パーキンソン病:パーキンソン病における抑うつおよび不安
Nature Reviews Neurology
2010年5月1日
PARKINSON DISEASE Depression and anxiety in Parkinson disease
不安および抑うつは、他の慢性疾患を有する患者よりもパーキンソン病(PD)患者で多く認められるというエビデンスから、これらの気分障害はいずれもPD と病態生理学的に関連している可能性があることが示唆されている。新たに実施された研究からは、抑うつおよび不安はPD に関連した因子の異なるパターンと関連性を示すことが報告されており、このことは背景にあるメカニズムに相違があることを示唆している。
不安および抑うつはパーキンソン病(PD)患者で高頻度に、またしばしば同時に認められる(Box 1)。PD 患者において抑うつまたは不安が発症する生涯リスクは約60%であり、それぞれの障害の横断的有病 率は30 ~ 40%である。対照的に、一般母集団(PD患者と同年齢のグループ)における臨床像に関連のある抑うつ症候群の平均有病率は13.5%と報告3 されており、60 歳を超える不安障害の有病率は1.2%~ 14%の範囲内であることがわかっている。これらの感情障害はQOL に大きな影響を及ぼし、患者の障害度をも増大させることから、PD における不安および抑うつの有病率、特徴、病態生理および管理に関する 新たな知識を得ることが急務とされている。Négre-Pagés ら5 による横断的疫学研究は、PD におけるそのような障害に関するわれわれの理解をさら深めることを目的に実施された。
研究者らは、Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)で患者を評価することによって、PD における抑うつ、および不安の有病率とそれらに関連する因子の特定を試みた。合計で422 例のPD 患者と、98 例の対照患者(PD以外の慢性疾患で受診中の患者)が本研究に組み込まれた。その結果、PD 患者における不安または抑うつ症状の有病率は63% 5 と高率であることが示され、過去の知見1,2 とはかけ離れたものであった。なお、コントロール群におけるそれらの症状の有病率は35%であった。研究者らが用いた患者の選択基準は、認知機能障害(Mini-Mental StateExamination score が< 24 と定義)を有する患者は本研究に含まれなかったことを意味している。
抑うつまたは不安を評価するためにスクリーニングツールを用いることは、そのようなツールを用いた基準は調査される気分障害の中でしばしば特異的な病型を検出する方向に偏重することから、不正確な結果を 招くおそれがある。例えば、HADS の抑うつサブスケールは、気分低下よりも快楽消失に対してより焦点が当てられている。このようなバイアスがあるにもかかわらず、HADS はPD における不安および抑う つのスクリーニングツールとして適していると考えられている。理想を言えば、スクリーニング時における陽性症状の診断は、診断を確認するための標準的な診断的作業(例えばDSM-Ⅳ-TR の基準を適用す るなど)の後に行うべきである。なお、Négre-Pagésらの研究では、彼らも認めている通り、そのような作業は行われなかった。注目すべきことに、何人かの研究者は、PD の気分障害に対するDSM- Ⅳ -TR の 診断基準は、適用するには厳格で難し過ぎ、疫学研究には適さないと考えていた。
本研究において、Négre-Pagés らは、PD 患者における不安および抑うつは、異なる患者背景や臨床的因子と関連していることを見いだした。彼らの知見は、抑うつとPD の病態生理が関連している可能性を示唆しているが、不安の発現は、この神経変性疾患には特異的でないメカニズムに、より密接に関連している可能性がある。今回の研究に用いられた方法論の限界を考慮すると、これらのデータを解釈することは思索的である。
PD における感情障害の有病率が高かったことは、少なくとも部分的には、この疾患における症状の重大さやこの疾患固有の関連した障害として説明され得る。しかしながら、入手可能なエビデンスでは、PD とこれらの感情障害が病態生理学的に関連していることを裏付けている。いくつかの研究では、PD 患者における不安および抑うつの頻度は、これらに匹敵する障害を有する高齢の対照患者における頻度よりも高いことが示されている。確かにNégre-Pagés らは、不安および抑うつの有病率はPD 患者群の方が対照群よりも高かったことを明らかにした5。運動症状が発現する前の段階でPD 患者における抑うつおよび不安の有病率が高かったことは、複雑な病態生理学的関連性があることをさらに裏付けている。さらに、その後の2 年間において、いずれの抗うつ薬による治療の実施とPD の発症リスクの増大との間には関連性が あることが明らかにされた。この関連性は、抑うつがPD の早期の前運動発現である可能性を示唆している。ドパミン、ノルエピネフリンおよび5- ヒドロキシトリプタミンが関与するPD の神経化学的変 化も、抑うつおよび不安の病態生理と関連している。PD 患者の1 親等は不安障害や抑うつ疾患を罹患するリスクが高いことが明らかにされていることから、家族性の感受性因子が、この潜在的に共有されてい る病態生理において役割を担っている可能性がある。PD とこれらの神経心理学的状態との間に明らかな関連性があることは、カテコラミン障害の観点からすでに確立されている。この関連性を紐解くには、遺伝子研究やプロテオミクス研究が役立つと思われる。
PD 患者が罹患する不安および抑うつのタイプには、いくつかの特徴がある。例えば、PD 患者の抑うつはしばしば大うつ病の基準に合致しない6。さらに、感情症状が変動することがあり、この変動は運動症状の変動とは独立している。抑うつおよび不安が患者の「オフ」の時期にだけ見られる場合、ドパミン作用薬を調整することで、これらの気分障害を十分に改善へと導くことができる。抗PD 薬は、運動症状発現および運動症状の軽減、疾患支配の感情の増大、または線条体におけるドパミンシグナルの修復を介して、気分障害を改善する可能性がある。しかしながら、いくつかのドパミンアゴニストで推定されている抑うつ改善効果に関しては、決定的なエビデンスを待っているのが現状である。
PD患者では対照患者よりも抑うつおよび不安症状の有病率が高いことが示されたにもかかわらず、Négre-Pagés ら5 は向精神薬の頓用に関して、これらのグループ間にいかなる差異も見いだせなかった。PD 患者において抑うつや不安障害を見逃すと、多くの理由から必然的に治療することはできない。注目すべき点は、PD の症状と気分障害が高頻度で合併することである。例えば、PD 患者は一般的に抑うつ様症状を有するが、不安はしばしば振戦として現れる。臨床医の興味が主に運動機能障害という問題に向けられていれば、気分障害も見逃される可能性がある。患者が心理的症状をあまり報告したがらないことも、これらの障害を見逃す原因となる。最後に、晩年における抑うつや不安はしばしば非定型的な特徴(身体的症状の方が心理的症状よりも勝っている)を示し、認知機能障害があるとこれらの気分障害を発見することが難しくなる。
抑うつおよび不安はQOL の重要な決定要素であり、したがって早期の発見と介入が必要とされる。しっかりとした診断は正確な実地診療や臨床研究にとって本質的に不可欠なものであることから、NIH-sponsored work group は、合併する不安障害の評価に関する推奨事項を含む、PD の抑うつに関する暫定的な診断基準を公表している。このワーキンググループは、研究や臨床現場で使用する上でこのガイドラインが正しいものであることを証明するために、PD におけるこれらの気分障害に関してさらなる研究を実施することを奨励してきた。現在、PD における抑うつおよび不安の適切な管理に関して信頼できるエビデンスも限られており、われわれの知識におけるギャップをすぐに埋める必要がある。PD における抑うつおよび不安に関する適切なガイドラインが発表されるまでは、現在利用できる診断ツールや治療ツールを使用するべきである。この点において、スクリーニング尺度6,7 を適用することは、これらの気分障害を潜在的に有している症例を発見する上で最初の段階の手助けになるであろう。
doi: 10.1038/nrneurol.2010.49