Author Interview

健康な骨には神経が必要だった

竹田 秀氏、福田 亨氏

2013年5月23日号掲載

「時間との戦いだ」━━エディターからの返事を見て、そう覚悟する竹田氏と福田氏。骨と感覚神経の新たな関係を発見し、論文を投稿。やがて届いたのは、「リバイス」の指示だった。「リジェクト」ではなく胸を撫で下ろしたものの、そこには不可能に思える提出期限が。両氏は、どうやってこのリバイスをやり遂げたのだろうか。

―― 骨の健康の研究ですか。

竹田氏: はい、私たちは骨と神経系のネットワークに着目して、骨の健康、つまり骨代謝を研究しています。骨では常に、その形成と破壊が起きています。骨を形成するのが「骨芽細胞」、骨を破壊するのが「破骨細胞」で、その両者の作用のバランスにより、骨の健康は保たれているのです。この「骨の形成と破壊」作用をまとめて、骨代謝と呼びます。

―― 神経が骨と関係しているのですね。

竹田氏: 骨代謝が神経系の調節を受けていることは、いろいろな研究で、これまでに少しずつ分かってきています。私自身も2002年に、交感神経系が骨の形成を抑制することを発見し、Cell に発表しました。その後も、その研究を掘り下げ、Nature Medicine などに発表してきています。しかし、研究論文が引き続きトップジャーナルに採用されるには、こうした交感神経系の働きだけを調べていたのではダメだと感じていました。

図1
図1
神経系の細胞で発現するセマフォリン3A(Sema3A)を欠損させると、骨に入り込む感覚神経が減り、その結果、骨形成が増加し、骨量が減ると考えられる。

―― トップジャーナルを目指して、チャレンジングなテーマを設定されたのですか。

竹田氏: そう、当たると大きいテーマに(笑)。5年くらい前のことですが、神経細胞の投射に目をつけました。

発生や再生の過程では、神経細胞の長い軸索が標的に向かって━━この場合は骨ですが━━伸長していきます。これを投射と言います。このときに、神経細胞の軸索が伸びてこないように抑制する因子として、セマフォリン3A(Sema3A)というタンパク質が知られています。このSema3Aタンパク質の骨代謝に与える影響をマウスで詳しく調べることにしたのです。今回の研究で、中心になって実験を行ってくれたのが、「福ちゃん」こと、福田特任助教です。

図2
図2
マウスの大腿骨の骨の再生能力の比較。写真下は黄枠部分の拡大図。神経系の細胞でSema3Aを欠損させると、形成された骨が少ないのが分かる。

―― Sema3Aは再生研究でも注目されていた有名な分子ですね。どんな影響を示しましたか。

福田氏: Sema3Aは、体のいろいろな臓器で発現されているタンパク質です。このタンパク質を全身で欠損させた場合、骨量の減少がみられることはすでに知られていました。そこで、体のある特定の部位のみSema3Aを欠損させたノックアウトマウスを複数作って、体のどの部位で発現しているSema3Aが骨代謝に重要なのかを調べたのです。

先に述べたように、骨のSema3Aが欠損すると軸索伸長の抑制因子がなくなるということになります。そのため私たちは、骨のSema3Aが欠損することで交感神経が増え、その結果、骨量が低下するという予想を立てました。しかし、予想は見事に外れました。骨のSema3Aを欠損させたノックアウトマウスを観察しても、何も影響が出なかったのです。

―― いったい、何が起きたのでしょう?

福田氏: 次は神経系でSema3Aをノックアウトしてみました。すると、骨量が減少。しかもさらに不思議なことに、感覚神経も同様に減少するという結果でした。Sema3Aが欠損していれば、神経細胞が増えるはずだと思われたので、この結果も意外です。ちなみに、感覚神経とは、痛みなどの知覚を伝える働きをする神経のことです。

―― Sema3Aと感覚神経と骨の予想外の関係を、どう解釈しましたか。

竹田氏: 予想が外れ続け、いったい何が起きているのかと悩みました。しかし、諦めずに少しずつ解析していったところ、だんだん全体像が見えてきたのです。

Sema3Aというと、通常は、神経の外部から作用するSema3Aを指し、神経細胞の軸索伸長を抑制するタンパク質として知られています。けれども、今回の実験におけるように、神経自身が作り出すSema3Aの場合は通常と作用が異なり、軸索伸長を抑制せず、逆に促進すると分かったのです。これは、神経の専門家を驚かせる発見でした。

結局、骨と感覚神経の関係については、次のように結論することができました。感覚神経が作り出すSema3Aは、感覚神経が骨に伸びていくために必須ということ。そして、感覚神経が骨の内部にはりめぐらされることが、正常な骨の形成に必須ということです。骨髄穿刺で、針を骨髄から抜くときに患者さんが痛がるという臨床での経験も、後から思い出しました。骨の内部に感覚神経が入り込んでいるからと納得がいきます。

―― 研究結果を論文にまとめ、Nature 誌に投稿されたのですね。

竹田氏: ええ。Nature に投稿し、約1か月後に返事が返ってきましたね。「リバイスしなさい」という。でも、これはうれしかったです。リバイスすれば論文が通るということですから。

リバイスに関する4人のレビューワーのコメントは、A4の用紙何枚にもわたる長さでした。それ全部に目を通してみると、できない実験は書かれておらず、まずは安心しました。ただし、問題は期限です。時間との勝負でした。

―― リバイスは、時間的に厳しい内容だったのですね。

竹田氏: 締切は半年後だったのですが、「何種類かのノックアウトマウスを作って実験しろ」という内容のリバイス指示だったのです。通常、ノックアウトマウス作りの工程は、それだけで優に半年かかります。マウスを交配して2世代目を作り、さらにそれが大人になるまで待って骨の観察を行うわけですから。それに、そもそも、交配に必要なマウスの種類で、手元にないものもありました。

―― 無理な締切に、いったい、どう対処されたのですか?

竹田氏: 体外受精をしようと、すぐに決断しました。つまり、通常のノックアウトマウス作りは自然交配ですが、体外受精という方法をとれば、交配に要する時間を短縮させることができます。

福田氏: どこで体外受精をやってもらえるのか急いで調べ、何か所かに見積もり依頼を出しました。しかし、企業からの返事は、「1か月後の実施で」という対応で、とても間に合いません。幸い、同じ慶應大学内のマウス胚操作施設に頼むと、融通がきき、比較的すぐに取りかかってもらえると分かりました。

 そこに頼むことに決定したのですが、これは、二重三重の意味で正解でした。それというのも、この施設の交配技術は極めて優れていて、必要な数のマウス個体を驚くほど効率よく得られ、実験が非常にスムースに進んだのでした。

―― 手元にないマウスはどうやって探したのですか?

竹田氏: 知り合いに、片っ端から電話をかけました。「この系統のマウスを持ってない?」と。新たに3系統のマウスが必要だったのですが、2系統については、知り合いのつてで手に入れました。ところが、1系統だけは見つからない。どうしても見つからず、知り合いのつての、さらにつてを頼って、ようやく行き着いたのは、アメリカの病院でした。吉田富先生という方のラボからいただけることが分かったのです。

—— そのマウスを日本に送ってもらったのですか?

竹田氏: いいえ。代わりに、福ちゃんにアメリカへ行ってもらいました。マウスより簡単だからね(笑)。マウスを輸入しようとすると、面倒な手続きがいろいろあるのですよ。

福田氏: 仕方がないので(笑)、実験道具一式を携えて、2泊3日でアメリカに行ってきました。そして、吉田先生のラボでは、大学院生にマウスの骨で行ってもらいたい実験方法を教えてきました。少しだけですが、マウスのサンプルを日本へ送りました。サンプルならば、輸入も簡単だったので。

—— 論文の裏は、いろいろな苦労談でいっぱいですね。

福田氏: スケジュールが、本当に綱渡りでしたからね。リバイス指示の返事を受けた1週間くらいあとには、全部のスケジュールを組み、締切の日から逆算して、いつまでに何をやらなくてはいけないという予定を明確にしたのですが、ヒヤヒヤもので、すごいプレッシャーでした。

実験が一通り終わって、最後に、図やグラフを揃えて論文の形にまとめるのにも、もちろん力を注ぎました。グラフなどを見やすく、整然と作ることは、レビューワーやエディターの印象をよくする上で重要と思っているので、なるべく分かりやすいものを作りたかったのです。最後の何日かは徹夜同然。締切日の時差を含めても、ぎりぎりのタイミングで再投稿しました。

—— ようやくアクセプト?

竹田氏: いいえ、それが……もう1度、リバイス要求の返事が来たのです。「よく頑張ったけど、まだ足りない点がある」とのことで。

実は、私たちもそれは想定していました。指示された通りのノックアウトマウスは全部作ったけれど、それを用いて行う確認のための実験は、少し不足していると考えていたのです。実際に、締切日に論文を再投稿した後も、再リバイスを予想して、不足していると考えた実験を引き続き行っていました。ですから、再リバイスとの返事が来た際にも、すぐに準備をして、再再投稿できました。すると、今度は英語を直す指示が少し来て、そうしてようやく「アクセプト」となったのです。

—— そもそも、リバイスの期限というものは、絶対厳守なのですか。

竹田氏: エディターに理由を説明して、締切を延ばしてもらうことは、可能だとは思います。でも私は、言い訳を考えるよりも、とにかく頑張ろうと。そして、論文を送った後にも、再リバイスに備えていたわけです。

—— 論文アクセプトまでの半年間、研究室はどんな様子でしたか?

福田氏: その半年は、「やれば、通る」が竹田先生の口癖で(笑)。リバイスに次ぐリバイスでしたが、そうしてハッパをかけてくれました。ノックアウトマウス個体から骨や神経系のたくさんのサンプルを得るときには、竹田先生はラボのみんなに声をかけ、「自分の実験の手を休めて、今月はこの論文のために協力するように」と頼んでくれました。そうした指導も、とてもありがたかったです。

私は、研究室のメンバーの仲がよいことが、すごく大切だと思っています。若手のやることに先輩が目を配っていて、誰が何をやっているか分かっている。互いに質問し合い、互いに知識も増える。研究室の風通しもよくなります。こうした研究室の雰囲気作りに、私も貢献していきたいと考えています。

竹田氏: 福ちゃんが研究室にいて目を配っていてくれると、本当に安心なんですよ。

—— 大きな研究テーマへ挑戦され、実が結ばれましたね。

竹田氏: 私が今回の研究で一番心に強く感じたのは、予想外の結果であったとしても、それを簡単に捨てないということです。研究をやっていると、失敗することのほうが多くて、技術的な問題や仮説の間違いなど、思った通りではない結果が出てくることが非常に多いです。

そうしたときに、思った通りの結果を追求して実験を繰り返すのではなく、まず実験で得られたそのデータを尊重すること。そして、そういうときにこそ、よく考える。その結果を科学的にどう説明できるだろうか、と考える。このときに、どれだけ的確に科学的な思考ができるかが重要なのだとつくづく実感しています。それによって、仮説の間違いを見抜くことができ、新たな発見につながるのだということを、今回も学びました。

―― ありがとうございました。

聞き手 藤川 良子(サイエンスライター)。

Nature 掲載論文

Letter:セマフォリン3Aは感覚神経支配を介して骨量を制御する

Sema3A regulates bone-mass accrual through sensory innervations

Nature 497, 490–493 (23 May 2013) doi:10.1038/nature12115

Author Profile

竹田 秀

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 細胞生理学分野 教授
(論文発表時:慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科 内分泌代謝ネットワーク医学講座 特任准教授)

1992年 東京大学医学部卒
1999年 ベイラー医科大学博士研究員
2002年 東京大学大学院医学研究科 博士課程修了
2004年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 特任講師
2005年 同 特任助教授
2009年 慶應義塾大学医学部 特任准教授
2013年 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 教授(現在に至る)

福田 亨

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
細胞生理学分野 助教(2013年12月~)
(論文発表時:慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科 内分泌代謝ネットワーク医学講座 特任助教)

1994年 東京農業大学農学部農芸化学科卒。
1996年 東京農業大学大学院農学研究科農芸化学専攻博士前期課程修了
1996年 古谷乳業株式会社
1997年 慶應義塾大学医学部薬理学教室 特別研究教員 助手
2004年 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター 助手
2007年 同 助教
2010年 慶應義塾大学医学部 特任助教
2013年 東京医科歯科大学細胞生理学分野共同研究員 助教
竹田 秀氏、福田 亨氏

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