もう1つの脅威を無視してはならない
米国の政策立案者は、ヨーロッパの例にならって畜産業部門での抗菌薬の乱用を抑えるべきだと、デビッド・ワリンガは述べる。
米国は莫大なリソースを持っているにもかかわらず、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を封じ込める同国の試みは、悲惨なほどうまくいっていない。また米国は、より動きの遅い健康危機に関しても手を焼いている。薬剤耐性菌の世界的な拡散だ。科学者たちは、耐性の重要な原因の1つである抗菌薬の過剰使用を制限する必要があるという点で一致している。しかしこれまでのところ、米国当局の対応は極めて悪く、特に畜産業における抗菌薬の過剰使用の規制の対応が不十分である。
米国では、ヒトの医療で重要とされる全ての抗生物質(テトラサイクリン系やペニシリン系など)の65%が、家畜用に販売されている。そのほとんどが、動物が全く病気にかかっていない場合でも、その集団全体に投与されている。ヨーロッパ諸国ですでに実証されているように、こうした慣習は危険かつ不必要である。デンマークは1995年に、健康な動物に対する予防目的での抗菌薬の使用を段階的に廃止し、1998年には動物の成長促進用途での抗菌薬使用を中止させた。2000年までに、デンマークの畜産業における抗菌薬の使用は、6年前のわずか40%に減少した。欧州連合(EU)は、2006年に全ての成長促進目的の抗菌薬を禁止して、2022年には病気の予防目的の抗菌薬の使用も禁止されることになっている。しかし、米国政府が薬剤耐性と闘うために2015年に発表した行動計画では、畜産業の役割への関心があまりにも低過ぎた。米国食品医薬品局(FDA)は、2017年に成長促進目的の抗菌薬使用を禁止したが、今でも同じ抗菌薬の多くを、動物集団全体の病気予防のためには合法的に使うことができる。
ヨーロッパの戦略は、家畜における不要な抗菌薬の使用を減らすために、米国政策立案者が従うべき有効かつ十分に裏付けのあるロードマップとなる。そして、すぐさま採用すべき3つの重要な介入がある。
抗生物質の使用を減らすための野心的な目標を定めよ
ヨーロッパから得られる重要な教訓の1つは、家畜における抗菌薬使用を減らすための公的な目標を設定することだ。オランダは、2009〜2012年に、20%、50%、そして70%という連続削減目標を設定し、2019年に最後の目標を達成した。デンマークは、家畜への抗菌薬使用量が一度減少した後に再び増加し始めたとき、より具体的な目標を設定した。養豚部門での抗菌薬の使用量を2009年~2013年に10%、そして2018年までにさらに15%減少させるというものだ。2018年末までに、目標を達成できなかったデンマークの養豚場は1%に満たなかった。
欧州委員会の保健・食品安全総局の2018年と2019年の報告書では、一部の国が食料生産動物への抗菌薬使用量の大幅な削減を迅速に達成するためには、野心的な目標が不可欠であっただろうと強調されている。対照的に、米国の行動計画では、家畜部門における抗菌薬の使用量を減少させるための国家的な目標やスケジュールは設定されていない。
病気予防目的の抗菌薬使用を中止せよ
オランダの家畜部門では、2006年に成長促進目的の抗菌薬の使用が禁止された後も、他の用途で非常に多くの抗菌薬が使われ続けていた。病気予防目的の抗菌薬使用の中止など、いくつかの他の政策の変更が実行されてようやく、家畜への抗菌薬の使用量が4年間で50%減少した。
米国では、FDAが2017年に家畜の成長促進目的の抗菌薬使用を禁止するまで、多くの抗菌薬が家畜の飼料に添加されていたが、病気予防目的の抗菌薬の添加は、その後もずっと合法である。この抜け穴は、家畜用抗菌薬の総売上額が2009年のレベルから21%しか減少していない理由の1つだ。米国で販売される家畜用抗菌薬の81%はブタとウシの畜産業で使用されており、米国でのブタとウシの畜産業では、デンマークやオランダの同産業よりも3~6倍もの抗菌薬が使われている。
畜産場での抗菌薬使用を追跡せよ
EUは、家畜生産における抗菌薬使用の削減戦略を周知するために、抗菌薬の使用傾向と耐性に関する傾向を測定して、報告書を作成している。2009年以来、欧州医薬品庁(EMA)は、透明性の高い詳細な報告書を発表し、各国に説明責任を促している。EU加盟国の約半数が、畜産農場レベルのデータをEMAに提供しているか、近いうちに提供する予定である。データを畜産農場レベルで収集することは、どの用途の使用が回避可能なのか、どの畜産業者や獣医師が使用を抑えるのに成功しているかを突き止めるために重要である。また、データは、抗菌薬の過剰使用とそれによる耐性の発生を抑止するために設定された、国レベルの削減目標を達成するためにも不可欠である。
米国の政策立案者は、畜産農場レベルでの抗菌薬の使用と耐性に関する必須データを収集するための国家的なシステムを構築するよう何度も求められてきた。だが、そのようなシステムは構築されていないどころか、計画すらない。
新しい、あるいは新興のヒト感染症の4分の3は、野生動物か家畜に由来する。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2がその一例だ。現在のパンデミックの世界において、ヒト用の抗菌薬が畜産農場でなぜ使用されているのか、そしてどれくらい使用されているのかについて、隠蔽されていることを容認し、促してさえいる国は、国民を守ることができない、あるいは守りたいと考えていないように思える。
薬剤耐性と闘うための米国の現在の5年計画は、2020年に終了する。計画が更新されるのか、されるとしたらそれはいつなのかは明らかではない。行動計画が改善されるかどうかはさらに不明瞭だ。生命を脅かす感染症を治療するための抗菌薬の世界的な供給量が減少し続けている今、それを守るためには、行動が必要だ。世界の主要な抗菌薬消費国の1つである米国は、ヨーロッパの例に倣って、緊急の課題として、家畜生産におけるこうした貴重な薬の過剰使用をすぐさま削減しなければならない。
デビッド・ワリンガは、天然資源保護協議会(米国ミネソタ州セントポール)の上席保健衛生官。
原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02891-4 | Don’t ignore another disease threat
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