腫瘍生物学:グリオーマのシナプスは適応的可塑性の機構を動員する
Nature 623, 7986 doi: 10.1038/s41586-023-06678-1
がんの調節における神経系の役割は、ますます重要視されるようになっている。グリオーマ(神経膠腫)では、ニューロン活動は、ニューロリギン3や脳由来神経栄養因子(BDNF)などのパラクリンシグナル伝達因子を通じて、またα-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソオキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体を介して電気生理学的に機能するニューロンからグリオーマへのシナプスを通じて、腫瘍プログレッションを促進する。その結果生じたグリオーマ細胞膜の脱分極が、腫瘍の増殖を促進するのである。一方、健康な脳では、活動により調節されるBDNFの分泌は、シナプスの接続性と強度の適応的可塑性を促している。今回我々は、悪性シナプスでも、BDNFによって調節される同様の可塑性が見られることを示す。TrkB(tropomyosin-related kinase B)受容体を介してCAMKIIへシグナルを伝達するBDNFは、グリオーマ細胞膜へのAMPA受容体トラフィッキングを促進し、その結果、悪性細胞でグルタミン酸誘発電流の振幅が増大する。グリオーマのシナプス強度の可塑性と腫瘍増殖を結び付け、グリオーマ膜電位を光遺伝学によって段階的に制御することで、脱分極電流振幅の増大がグリオーマの増殖を促すことが実証された。この悪性シナプス強度の増強は、健康な脳で記憶や学習に関与するシナプス可塑性と機構的特徴が共通している。BDNF–TrkBシグナル伝達はまた、ニューロンからグリオーマへのシナプス数も調節する。脳の微小環境から神経活動調節性のBDNF分泌を停止させる、あるいはグリオーマでのTrkBの発現を喪失させると、腫瘍のプログレッションがロバストに抑制された。さらに、遺伝学的または薬理学的にTrkBを阻害すると、グリオーマシナプスに対するBDNFのこれらの影響が失われ、小児グリオブラストーマ(神経膠芽腫)の異種移植モデルと、びまん性内在性橋グリオーマの異種移植モデルでの生存が大幅に延長した。まとめるとこれらの知見は、BDNF–TrkBシグナル伝達は、悪性シナプスの可塑性を促し、腫瘍プログレッションを増強することを示している。