スピンを活用し、ひずみ方向検知に初成功 ― 柔らかいセンサー開発に道
太田 進也、千葉 大地、安藤 陽
2018年2月号掲載
磁性体(磁石)が変形すると磁化方向が変わる性質を利用して、変形の方向を検出できる柔らかいひずみセンサーの動作実証に、東京大学大学院工学系研究科准教授の千葉大地さん、同研究科博士課程2年の太田進也さん、株式会社村田製作所シニアプリンシパルリサーチャーの安藤陽さんの3人が世界で初めて成功し、新創刊のNature Electronics 2月号に発表した。電子の磁気的性質であるスピンを活用する「スピントロニクス」と、折り曲げることができる電子部品を創造する「フレキシブルエレクトロニクス」を融合した新しいデバイス開発に道を開くものだ。3人に研究の背景、今後の方向性などについて聞いた。
―― 研究の背景を教えてください。
太田氏: 磁性体を伸ばしたり、変形させたりすると磁化の向きや強さなどが変化する現象は逆磁歪効果と呼ばれます。特に柔らかいフレキシブルフィルム上に磁性体薄膜を載せ、可逆的にひずみを大きく加えると、逆磁歪効果も大きくなることを実証してきました。ここに巨大磁気抵抗効果(GMR)を加えると、新しい機能を持たせることができるのではないかと考えたわけです。GMRは、厚さ数nm程度の磁石の層と、磁石でない層を重ね合わせた磁性多層構造の薄膜に磁界を加えると、電気抵抗が大きく変化する現象です。ハードディスクメモリーの記録密度を飛躍的に向上させたことから、最初にこの原理を発見したAlbert Fert氏とPeter Grünberg氏には、2007年、ノーベル物理学賞が贈られました。逆磁歪効果により、変形によって磁化の方向が変化すると、磁界が変化し、その結果、GMRにより電気抵抗の変化として検出できると考え、それが実際に可能なのか実証しようと思ったのです。
―― 従来のひずみセンサーはどんなものなのですか?
太田氏: ひずみセンサーは、物体の加重、変位量、振動などを測定するのに広く用いられています。従来のセンサーは、非磁性体の金属を使って、金属が変形すると電気抵抗値が変化することを利用します。素材に電流を流しておき、変形すると電流が流れる断面積や長さが変化するので抵抗値が変わるという原理です。しかし、従来のセンサー単一ではひずみの方向が分かりません。あらかじめ設定しておいた方向のひずみの「大きさ」しか検出できないからです。
―― 今回の研究は、ひずみの方向もわかるセンサーなのですね。
千葉氏: そうです。ひずみの方向が分かるように、柔らかいセンサーを開発しようと思いました。作ったセンサーは、2枚の磁石の層の間に金属を挟みこんだ三層構造の薄膜で、スピンバルブと呼ばれるものです。それを柔らかいシート「フレキシブルフィルム」上に載せてあります。これにより、どちらにひずんでも方向を検出することが可能になります。
―― スピンバルブについて少し説明してください。
太田氏: 2つの磁石に非磁性の金属が挟んでありますが、上下の磁石の性質は異なります。一方は、微弱な磁界でも磁化が変わりやすいという性質があり、「フリー層」と呼ばれています。もう一方は、強い磁界がないと磁化の方向が変化しない性質で、固定されるという意味から「ピン層」と呼ばれます。フリー層は外部磁界の方向に向きやすく、フリー層とピン層では磁化の向きが異なります。この相対角度に応じて、GMRによって電気抵抗が変化し、180度の時に最大となります。抵抗の大きさから外部磁界の方向を検出でき、またフリー層の磁化方向に応じて、同じ電圧をかけた場合の電流量がバルブのように調整可能となります。スピンバルブと呼ばれるのはそのためです。スピンバルブは、ハードディスクの読み出しヘッドとして用いられる磁界検出センサーや、固体磁気メモリ(MRAM)に使われています。
―― こうした性質をもとにひずみを検出できる素材を作ったのですね。
千葉氏: GMRを示す組み合わせという条件の下、どんな素材がひずみに敏感で磁化の方向が変化しやすいのか、逆に変化しにくいのか、いろいろ探索しました。その結果、「ひずみに敏感」な磁石層にはコバルトが、「ひずみに鈍感」な磁石層には鉄・ニッケル合金「パーマロイ」が適していることが分かりました。この二層の磁石の間に、非磁性の銅を挟みこんでいます。薄膜の各層の厚さはわずか数nmしかありません。通常のスピンバルブは、「磁化応答の敏感度の差」で、フリー層、ピン層を分けていましたが、今回作った素子は、「ひずみへの敏感度の差」でフリー層とピン層を作り分けたといえます。もちろんひずみに敏感な方がフリー層です。
―― この素子が実際に、ひずみの方向を検出できたのですね。
太田氏: この素子を使って、引っ張りの実験をしました。変形すると、敏感層のコバルト層の磁化だけが、変形と同じ方向に変化することが分かりました。我々は、敏感層の磁化の向きと鈍感層の磁化の向きの相対角度を0度から90度になるまで変形させ、角度が大きくなる変形ほど抵抗値が大きくなると予想しました。結果は、予想通りでした。この抵抗の変化を調べることで、ひずみの大きさだけでなく、方向を検出することに成功したのです。
―― ひずみの感度はいかがでしょうか?
千葉氏: 今回の実験では、素子抵抗の変化率は、数%程度しかなく、はっきり言ってセンサーとしての感度は高くありません。実験では、鈍感層(ピン層)の磁化を安定させるため、外部から補助磁界を20mTかけていました。そのため敏感層にも磁界がかかります。少ないひずみ量ではこの磁界に打ち勝つことできないので、実験では0.5〜1%程度の大きなひずみを与えなければなりませんでした。
―― 感度をよくする方法はありますか?
千葉氏: 実は、補助磁界をゼロに近づけると、小さなひずみ量でも即座に抵抗値が変化し、飽和状態になりやすくなります。飽和とは、ひずみが大きくなっても、それ以上抵抗値が変化しない状態のことです。このように補助磁界なしで動作をさせることは感度の面でも実デバイスとしても重要なことですが、これまでのスピントロニクス技術の知見を用いれば困難ではないと考えています。
また、補助磁界を使わないこと以外にも、磁石層に挟むスペース層を金属ではなく絶縁体にすると、抵抗変化率が数十倍向上します。トンネル磁気抵抗効果と呼ばれる現象によるものです。抵抗値の変化が向上すれば、より小さな変形でも検出が可能となります。ひずみの方向だけでなく、量センサーとしても飛躍的に感度が向上できる可能性を秘めています。
―― 柔らかい素材にひずみセンサーを載せることで、どんな使い道がありますか?
安藤氏: 企業としても、このスピントロニクスとフレキシブルエレクトロニクスの融合を、新たなビジネス領域として注目しています。すべてのものをネットでつなぐIoTが今後ますます進展しますが、そのつなぐ機能を担うのが多種多様なセンサーです。例えば人体の情報を取り出すためには、フレキシブルなセンサーが都合が良く、今回開発したセンサーを「ウエアラブルセンサー」などとして身体に装着することで、健康管理やスポーツなどのボディメカニクスといった、さまざまな応用につながると考えられます。このようなセンサーの市場は「つながる社会」の進展とともに爆発的に拡大していきます。また今回開発したセンサーは大面積化が容易なので、巨大建造物の状態モニタリング(インフラモニタリング)、生体磁界センサーなど、多くの用途に応用展開できるのではないかと期待しています。
千葉氏: この素子は小型で集積も可能なので、図5のような集積化されたシート状のセンサーでは、局所的なひずみや変形のマッピングも可能になります。
―― 今後の研究の方向性について教えてください。
千葉氏: 今後は、センサーの感度を上げて、実用化に向けた研究を進め、スピントロニクスとフレキシブルエレクトロニクスの融合分野、「フレキシブルスピントロニクス」を開拓していければいいですね。またこうした応用分野だけでなく、スピントロニクスの新しい原理を見つけ、それを使って新たな機能を引き出すような学術的な研究も進めていければと考えています。それらはどちらも大事ですので、両輪でやっていきたいと思います。
―― Nature Electronics への投稿を決めた理由は?
千葉氏: スピントロニクス全般の研究をやっていてNature などにも投稿していますが、今回の研究分野と方向性が一致した姉妹誌が創刊されて、ぴったりだと思ったからです。ただ、査読は結構厳しかったです。
―― これからも良い研究を続けてください。ありがとうございました。
聞き手は、玉村治(サイエンスジャーナリスト)。
Nature Electronics 掲載論文
Article: ひずみ方向をセンシングするフレキシブルな巨大磁気抵抗デバイス
A flexible giant magnetoresistive device for sensing strain direction
Nature Electronics 1, 124–129 (2018) doi:10.1038/s41928-018-0022-3 | Published online 8 February 2018
Author Profile
太田 進也(おおた しんや)
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程2年
2015年3月 | 東京大学工学部物理工学科卒業 |
2017年3月 | 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了 |
2017年4月 | 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程入学 |
千葉 大地(ちば だいち)
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授
2000年3月 | 東北大学工学部電子工学科卒業 |
2001年9月 | 東北大学大学院工学研究科電子工学専攻博士前期課程修了 |
2004年3月 | 東北大学大学院工学研究科電子工学専攻博士後期課程修了 |
2004年4月 | 独立行政法人科学技術振興機構 ERATO大野半導体スピントロニクスプロジェクト研究員 |
2008年10月 | 京都大学化学研究所 特定助教 |
2009年4月 | 同 助教 |
2010年10月 | 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造推進事業さきがけ「ナノシステムと機能創発」(〜2014年3月、兼任) |
2012年4月 | 京都大学化学研究所 准教授 |
2013年4月 | 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授(現職) |
受賞歴 | |
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2012年 | サー・マーティンウッド賞 |
2015年 | 平成26年度第18回丸文学術賞 |
2016年 | 平成27年度船井学術賞(船井哲良特別賞) |
2017年 | 第13回日本学術振興会賞 |
2017年 | 科学技術への顕著な貢献2017 ナイスステップな研究者 |
など |
安藤 陽(あんどう あきら)
株式会社村田製作所 シニアプリンシパルリサーチャー
1983年3月 | 広島大学理学部物性学科卒業 |
1983年4月 | 株式会社村田製作所入社 |
1989年9月 | 米国ペンシルバニア州立大学 訪問研究員(〜1990年3月) |
1991年4月 | 京都大学工学部 受託研究員(〜1992年3月) |
2003年12月 | 東京工業大学より学位取得 博士(工学) |
2004年10月 | 株式会社村田製作所 機能材料研究部 部長 |
2013年7月 | 株式会社村田製作所 次世代技術研究所 所長 |
2016年4月 | 株式会社村田製作所 シニアプリンシパルリサーチャー |
受賞歴 | |
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2002年 | 米国セラミックス協会 リチャード・フルラス賞 |
2010年 | 日本セラミックス協会 学術賞 |
2012年 | 米国電気学会 日本関西支部メダル |