畜産業における抗生物質使用の慣習を止めさせるための中国の取り組み
畜産農場での抗菌薬耐性と病気が集団発生が懸念されており、畜産農場は抗菌薬の使用量を減らして衛生管理を改善するよう迫られている。
2019年8月、中国政府は前例のない発表を行った。政府管轄の農業農村部が、国内の畜産農場が使用している抗菌薬の量に関する公式の数字を、獣医学問題に関する月報の裏表紙にこっそりと載せたのだ。この情報が公表されたのは初めてのことだった。
中国科学院の研究者による以前のアセスメントでは、2013年に中国では、世界の抗菌薬使用量の半分近くにあたる16万2000トンが消費され、その52%が家畜に投与されたものと推計されていた1。抗菌薬のそうした広範な使用は、懸念材料となる。
病院由来であれ畜産農場由来であれ、抗菌薬耐性を獲得した細菌などの微生物は、最終的に人体に侵入し、一般的な感染症治療が効かなくなる可能性がある。
中国が世界有数の抗菌薬耐性ホットスポットになる一因となったのは、農業部門における抗菌薬の過剰使用である。中国は、多剤耐性結核の患者数が世界第2位と推定されている。浙江大学(杭州)の教授で感染症を専門とする肖永紅(シャオ・ヨンホン)は、抗菌薬耐性が中国の公衆衛生に及ぼす影響はよく分かっていないとしながらも、「中国の抗菌薬耐性の現状は、かなり深刻です」と話す。
一方で、昨年の政府報告書では良いニュースが発表されている。中国の農業部門による抗菌薬の1年当たりの消費量は、2014〜2018年に57%減少し、3万トンを割り込んだのだ。報告書では、畜産物1トンに対する抗菌薬の使用量が一部のヨーロッパ諸国と同程度になったとされている。中国は抗菌薬の管理に関して世界の主要各国に肩を並べようとしているようだ。世界の抗生物質消費量を追跡しているチューリヒ工科大学(スイス)の疫学者トーマス・ヴァン・ベッケルによれば、その数字は前例のない減少だという。これまでで最も成功を収めていた国はオランダで、2007~2012年の5年間で使用量を56%削減したが、中国は、これを4年で達成したのだ。
畜産業者による抗菌薬使用量が減少したのは、数年来の規制強化の結果であるとともに、コストのかかる家畜の病気の集団発生に対して新しい感染制御法がとられたためでもある。しかし、中国はまだ目標を達成したとはいえない。ヴァン・ベッケルによれば、欧州連合(EU)の報告書とは異なり、中国の報告書には詳細な記述や方法論の説明がないのだという。そして、このように大幅に減少したとはいえ、中国の畜産業の規模はそれ単体で極めて大きく、中国の家畜への抗菌薬総使用量は、世界第2位の消費国であるブラジルの数倍である。
中国は抗菌薬使用量を削減させてきたが、ゲント大学(ベルギー)の獣医疫学者イェルーン・デュウルフは、「中国のこの成り行きは、この先10年にわたって記録されることになるでしょう」と話す。
変化への引き金
中国農業大学動物医学院(北京)の教授で、微生物学が専門の汪洋(ワン・ヤン)によれば、2015年の画期的な発見が、抗菌薬使用量の削減のカギを握っているという2。
汪と共同研究者たちは、家畜に見られる細菌の定常モニタリング計画の中で、抗菌薬コリスチンに対する耐性の報告例が増加しているに気付いた。コリスチンは、病気の予防と治療、そして成長の促進を目的として畜産業者が使用している。
ヒトの治療にコリスチンが使用され始めたのは1950年代のことである。コリスチンは、肺炎などの重篤な感染症を引き起こすことのあるグラム陰性細菌に有効なことが明らかになった最初の抗菌薬の1つである。しかし、コリスチンは神経系や腎臓に対して副作用があったため、1970年代には他の抗菌薬が使用されるようになった。
汪によれば、中国の畜産業者は、1980年代にコリスチンを使用し始め、その後すぐに普及したという。2015年には、中国国内の畜産業用途に2736トンのコリスチンが製造された。
細菌は染色体の変異によって、コリスチンへの耐性を容易に獲得することが知られていたが、その機序は不完全であって他の細菌に伝達されるものでないとも考えられていた。「観察された耐性のレベルは、常に非常に低いものでした」と汪は言う。耐性菌が増加しているという報告は、新しい耐性機構の存在を示唆していた。
2012年に、汪と共同研究者たちは、家畜における薬剤耐性の発生、拡散、制御を研究する3600万元(500万米ドル)規模のプロジェクトに乗り出した。このプロジェクトでは、コリスチン耐性の追跡が優先課題とされた。畜産業者によると、汪たちが試料を採取した上海近郊の畜産農場ではコリスチンを下痢の治療に使っていたが、通常の2倍量を投与しても効かなくなっていたという。
この研究チームは当初、主に汪が所属する中国農業大学と華南農業大学(広州)の研究者で構成されていたが、後に英国の科学者が加わった。研究チームは最終的に、mcr-1という遺伝子を発見した。この遺伝子は、細菌に対してより強力な耐性を付与するだけでなく、プラスミド(細菌間で容易にやりとりされる環状のDNA鎖)によって伝達されることから、別の抗菌剤に対する耐性をすでに保持している細菌に広がる可能性があると考えられた。
汪たちの研究チームがこの発見を報告すると、世界中に警鐘が鳴り響いた。コリスチンは副作用があるものの、抗菌薬の大多数が耐性によって有効性を失っていたため、医療現場での使用が10年以上前から再開されていたのだ。さらなる研究の結果、mcr-1は、すでに世界中に広がっていることが明らかになった3。
中国はコリスチン耐性の拡散を抑え込むため、2016年に、コリスチンを成長促進剤として使用することを禁止すると発表した。その後、ブラジル、日本、インドなど、他の国々がそれに追随した。同年、中国は抗菌薬耐性に対処するための国家行動計画を発表した。そして今年7月1日、抗菌薬を成長促進剤として飼料に使うことが禁止された。
この潜在的な効果は大きい。農業農村部の報告書によれば、畜産業で2018年に使用された抗生物質の53%は、成長促進剤用途だったという。
ヨーロッパが2006年に同様の禁止措置を施行した際、家畜の生産頭数とサイズが一時的に落ち込んだ。中国農業科学院飼料研究所(北京)の所長、戴小楓(ダイ・シャオフェン)は、中国の畜産業者も同じような経験をする可能性が高いと話す。「抗菌性成長促進剤に長い間頼っていたのに、突然これを使わなくなったらその影響は必ず出ます」と言う。戴は、食肉生産量の減少は数%、最も影響の大きな地域で6%になると見込んでいる。
デュウルフは抗菌性成長促進剤の使用禁止について「非常に重要であり、必要な最初のステップである」と話す。彼によると、消化と栄養バランスに優れた改良型の飼料がすでに登場しており、成長促進剤の付加価値は限定的なものになっている。1980年代の研究では、抗菌薬を使うことでブタの成長が15%ほど速くなることが明らかにされていたが、その後の研究では、その効果は数%まで落ち込んでいた4。
大手飼料メーカーで、中国・太倉で畜産農場の経営も行う安佑生物科技集団社は、この新しい政策を歓迎する。同社研究所の動物栄養学者、劉春雪(リュウ・チャンチェ)によれば、同社は常に将来のことを見越しているが、抗菌薬が禁止が差し迫ったことで、抗菌薬耐性を高めることなく家畜の成長を促進する添加剤の開発に拍車がかかったという。
「この2~3年、政府が抗菌薬を使用しない健康的な飼料を強く求めるようになったので、あらゆる添加剤を開発することに注力しました」と劉は話す。酵素、脂肪酸、精油、植物エキスなどがその例だ。数十年の改良を経て、「弊社がブタに与える餌はヒトの食べ物よりも健康的なものになっています」。
感染管理
安佑社などの食肉製造事業者に変化を駆り立てたものは、政府による規制の脅威だけではない。
2018年、中国のブタにおいて感染症の集団発生が起こり、畜産業での抗菌薬使用量の減少にさらに拍車がかかった。飼育下と野生のブタがかかるウイルス病「アフリカ豚熱(ASF)」により、中国では1億8000万頭のブタが死んだ。これは、飼育されているブタ全体の40%に相当する。「ASFは、中国の養豚産業全体で操業のあり方を変えました」と、安佑社の創業者董事長、洪平(ハン・ピン)は語る。
ASFウイルスを封じ込めるため、同社は衛生面の取り組み方を改善した。家畜を病原体から守るために、外界との接触の管理を厳格化したのだ。畜産場に到着した自動車は、まず消毒用トンネルをくぐってから乾燥用の建物に入り、作業員は敷地内から出ることなく現場で数カ月過ごす。新しく購入した雌ブタは、豚舎に入れる前に4週間隔離するという。
蕭国順(シャオ・クオシュン)は、同社の養豚事業部のゼネラルマネージャーであり、中国全土で約30施設の畜産農場を運営している。同社は、総生産高を年間約100万頭という数字に戻すことを目指している。蕭は、彼自身が自社の豚舎に立ち入る前には、3日間の隔離を受けなければならない。
しかし、バイオセキュリティーが改善されると、ASFを閉め出す以上の効果があると蕭は話す。「養豚場において病気が少なければ、抗菌薬の使用量を減らすことができるのです」と言う。2020年の半ば時点で、同社は、養豚場で治療や予防のために1頭当たりに使用する抗菌薬の量を、前年の4分の1以上削減したという。
蕭が、自主隔離を行うことなく豚舎の様子を見ることができる唯一の方法は、全ての豚舎の上部に設置されたカメラネットワークを使うことだ。これもまた、安佑社が家畜を健康に保つのに役立っている。カメラは人工知能システムに接続されており、ブタが密集し過ぎていないかどうか(寒がっていることを示すと考えられる)、しっかりと歩き回っているかどうか、平均体重がどれほどかなどが解析されている。他にも、センサーで空気の質や温度などの数値を測定していて、最適な範囲を外れると担当者に警告を発する。同社は現在、個々のブタをシステムによってモニタリングできるようにするため、ブタに装着するスマートイヤリングをテストしている。洪は、条件が健康的なほど病気の割合が下がると話す。「ブタもヒトと同じで、(悪条件によって)ストレスを受けると病気にかかりやすくなります」。
先の長い道のり
ヨーロッパの経験から、デュウルフは、成長促進用途に抗菌薬を使ってきた中国の畜産業者が、感染予防を口実に抗菌薬を投与するという一時的な変化が起こるだろうと予測する。デュウルフによると、ヨーロッパの一部の国では、この予防的使用の増加が2~3年ほど続いた。
抗菌薬の使用をさらに削減するには予防的使用を制限する必要があり、それはバイオセキュリティーと飼料品質の改善によって可能になる、デュウルフ。EUは、抗菌薬の予防的使用を制限する法律を制定しており、これは2022年に発効する。
デュウルフはまた、安佑社のように大規模で管理の行き届いた畜産農場の方が抗菌薬の使用量を削減しやすいと注意を促す。施設が小さい方が問題は大きいのだ。工業化された畜産業は「全ての不幸の元凶(the source of all misery)」と形容されることも多いが、一般には抗菌薬の使用量をより少なく、状況をよく管理できていると、デュウルフは言う。中小の畜産業者を悪く言うのは「やや直感に反します」と、彼は話す。
2017年、年間500頭を以上のブタを生産する大規模な畜産農場は、市場の半分未満だった。現在はそれよりも多いと考えられる。中国農業農村部によれば、大規模でない畜産農場は約2500万軒あり、そうした畜産農場が規則に違反していることを懸念する声がある。中国・寧夏の主として中小・中堅養鶏業者を対象とした調査では、回答者の4分の3が、政府の禁止した抗菌薬を今も使用していることが明らかになった。調査した畜産業者の大多数は、規制が存在するにもかかわらず、処方なしで抗菌薬を購入し、その使用記録を付けていなかった。
データの疑惑
ヴァン・ベッケルによれば、中国においてさらなる進展が求められるもう1つの分野は、データの透明性だという。彼らが調査した国々の中で、中国は家畜の抗菌薬耐性に関する報告について、公開されているシステムがない数少ない国の1つであり、このため進歩の評価は難しいものとなっている。
汪たちは、2020年初めに、中国のコリスチン禁止が耐性レベルの大幅な低下につながったことを明らかにした6。ヴァン・ベッケルは、その結果を望ましいと評するが、汪たちが使用したデータは、別の研究者が検証するためには利用できないという事実を嘆く。ヴァン・ベッケルが、公表されているデータに対して同じ方法論を用いたところ、「同じ規模の低下は認められませんでした」と言う。
家畜の耐性のデータは、中国獣医薬品監察所から得られたものだ。コリスチン禁止の効果を評価するのに必要なデータセットを収集するには、多数の科学者との協働が必要だった。その論文の筆頭著者が6人いるのはそのためだ、と汪は話す。ヴァン・ベッケルは、中国に対し、世界最大の抗菌薬消費国として、EUや米国のように抗菌薬耐性を組織的にモニタリングしてデータを公開をすることで、抗菌薬使用の削減において主導的な役割を担うことを期待している。「抗菌薬耐性の監視に関してベストプラクティスを採用している中国は、畜産部門が急成長している他の中所得国の手本になり得ます」とヴァン・ベッケルは話す。
汪たちの解析で使用されたデータによると、コリスチンの禁止はここまでのところ成功しているという。しかし、警戒は続けなければならないと、汪は注意を促す。別の遺伝子バリアントが、mcr-1と取って変わる可能性もある。そして、一部の省では、MCR-1陽性の大腸菌を保有する人々が、他の省よりも多く見られている。「抗菌薬耐性の管理についてはなすべきことが多く、前途は遠いのです」と汪は話す。
ケビン・シェーンメーカーズは、中国・上海を拠点とするジャーナリスト。
原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02889-y | How China is getting its farmers to kick their antibiotics habit
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References
- Zhang, Q.-Q. et al. Environ. Sci. Technol. 49, 6772–6782 (2015).
- Liu, Y.-Y. et al. Lancet Infect. Dis. 16, 161–168 (2016).
- Wang, R. et al. Nature Commun. 9, 1179 (2018).
- Laxminarayan, R., Van Boeckel, T. & Teillant, A. The Economic Costs of Withdrawing Antimicrobial Growth Promoters from the Livestock Sector (OECD, 2015).
- Xi, J. et al. Antimicrob. Res. Infect. Cont. 9, 10 (2020).
- Wang, Y. et al. Lancet Infect. Dis. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30149-3 (2020).