI検査では、一部腎動脈と下大静脈を巻き込んだ神経芽腫と診断されました。また、シンチグラフィー(mIBG)とスペクト(SPECT)検査を行ったところ、遠隔部位リンパ節と大腿骨に転移がみられました。さらに、これらの画像診断に基づく基準(Image Defined Risk Factor(IDRF)基準)では手術不適応と判断され、腫瘍の針生検による遺伝子診断により、MYCNがん遺伝子の増幅とALK遺伝子変異がないとわかりました。
すぐに大量化学療法をはじめ、集学的治療法が用いられました。術前大量化学療法、自家骨髄移植、手術、術後化学療法、放射線治療を組み合わせたプロトコールです。免疫療法(抗GD2抗体療法)、レチノイン酸投与も考慮されています。生検および手術摘出検体の病理診断(INPC)は、神経芽腫低分化型(poorly differentiated type)と判定されました。
―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?
遺伝子変異をみとめる神経芽腫も同定されていますが、その頻度は低く、他にも原因遺伝子があるのかどうかなど、未解明のままになっています。神経芽腫の特徴として、「早い年齢での発症(1〜3歳がピーク)」、「診断時にすでに転移があり進行している頻度が高い」、「1歳未満の乳児期に発症したものでは転移していても自然に治ることがある」といったことがあげられますが、なぜこのような病態を示すのかについても謎が残されています。
―― 日々の 臨床やご研究において、どのような工夫をされていますか? また、どのようなご苦労がございますか?
現在は、病院を経営する法人の責任者となっていますので、実際の研究には携わることができませんが、私の研究室から巣立った内外の若い研究者たちが、小児がんの臨床や基礎研究で頑張ってくれています。今でも彼らと連絡をとり、一部で共同研究もしています。このように、病院経営の中にあってもリサーチマインドを失わないように心がけています。
一般病院であっても、日常の診療だけに終わってはいけません。患者さんに最良の医療を提供するためには、医療者の心は科学的でなければなりません。私が理事長を務める「好生館」は、天保5年に創設され182年の歴史をもつ日本で最も古い病院です。その設立の理念は、「学問なくして名医になるは覚束なき儀なり」です。実は私も鍋島藩士の末裔ですので、好生館を創設された鍋島直正公の意志を継ぎ、病院経営の中に学問を生かすシステムを構築していきたいと思っています。そこには、小児がんの臨床と研究を両立させる体制作りも入っています。私自身は、小児がんをテーマとした自らのライフワークを纏め、静かに完成させたいと思っています。
―― 神経芽腫領域や若手臨床医に対しての思いをお伺いできますか?
日本の小児がん医療は、がん対策基本計画の中で重点課題として取り上げられ、私たちが小児がん研究を目指した40年前よりも格段に素晴らしい体制ができています。とはいえ、欧米にくらべると、小児がんの基礎的研究体制はまだ乏しいといえます。小児がん医療を目指す若手臨床医は、世界の先進国を見、一方で途上国において小児がんに苦しむ子どもたちや家族の現実をも見、そのうえで、日本にいる自分たちが何をしなければならないかを考えることが大切です。
若いみなさんには、世界規模の視野をもって、小児がんの臨床と研究を大胆に展開していただきたいと思います。日本において小児がん患者は年間約2500人ですが、世界全体では年間約30万人が発生しており、決して希少ながんではありません。しかも、先進国では約80%が治癒するのに、途上国ではまだ10〜30%しか助かっていません。このような不平等は、若いみなさんの時代に解決しなければなりません。「グローバルセンスをもった小児がん臨床医・研究者」を目指して頑張ってください。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
神経芽腫
Nature Reviews Disease Primers 2 Article number: 16078 (2016) doi:10.1038/nrdp.2016.78
Author Profile
中川原 章
医学部の臨床講義で、転移していても自然に治る神経芽腫の乳児症例を知り、この謎解きを自らのライフワークとした。まず一般外科・小児外科医として14年間臨床経験を積み、稀ながら実際に自然治癒する患児を経験。その後渡米し、小児がんのゲノム・遺伝子研究を行う。自然治癒の鍵を握る遺伝子TrkAを発見。New England Journal of Medicineに掲載され、感激で身が震える経験をした。その後帰国し、さらに詳細な自然治癒の分子機構解明の研究を続けた。現在はライフワークの纏めを始めている。
1972年5月 | 九州大学医学部卒業 第二外科入局 |
1980年5月 | 米国ロックフェラー大学留学 |
1981年9月 | 九州大学医学部小児外科(助手>講師>助教授) |
1990年9月 | 米国ワシントン大学小児血液腫瘍科 |
1993年9月 | 米国ペンシルバニア大学・フィラデルフィア小児病院 |
1995年8月 | 千葉県がんセンター研究所(部長>所長) |
2009年4月 | 千葉県がんセンター長 |
2014年4月 | 佐賀県医療センター好生館・理事長 |
2014年7月 | 佐賀県医療顧問 |
2015年6月 | 佐賀国際重粒子線がん治療財団・理事長 |