Nature Outlook

耐性を打破する

研究者たちは、薬剤耐性菌の脅威の高まりに直面しており、既存の抗菌薬を復活させる方法や新規抗菌薬を開発する法を模索している。

Neil Savage

ブリー・アルドリッチは、薬剤耐性を打破する薬物の候補の探索法を考え直している。

Kelvin Ma/Tufts Univ.

感染症はどこにでも現れる。インドでは、既存のほぼ全ての治療法に対して耐性を有する微生物「スーパーバグ」により、毎年5万8000人以上の乳児が命を落としている。また、米陸軍病院では、米国テキサス州からドイツ・ラントシュトゥールまで、多剤耐性細菌アシネトバクター・バウマニが見つかっている。この細菌は、傷口や血流、尿路に感染する他、肺炎を引き起こすことがある。医師は、アシネトバクター・バウマニは、中東から帰還する負傷兵によって持ち込まれたと推測している。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすウイルスが世界的に大きな注目を集めている一方で、薬剤耐性は差し迫った問題であり続けている。世界保健機関(WHO)は、新たな抗菌薬が必要な12種類の薬剤耐性細菌の優先度リストを発表した。また、国連の「薬剤耐性に関する組織間連携委員会(Interagency Coordination Group on Antimicrobial Resistance)」は、世界では、薬剤耐性菌感染によって毎年少なくとも70万人が死亡していると指摘している。何かを変えなければ、2050年には年間1000万人が耐性菌感染症によって死亡する可能性がある。

耐性菌の増加は、手術や化学療法、臓器移植などの救命処置を危うくする。これらのいずれの処置においても、患者が致命的な細菌にさらされる可能性があるからだ。抗菌薬の開発はこの数十年、下火になっていた。その理由の1つは、企業がその難題に取り組むだけの経済的なインセンティブに乏しいことだ。しかし今、研究者たちは、既存薬を復活させたり新規候補物質を探索したりするなど、耐性菌に対抗する方法について取り組んでいる。

WHOの優先度リストに挙がっている細菌の1つがアシネトバクター・バウマニだ。この細菌は、カルバペネム系として知られる抗菌薬にも耐性を示す。カルバペネム系抗菌薬は細菌の細胞壁形成能を阻害するもので、通常は、防衛の最終手段として使用が温存されている。米国疾病管理予防センター(CDC)の推計によると、2017年には、米国の病院において8500人がアシネトバクター・バウマニに感染し、うち約700人が死亡した。

バーミンガム大学微生物学感染症研究所(英国)の所長ウィレム・ファン・シャイクによれば、アシネトバクター・バウマニが特に厄介なのは、「この感染症を治療できる抗菌薬が我々にはほとんど残されていないのです」と言う。一部の細菌株は、コリスチンにも耐性を示す。コリスチンは、腎臓や神経の障害を引き起こすことがあるため、あまり使用されることのない最終手段の薬剤だ。

最優先の標的

この他、優先度が「最高」レベルである細菌は、緑膿菌、そしてさまざまな腸内細菌科の細菌種である。腸内細菌科には、食中毒の集団発生を引き起こしてニュースになることの多い大腸菌も含まれている。WHOによれば、こうした微生物は、入院患者や養護施設入所者、中でもカテーテルや人工呼吸器といった侵襲性のある医療機器を使用している人に対してリスクが高い。

「今、病院には、抗菌薬ではもう治療することのできない細菌感染症の患者さんたちがいます」とファン・シャイクは言う。「その数はまだ非常に少ないものです。そして、この数をそのまま抑えておかなければなりません」。

優先度が「高」レベルまたは「中」レベルとして挙げられている生物には、性感染症である淋病の原因菌である淋菌、特定の種類の赤痢を引き起こす赤痢菌シゲラ、食中毒を引き起こすサルモネラ菌などがある。優先度「高」の微生物の多くはグラム陰性細菌である。グラム陰性細菌は、ふるいのような働きをする外膜を有しており、この膜は決まった形と電荷を持つ低分子のみを通すため、この細菌を殺すのは特に難しい。多くの薬剤は外膜に阻まれ、外膜を通過できたとしても別の防御機構が立ちふさがる。外膜と内膜の間には「多剤排出ポンプ」という分子装置があるのだ。この装置は、抗菌薬のような異物を認識して捕捉し、危害が加えられる前にこうした化合物を膜外へ排出してしまう1

バーミンガム大学(英国)の微生物学者ローラ・ピドックは、多剤排出ポンプの働きを妨げる分子を探すことによって一部の抗菌薬の効果を回復させようとしている。そうした分子は「排出ポンプ内で薬剤が入るはずだった空間を占拠します」とピドックは説明する。「つまり、先にその空間に別の分子が存在するならば、薬剤は排出されないわけです」。その結果、薬剤は、抗菌作用を発揮するの十分な時間、細菌内部にとどまることができるはずである。

ノースイースタン大学(米国マサチューセッツ州ボストン)のキム・ルイス(左)と彼の研究室のポスドクである今井優は、さまざまな微生物に新しい抗生物質の探索させている。

Matthew Modoono/Northeastern Univ.

しかし、あらゆる薬剤開発に言えることだが、化合物の発見は第一段階にすぎない。「大多数の化合物は、毒性があったり製剤化できなかったりするため、前臨床研究で頓挫してしまうのです」とピドックは言う。「試験管内では素晴らしいものでも、ヒトに投与することはできません」。

この障害を打破しようと、ピドックは力業に打って出た。彼女の研究室では、多剤排出ポンプの阻害作用を持つ既知の化合物をスクリーニングするための検査法を編み出した。薬剤が多剤排出ポンプを阻害し始めると、細菌はramAと呼ばれる遺伝子のスイッチを入れる。すると、ポンプの数を増やす別の複数の遺伝子がさらに活性化する。ピドックのスクリーニング系ではこのことを利用しており、ramAの遺伝子塩基配列に、緑色蛍光タンパク質を作る遺伝子を融合させた。これにより、ある物質がramAを活性化させると緑色蛍光タンパク質が産生され、研究者はこの蛍光を、ハイスループットのスクリーニング装置を使って観察することができる。ピドックたちはこれまでに5万個近い化合物のスクリーニングを行い、多剤排出ポンプの阻害物質を43個発見した。うち11個は実験室の試験で抗菌薬の有効性を高めることが示された2

自然界を探る

ノースイースタン大学抗菌薬探索センター(米国マサチューセッツ州ボストン)の生物学者キム・ルイスたちは、また別の手法を採用しており、微生物に最初の探索を行わせている。

微生物は、競争相手を追い払うために自前の抗菌薬を産生しており、その物質を、基盤となっている遺伝子コードを介して互いに共有することができる。(薬剤耐性の遺伝子を拡散させることも可能であり、これが薬剤耐性問題の一因となっている。)そこでルイスは、自分が探している抗生物質は、すでに細菌の中に存在しているのではないかと考えた。「ある細菌群が数億年にわたって存在しているなら、それが他の細菌から身を守ることのできる物質をコードする遺伝子に遭遇している可能性は高いのです」とルイスは話す。

ルイスは、線虫と呼ばれる小さな寄生性の蠕虫と共生している細菌フォトラブダスに目を付けた。フォトラブダスと線虫は共に、昆虫の幼生を食物源としているが、フォトラブダスは競合する細菌を死滅させる物質を分泌することが分かっている。この物質は、線虫には無害であって、線虫の組織を効率よく通過できるものでなければならない。このため、ルイスは、それがヒトでも同じように振る舞うかもしれないと考えた。そしてルイスたちは、その抗菌薬をダロバクチンと命名した3

ダロバクチンは、グラム陰性細菌の外膜を透過しようとはせず、外膜にある重要なタンパク質を標的とする。試験の結果、ダロバクチンは、マウスにおいて大腸菌や肺炎桿菌クレブシエラ・ニューモニエ(肺炎や尿路の障害を引き起こすことがある細菌)による感染症を治癒させることが示された。大腸菌はダロバクチンに対する耐性を獲得したが、耐性獲得過程における変化は極めて大きく、この耐性菌は細胞に侵入することができず無害となった。

ルイスは、別の有望な宝庫も利用しようとしている。それは、培養では増殖してくれない細菌種だ。全細菌種の99%が培養では増殖しない。ルイスたちは、細菌に自然環境にいるように錯覚させて、培養で増殖させる方法を考案した。この手法により、テイクソバクチンが得られた4。テイクソバクチンは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に効く抗菌薬だ。テイクソバクチンは、細胞壁を構成する脂質分子の前駆体を標的としているため、細菌は防御的な変異を獲得するのが難しいはずだと、ルイスは説明する。

物の形

薬剤候補が発見されてからヒトでの使用が承認されるまでには、長い道のりがある。タフツ大学(米国マサチューセッツ州ボストン)の生物医工学者ブリー・アルドリッチは、薬剤によって細菌細胞がどのように変形すのかを観察するコンピューターイメージングシステムを使うことで、こうした過程を迅速化できると考えている。

細菌細胞の形状の変化は、その薬剤が細胞の生物学的性質のどの部分に作用しているのかの手掛かりを与えてくれることがある。「薬剤がどのように作用するかを分かっていたとしても、その薬剤が実際どのように細胞を破壊するのかを見てみると、それが少し違っていると分かることがあるのです」とアルドリッチは語る。「こうしたやり方では、その薬剤が既存薬と同じように作用しているのか、それとも全く新しいことをしているのかどうかをすぐに判断することができます」。それがもし新しいものであれば、細菌がまだ耐性を持っていないクラスの薬剤である可能性がある。

アルドリッチたちは、MorphEUS(Morphological Evaluation and Understanding of Stress:応力の形態的評価と理解)と命名した迅速プロファイリングシステムを使って既存の結核薬を試験した5。その結果、薬剤の6%は、これまで知られていなかった経路を使っており、革新的な治療法につながる可能性があることが分かった。MorphEUSは、薬剤への応答が弱かったり複雑であったりする全て病原体に適用できるはずである。

有望なリード化合物はいくつかあるが、さらに多くの候補物質を発見・作製し、開発プロセスに乗せる必要がある。そして、それらを必要とする人々、特に低所得国の人が使えるようにしなければならない。新たな抗菌薬の開発には、後押しする資金援助プログラムが複数存在する。5億米ドル規模の研究支援を行っている世界的な非営利団体Combating Antibiotic-Resistant Bacteria Biopharmaceutical Accelerator(CARB-X)や国際製薬団体連合会(IFPMA)が、7月に立ち上げた「薬剤耐性菌(AMR)アクションファンド」などである。

こうしたプログラムのおかげで微生物が既存薬を打ち負かす前に次の新しい薬剤が発見されるだろうと、ピドックは、慎重ながらも楽観している。「10年前に話をすることがあったら、私はとてもとても重苦しく悲観的だったでしょう」とピドックは言う。「事態は大きく好転しています」。

ニール・サベージは、米国マサチューセッツ州ローエル在住のフリーランスライター。

原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02886-1 | How researchers are revamping antimicrobial drugs


このOutlookの作成に当たって、塩野義製薬の財政支援に感謝いたします。全ての編集コンテンツについての責任は、Nature が単独で負っています。

References

  1. Du, D. et al. Nature Rev. Microbiol. 16, 523–539 (2018).
  2. Marshall, R. L. et al. mBio https://doi.org/10.1128/mBio.01340-20 (2020).
  3. Imai, Y. et al. Nature 576, 459–464 (2019).
  4. Ling, L. L. et al. Nature 517, 455–459 (2015).
  5. Smith, T. C. et al. Proc. Natl Acad. Sci. 117, 18744–18753 (2020).

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