編集長に聞く
がんとマイクロバイオーム
がんは世界的な健康問題であり、現在、世界で2番目に多い死因となっています。「がん」という言葉を聞くだけで、ぞっとするものがあります。がんは、患者はもちろん、その苦しみを目の当たりにする家族なども含め、多くの人の人生に影響を与える深刻な疾患です。この数十年間で新たながん診断法が開発され、がん研究は飛躍的に拡大してきました。この疾患とそれを取り巻くあらゆる課題に立ち向かうべく、今も研究が精力的に行われています。研究の最終的な目標はがんの治療ですが、がん自体が複雑であるために、簡単に実現できるものではありません。がんはさまざまな疾患の集まりで、遺伝的要因、環境要因、行動要因などのすべてが、その診断に関わってくるのです。
まもなく創刊されるNature Cancer の編集長であるAlexia-Ileana Zaromytidouへのインタビューをご覧ください。がんについて、また、がん研究の重要性について、彼女自身の考えを語っています。インタビューを読めば、本誌ががん研究コミュニティーに何を提供していくのか、また、がんを取り巻く現在の科学的課題のいくつかについて、彼女の見解を知ることができるでしょう。
―― Nature Cancer を創刊する理由について教えてください。今なぜ、このジャーナルが必要なのでしょうか。
Alexia-Ileana Zaromytidou: がんは、世界で2番目に多い死因です。がんのタイプは200種類以上あり、遺伝的、環境的、行動的な要因が関係する複雑な生物医学的課題です。また、ある特定の集団の人々は他の集団の人々よりもがんに罹りやすいという、巨大な社会経済学的課題でもあります。この世界的な健康問題に取り組む中で、がん研究はこの数十年間で飛躍的に拡大し、多数の分野を内包するようになりました。そこで、がんコミュニティーには真の学際的ジャーナルを作るニーズが生まれてきたのです。私たちがNature Cancer を創刊するのは、こうしたコミュニティーのニーズに応えるためです。Nature Cancer では、自然科学、応用科学、社会科学のあらゆる分野について、前臨床の基礎研究からトランスレーショナル研究、臨床研究にいたるまで、広範囲のがん研究を扱います。本誌では、がんの形成と進行の仕組み、その診断や標的化、予防を行うための革新的な方法、がんの社会的影響を理解するための新しい手法について、最高品質の研究を掲載することを目指しています。
―― 他のジャーナルと一線を画すために、Nature Cancer はどのような取り組みをしていくのでしょうか。
Alexia-Ileana Zaromytidou: Nature Cancer は独自の路線で、より幅広いがんコミュニティーに向けた真に学際的なジャーナルになります。本誌は、生物医学、物理学、社会科学における影響力の非常に高い最新のオリジナル研究を、がん研究者へと届けます。それだけでなく、異なる分野の研究者が、それぞれの方法や考え方を結びつけたり、最新の科学的進展について議論したり、そのような試みを社会の中でのがん研究や腫瘍学におけるより大きな枠組みに当てはめるための場を独自に提供していきます。
―― がん研究は長年にわたって行われていますが、最近のブレイクスルーについて教えてください。
Alexia-Ileana Zaromytidou: 生物医学研究の隆盛な時代に生きる私たちは幸運です。いくつかのがんに対して効果的な治療選択肢として免疫療法が付け加えられ、標的療法とともに、多くの患者の人生を変えています。また、高深度塩基配列解読法、単一細胞技術、液体生検の登場により、研究室や臨床現場での腫瘍分子プロファイリングの状況が一変しました。がんを理解し、患者に個別の治療選択肢を提示するためにビッグデータを用いる方法も急速に変化していますし、機械学習法には、がんのスクリーニングや診断のデータ解析に革命をもたらす可能性があります。ただし、研究の進展は、隔絶した単独の事象として起こるのではなく、長年にわたって蓄積されてきた一連の知識から生まれることも忘れてはならないでしょう。標的療法と免疫療法は、基本的な分子機構や細胞機構が腫瘍形成を引き起こし、免疫応答を調整する仕組みを理解する上で、とても良い例となります。これらは革新的な治療法の開発や臨床へのトランスレーションにつながり得るものです。
―― なぜ今、がんとマイクロバイオームの関係が注目されているのでしょうか。
Alexia-Ileana Zaromytidou: がんのマイクロバイオームは、学際的ながん研究がどのようなものかを示す代表的な例です。昔からこの分野には、がんは微小環境や全身からの影響を受けるという考えがありましたが、モデルの改良や技術の発展によって、近年ようやく微生物相の影響を詳しく研究できるようになってきました。今日では、がんマイクロバイオーム研究の範囲は、前臨床の動物モデルからヒトの臨床研究にまで広がっており、さまざまなタイプのがんの発生やプログレッション、それらの治療法(特に免疫療法)における多様な微生物の役割の解明を目指した取り組みが行われています。特定の細菌とがん表現型の間の因果関係はまだ明らかになっていませんし、画期的な前臨床と初期臨床研究が示してきたように、新しい治療法や予防法の選択肢になる可能性もあります。さらなる研究を行うための機が熟した領域と言えるでしょう。微生物相と腫瘍の間で見られる相互作用の根底にある機構について理解すれば、究極的には、がんを促進するマイクロバイオームを直接的に、あるいは食事や生活習慣への介入によって調節したり、治療を増進する微生物相を治療戦略の一環として利用したりできるようになるかもしれません。
―― がんの治療法はまだ見つかっていませんが、致死的ながんと、そうでないがんの違いを正確に診断できるようになってきていますか?
Alexia-Ileana Zaromytidou: 「がんの治療法」と言うと、単独であらゆるがんを根絶する魔法のような特効薬を期待してしまうかもしれません。このような治療法が見つかれば実に素晴らしいことなのですが、がんはさまざまな疾患の集まりで、腫瘍内や腫瘍間にはかなりの不均一性があります。つまり、治療法を改良するには、個々の患者を考慮して、それぞれの腫瘍タイプを詳しく知る必要があるということです。今日では、そもそも悪性度の低い、あるいは効果的な治療法があるために危険度の高くない特定のがんタイプが分かっています。それでも、診断時のがんの段階は、予後を決める大きな要因ですので、早期発見とスクリーニングの改良は、がんが致死的か否かの診断を行う上で極めて重要です。それから、がんの予防についても触れておきたいと思います。子宮頸がんが顕著な例なのですが、パップテストによる早期スクリーニングと、最近ではHPVワクチンの追加が非常に効果的であるため、子宮頸がんは最も予防しやすいがんの1つとなっています。
―― 免疫療法は特定のタイプのがんの治療で熱烈に受け入れられていますが、一部の患者にしか効果がないのはなぜでしょうか。
Alexia-Ileana Zaromytidou: 免疫療法の登場に、がんの分野が大いに沸いたのはもっともなことです。いくつかの種類のがんで素晴らしい臨床効果をあげたのですから。ですが、免疫療法とは単一の万能薬ではなく、免疫チェックポイント阻害剤、CAR-T細胞、がんワクチンをはじめとした、異なる複数のタイプの治療法を意味することに留意しておく必要があるでしょう。あらゆる治療法でそうであるように、ある治療法は別の治療法よりも、特定のがんタイプに効果的だったりします。免疫療法の効果を決める多くの要因の中には、腫瘍のゲノムやエピゲノム、腫瘍微小環境や腫瘍免疫表現型があります。例えば、リンパ球による浸潤の程度、宿主の全般的な免疫適応度の他、マイクロバイオームなどの環境要因がそうです。これらの要因や他の要因が免疫療法の奏効性に及ぼす影響の解明や、寛解する可能性の高い患者の特定が、古典的な腫瘍免疫学やバイオマーカー研究だけでなく、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、単一細胞解析、システム生物学を含む、前臨床や臨床研究における活発な領域です。他に重要な研究分野としては、異なる免疫療法同士の組み合わせや、免疫療法と従来の治療法のさまざまな組み合わせに関連するものがあり、数百の臨床試験が進行中です。考慮すべき重要な点としては、免疫療法で寛解した多くの患者で、重篤な副作用が見られたり、抵抗性が生じたりすることがあげられます。このような現象の根底にある機構の理解は、これらの治療法の奏効性改善を目指すがん生物学者や免疫学者、臨床医にとって、主要な焦点となっています。
―― がん研究が直面している最も大きな世界的課題は何でしょうか。また、Nature Cancer はそれらにどのように取り組んでいくのでしょうか。
Alexia-Ileana Zaromytidou: がんは多面的で世界的な健康問題です。一方では、多くの様々ながんのタイプは進化や不均一性を特徴とするため、より効果的な新しい治療法を見出して臨床へと繋げるには、がんの分子基盤や生物学的基盤を理解することが必須です。他方で、がんは格差の疾患でもあります。一部の人口集団では、別の集団に比べて不釣り合いに高い発がん率が見られ、このような違いを生み出す遺伝的、文化的、社会経済学的、地理的、およびその他の要因を理解することが不可欠です。Nature Cancer は、がん分野全体にわたり、高品質かつ影響力の高いオリジナル研究や解説記事を公開することで、これらの課題に取り組んでいきます。また、あらゆる関連分野の研究者が集まるプラットフォームとして、最新情報の入手を可能にし、さらなる研究や共同研究を刺激していくことを目指します。
―― この分野で注目すべき今後の動向や進展について教えてください。
Alexia-Ileana Zaromytidou: がんのスクリーニングや予防、早期発見が進展し、多くの人に対する健康問題であるがんに対応できるようになることを期待しています。先ほど、子宮頸がんやHPVが引き起こす他のがんに対する予防対策であるHPVワクチンの開発や採用の拡大について触れましたが、がん予防の成功事例がさらに増えていって欲しいと思います。それから、それに向けたビッグデータの活用や人工知能の利用が、がん研究をどのように進展させるのかも楽しみです。がん生物学レベルでは、遺伝的要因、微小環境要因、巨視的環境要因、行動要因の相互作用に関する意義深い一連の研究が、さまざまながんの発生とプログレッションの仕組みに関する、より統合的な視点に組み込まれていくと思います。また、標的療法と免疫療法の分野でのエキサイティングな発展もきっとあるでしょう。最後に、がんの健康格差についての理解と対処は、がんのスクリーニングと治療の集団間での勾配をなくすために、引き続き注目されていくと思います。
―― あなたにとってNature Cancer はどのようなものでしょうか。また、このジャーナルで成し遂げたいことや、このジャーナルがどのように発展していくのか教えてください。
Alexia-Ileana Zaromytidou: Nature Researchにおいて、重要かつ幅広い分野の新ジャーナル創刊をまかされ、とても光栄であると同時に大きな責任も感じています。使い古された言い方になりますが、私にとってNature Cancer は愛の奉仕(labor of love)です。これまでの人生で、一番熱心に取り組んでいるのではないかと思います。創刊が近づくにつれて、読者とビジョンを共有できることが、ますます楽しみになってきました。編集チームは、がん研究や科学コミュニケーションに多大な情熱を注いでおり、Nature Cancer を、がん研究の真の拠点になることを目指しています。本誌は、世界的な挑戦としてがんに取り組み、誌面を通じて、さらなる相互作用や共同研究のきっかけとなるようなジャーナルになるでしょう。
本インタビューは、一部を日本語に翻訳しています。全インタビュー記事 (Meet our chief editor) は、Globalサイトでご紹介しています。
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