血栓性血小板減少性紫斑病
宮田 敏行氏
掲載
血栓性血小板減少性紫斑病(TTP、別名:Moschcowitz病)は、しばしば、重篤な血小板減少症や微小血管障害性溶血性貧血をはじめ、さまざまなレベルの虚血性臓器障害、とりわけ、脳、心臓、腎臓の障害が同時併発する特徴を有している。急性TTPは、患者のほとんどが死に至る疾患であったが、血漿療法が導入されてからは生存率が10%未満から80~90%にまで改善された。… 続き
―― 今回のPrimer「血栓性血小板減少性紫斑病(Thrombotic thrombocytopenic purpura)」について、インパクトはどこにあるとお考えでしょうか?
血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)は、血小板減少と血管障害性溶血性貧血の2大症状に加え、脳、心臓、腎臓に虚血性の障害を伴う疾患で、かつては死に至る疾患でした。その後、血漿治療が行われるようになり、生存率は80〜90%まで劇的に改善されました。TTPはADAMTS13という血中酵素の著明な活性低下でおき、上記の臨床所見に加えてADAMTS13活性が10%未満だと確定診断されます。先天性TTPは、ADAMTS13遺伝子の変異(ホモ接合体もしくは複合ヘテロ接合体)によるものです。後天性TTPは、ADAMTS13の自己抗体による自己免疫疾患です。この15年の大きな成果としては、TTPがADAMTS13活性の著減例だと確定したことと、TTPの新しい治療法が導入されたこと、現在さらに良い治療法の検討が進められていることがあげられます。
―― どのような新たな知見や研究成果が紹介されているのでしょうか?
ADAMTS13の基礎研究成果、TTPの診断法および治療法の進展、今後の研究の方向性などについて紹介しています。TTPでは、ADAMTS13活性の著減によりきわめて強い血小板凝集能をもつ「超高分子量von Willebrand因子(VWF)マルチマー」が血中を循環するため、微小血管内に血小板血栓ができます。これが発症機構の本態です。本総説では、結晶構造や電子顕微鏡による解析で明らかになったVWFやADAMTS13の立体構造を示し、発症機構について解説しています。また、フローチャートを使って、臨床的にTTP様の症状を示すものの異なるメカニズムで発症する他の血栓性微小血管症(TMA)、たとえば2次性TMAや溶血性尿毒症症候群(HUS)などを鑑別診断する流れを示しています。さらに、確立した治療法に加えて、現在検討されている治療法も紹介しています。
―― TTPおける基礎研究発展の意義とは?
これまでのTTPやADAMTS13の研究には、日本の研究グループの貢献が大変大きいと自負しています。奈良県立医科大学輸血部によるTMA患者登録研究に端を発し、化学及血清療法研究所(化血研)によるADAMTS13遺伝子 のcDNAクローニング、患者登録研究に基づく先天性TTP患者の遺伝子解析、国立循環器病研究センターによるADAMTS13低分子合成基質の開発、ノックアウトマウスの作製と解析、立体構造の決定、先天性TTP患者数の推定など実に多岐に渡ります。これらの知見は、TTPの病因病態解明にとどまらず、TMAの診断法への貢献、脳梗塞や心筋梗塞への応用の可能性、自己抗体産生機構の解明といった波及効果ももたらしました。つまり、TTPとADAMTS13の研究は、臨床で提起された問題を基礎研究により応えるという良い事例になったといえます。
―― 残された謎、解明すべき病態等はございますか?
臨床面では、まだ残された多くの課題があります。後天性TTPにおいては、「なぜ健康だったのに、突然、自己抗体が出現するのか」、「なぜ短期間で消失することがあるのか」、「なぜ血漿交換で自己抗体が急上昇する(ADAMTS13 inhibitor boosting)症例があるのか」といったことが未解明です。また、先天性TTPでは、「常にADAMTS13活性が低下しているにもかかわらず、なぜTTP発作が起きない症例があるのか」といったことがわかっていません。
―― 日々の ご研究ではどのような工夫をされていますか?
「トップダウン的な研究」と「ボトムアップで進める研究」が、それぞれの特徴を生かし、相補いながら、アウトプットまでもって行くことが大切だと考えています。また、私が所属する国立循環器病研究センターは大学院制度がないため、研究を続けるには外部から熱意のある研究者に来ていただくのが望ましいと考えつつ研究を進めています。
―― MDの方々との連携において、どのようなことを心がけていますか?
診療科の臨床医は以前にも増して多忙になり、基礎研究に触れる機会が少なくなっているように思います。海外の雑誌などでも「米国でも研究を志向する医師の育成が難しくなってきた」という記事を見ることが増えました。現代医学は、診断法や治療法の発展により、医師として身につけるべき手技や知識が格段に増えているのでしょう。一方で、臨床医は「現状のままでは、疾患の治療には不十分だ」ということもよくご存じだと思います。このような状況を理解した上で、研究成果が臨床の疑問に応えられることをめざし、十分に議論しながら研究を進め、成功事例を作っていくことが重要だと考えています。
―― TTP領域に関与する若手研究者に一言アドバイスをお願いいたします。
昔にくらべて若手研究者(PhD)の環境が大きく変化し、学位取得後にポスドクを重ねてもなかなかアカデミックのポストに付けないという負の側面が語られがちです。しかし、質の高い研究を評価する点は今も昔も変わっていないと思います(そう、信じたいです)。疾患の発症機構に迫る研究や生体の恒常性維持機構に関する研究など、ヒト疾患に関わる研究に積極的に参加してくだされば嬉しいです。
聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。
Nature Reviews Disease Primers 掲載論文
血栓性血小板減少性紫斑病
Thrombotic thrombocytopenic purpura
Nature Reviews Disease Primers 3 Article number: 17020 (2017) doi:10.1038/nrdp.2017.20
Author Profile
宮田 敏行
大学院時代から現在に至るまで、主に血液凝固に関与する研究を行ってきた。2001年より、TTPとADAMTS13の研究も開始。その他、日本人の静脈血栓塞栓症の遺伝的背景の研究、非典型溶血性尿毒症症候群の遺伝的背景の研究、血小板凝集メカニズムに関する研究、アスピリンによる血栓症の2次予防に関する研究などを、生化学・細胞生物学・分子生物学・構造化学・臨床疫学・ゲノム科学などの手法を使って進めてきた。
1983年 | 九州大学大学院理学研究科 生物学専攻 博士後期課程終了 |
1984年 | 理学博士(九州大学) |
1986年 | 九州大学理学部生物学科 助手 |
1991年 | 国立循環器病センター研究所 脈管生理部血栓研究室 室長 |
2001年 | 国立循環器病センター研究所 病因部 部長 |
2010年 | 独立行政法人 国立循環器病研究センター研究所 分子病態部 部長 |
2013年 | 独立行政法人 国立循環器病研究センター研究所 病態医化学部門長 |
2015年 | 国立研究開発法人 国立循環器病研究センター 脳血管内科 シニア研究員 |