Author Interview

月に届く地球の風

寺田 健太郎、横田 勝一郎

2017年2月号掲載

地球に一番近く、空を見上げればそこにある月。このなじみ深い天体を日本の探査機「かぐや」が調査したことは、よく知られている。このほど、地球の高層大気圏から流失したO+イオンが月にまで届いていることが、大阪大学・名古屋大学・JAXA(宇宙航空研究開発機構)の共同研究により突き止められ、 2017年創刊のNature Astronomy 2月号に発表された。検出されたO+は高いエネルギーを持ち、月表面の数十nmまで貫入することができる。このことは、太古から現在に至るまで、月が常に地球由来の物質にさらされてきたことを明らかにした初めての成果である。研究の中心となった、大阪大学大学院理学研究科の寺田健太郎さんとJAXA宇宙科学研究所の横田勝一郎さんにお話を伺った。

「かぐや」の模型を持つ横田さん(左)と月の模型を持つ寺田さん(右)
「かぐや」の模型を持つ横田さん(左)と月の模型を持つ寺田さん(右) | 拡大する

―― 今回の研究は、かぐやの観測データを解析して行われたものですね。まず、かぐやについて簡単にご説明ください。

横田氏: かぐやは、月の起源と進化の解明を目的に作られました。地形カメラや高度計、γ線やX線の測定器など、14種類の観測装置を搭載したフルパッケージの月周回衛星です。2007年9月に打ち上げられ、約1年、予定通りの観測を行った後、追加観測を半年行いました。極軌道を周回し、2機の子衛星(「おきな」と「おうな」)により、これまで謎の多かった月の裏側や極域を含めほぼ全域を観測することができ、裏側の重力異常や月全体の地形などを明らかにしました。現時点で、軌道上から観測できることはほぼ全部行ったと思います。

図1
図1:かぐやの観測イメージ | 拡大する

JAXA

―― かぐやから得られたデータのうち、プラズマ観測のデータが今回の研究の根拠になったのですね。

横田氏: 地球には磁気圏という太陽風から守られている領域があります。プラズマシートは地球磁気圏の一部で、地球の夜側(太陽と反対側)にある尾のように伸びている領域です(図2)。通常、磁気圏は密度がかなり低いのですが、プラズマシートでは、イオンや電子が沈降して密度や温度が高くなった吹きだまりのような状態になっています。

図2
図2:太陽風と地球の磁気圏 | 拡大する

JAXA

始まりは、偶然の出会い

―― どのような経緯で、プラズマシートに注目したのでしょうか。

寺田氏: 私は、主に月の石について研究しています。アポロ計画によって採取された月の砂の解析から、酸素の同位体(酸素には16O、17O、18Oという同位体が3つ存在する)の構成が異なる成分が3つあることが、分かっています。まず月本来の同位体比の成分、2つ目は16Oだけが多い成分1、最後に16Oだけが少ない成分2です。16Oだけが多い成分に関しては、2011年に太陽風の酸素イオンが月面に貫入していることで説明されました3。一方、16Oだけが少ない成分については謎のままです。ただ、この同位体比が地球のオゾン層と瓜二つであることから、「地球から月に酸素イオンが流れて出ていると考えれば説明がつく」と、一見、荒唐無稽ともいえる推論を立てたのです。

そんなとき質量分析の研究会で、偶然、横田さんと知り合い、「月が地球の夜側に来たときに観測したら、何か地球から流出しているものが見つかると思うので、解析してみてくれませんか」とお願いしました。月は、いつもは高エネルギーの太陽風にさらされていますが、地球の夜側に来たときにはそれが遮られ、地球からの流失物質が見えると考えられるからです。すると、「出ていましたよ」との報告。私は、「やった! これはNature 級だ」と興奮しました。ところが、横田さん、冷めていたんですよ。

横田氏: 私は全く驚きませんでした。地球の酸素がイオンになって磁気圏に漏れ出ている現象は既知のことだったので、月に届いているかと訊かれれば、「あり得ますね」ということになります。我々プラズマ研究者たちは、どういう物理機構で漏れていくのかに注目していて、月にイオンが届いているかにはあまり関心はなく、ましてや宇宙地球化学的に重要な意味を持つとは考えてもみませんでした。ただ、そのことをきちんと観測して研究した論文はなく、こうしたイオン観測はかぐやにしかできないなと思いました。データを解析すると、月とかぐやがプラズマシートを通過するときに、O+が検出されていたのです(図3)。

図3
図3:プラズマシートを横切る月(地球軌道を真横からみたところ) | 拡大する

寺田健太郎教授提供

―― お二人の温度差が大きかったのですね。でも、そういう異なった観点が新しい結果を呼ぶという、面白さがありますね。

寺田氏: 私は宇宙地球化学、横田さんはプラズマ研究というバリバリの物理系。普通の学会では分野が全く違うので知り合う機会はないのですが、小さな会合でしたので、分野違いの人とも気軽に話ができました。温度差という点では、他の共著者も当初は淡々とした感じでした。でも私は高ぶる感情を抑えきれず、解析データを入手するや否や、数週間、睡眠時間3、4時間で、一気に論文を仕上げました。

地球からやってきたO+は、月面に貫入できる

―― 太陽風にはO5+、O6+、O7+といった多価の酸素イオンが大量に含まれていますが、地球からの酸素イオンは一価なのですね。

寺田氏: 多価のイオンになるには、高いエネルギーが必要です。太陽と違って地球上層では、O+ができる程度のエネルギーしかありません。これは、プラズマシートで窒素イオンが観測できなかった理由でもあります。N2はエネルギー的に非常に安定で、イオン化するには高いエネルギーが必要だからです。地球の極域からわずかに流出していることは観測されていますが、今回のかぐやの観測機器では検出限界以下だったと考えられます。

今回の論文では、地球からO+が月に届いているだけでなく、観測されたO+のエネルギーが高いことも重要なポイントです。

―― O+のエネルギーが高いということは、どういう意味を持つのでしょうか。

寺田氏: 検出されたO+は1〜10keVのエネルギーを持っていました(図4)。このくらいのエネルギーを持つイオンは、月の砂の表面から数十nmの深さまで貫入できます。この「貫入できる」ということが、非常に重要です。月の石や砂の質量分析は、ビームを当てて表面を少しずつ削りながら行います。酸素同位体の構成が月本来のものと異なる領域は、表面から数百nmのごくごく浅い所にあり、それより深い所は月本来の同位体比になります。月面のこうした酸素同位体の構成は、酸素イオンが貫入することでできるのです。

図4
図4:上は、地球と月の軌道を真上から見た図。
かぐやと月がプラズマシートを通過したときにだけ、高エネルギーのO+が検出された(グラフの赤丸)。 | 拡大する

寺田健太郎教授提供

―― つまり、地球からやってくるO+が、月面の酸素同位体比に影響を与えていると?

寺田氏: はい。先ほども触れたように、16Oだけが多い成分は太陽風の酸素イオンの貫入で説明されています。16Oだけが少ない成分に関しては、彗星(すいせい)が衝突し、氷が蒸発してできた酸素イオンによるという説もあります。問題は、その酸素イオンが月面の砂に入り込めるのかということで、論争となっています。しかし、今回検出されたO+のエネルギーなら十分貫入できます。もう1つ注目すべきは、16Oが少ない成分の同位体構成です。これは、地球のオゾン層と全く同じです(オゾンO3は、16Oが3つだと不安定なために選択的に分離してしまい、その結果、オゾン層の酸素同位体の構成は16Oが少ない状態になる)4。このことは知識としては知られていたのですが、これまで月の16Oだけが多い成分と結びついていませんでした。それが、横田さんとの出会いで、パズルのピースがぴたっとはまりました。今回、地球のオゾン層から流失したO+が月面に貫入できることが分かり、このために月面の粒子の内部で16Oだけが少ない成分が生じている、とすればうまく説明できるのです。

―― どのような仕組みで、オゾン層から月にまでO+が流出しているのでしょうか?

寺田氏: いくつかのモデルはありますが、まだよく分かっていません。以前の研究から、地上数十kmのオゾン層から高度数百km辺りまで16Oだけ少ないO+ が到達し得ること5、太陽活動によって高度数百kmから地球大気の酸素が宇宙空間に漏れ出すこと、は知られていました。ただ一次元のシミュレーション計算では、同位体の変位量が月の砂で観測されるほど大きな値ではありませんでした。今後の詳細なシミュレーションで証明されれば、我々の説はより確実なものになります。

図5
図5:地球と月は太古の昔から現在まで、物理学的だけでなく化学的にも密接な関係にある。 | 拡大する

JAXA/NHK

―― 今回の論文で、興味深かったのは、酸素という地球生物由来のものが月に届いているということだったのですが。

寺田氏: そこが私自身もワクワクしたところです。地球環境が力学的に安定したのは月の存在によるわけで、そのおかげで地球に生命が誕生しました。生命は酸素を生成し、今度はその酸素が月に化学的に作用しているのです。一方、月からも隕石がいまだに飛来してきており、太古から現在に至るまで月と地球はお互いに元素をやり取りしているといえます。今でも地球から月に物質が飛んで行っていると分かったとき、童心に返ったように心が躍りました。それ以来、満月を見るのが楽しくてしかたありません。

―― この分野の研究を始めたのは?

横田氏: 初めは、プラズマ物理の根源的な理解に興味がありました。中でもリコネクションやショックといった現象です。ただ、かぐやのプラズマ観測機器の製作に関わり、その後、水星や火星の観測計画に携わってきて、プラズマから解析する惑星科学にも興味が湧いてきましたね。

寺田氏: 高校の時、惑星は太陽の周りを皆同じ方向に回っていることを不思議に思っていました。それが、ニュートンが木からリンゴが落ちるのを見て思いついたという逸話のある運動方程式で全て証明できるということを知ったとき、ものすごく感動しました。そこで大阪大学の物理学科に入学したのですが、当時は、惑星研究のラボはなく、ブラックホールを観測するX線天文学の研究室に入りました。その後、広島大学の岩石を分析する研究室に助手として赴任し、石の質量分析に関わるようになりました。もともと宇宙が好きだったので、調べるなら月の石や隕石だなと考えました。

―― Nature Astronomy に投稿されて、いかがでしたか?

寺田氏: 実は、当初はNature 本誌に投稿したんです。こんなに面白い現象は、世界中のたくさんの人に知ってもらいたいと思い、まずは閲覧数の多いNature を考えたのです。すると、編集部の方から、新創刊のNature Astronomy を紹介され、それならばぜひと思い投稿しました。掲載後の反響は大きく、引用件数が多かっただけでなく、多くのメディアにも取り上げられました。海外メディアからの取材も多く、研究室で「もしもし」と普通に電話を受けたら英語だったり、スカイプでの取材を受けたりということもありました。多くの人に興味を持っていただけたのでうれしかったですね。

――

月は地球のうつし鏡

さて、ポストかぐやとして、今後の月探査計画は?

横田氏: JAXAでは、SLIM(Smart Lander for Investigating Moon)という、月着陸プロジェクトが進行中です。このプロジェクトの第一の目的は、目的の場所にピンポイントで着陸できるようにする技術の検証です。

寺田氏: 着陸すれば、絶対何か新しい知見が得られます。現在までに月からサンプルリターンしたのは、アポロ計画が6カ所、ルナ計画が3カ所で、全て月の表側のものです。裏側に着陸すれば、興味深いものが見つかるはずです。

―― 月を研究する魅力は何でしょう?

寺田氏: 私は、月を調べて地球の過去を復元したいと考えています。月には風化がないので、昔の歴史がそのまま残っています。月のクレーターの形成年代を解析すると、40億〜38億年前頃に大量の天体が衝突したことが分かります。一方、地球上では、40億〜39億年前より古い時代の岩石は細かい鉱物の形では堆積岩中に見つかっていますが、いわゆる岩盤という形での岩石は見つかっていません。つまり、この時期、月—地球システムに激しく天体が衝突し、当時の地殻は粉々に砕けてしまい、その後、現在の大陸が形成されたのではないかと推察されています。同時期、地球では大きなことが起こりました。生命の誕生です。これらの天体の衝突と何か関連があるのではと考えている研究者も少なくありません。

私が解析している月の砂は、ものすごく細かく、粉のようです。顕微鏡で見ると丸い球状のガラス玉があるのですが、これには2種類あります。1つは、かつての火山活動の際に飛び散ったものが地面に落ちるまでに表面張力で丸くなって固まったもの。もう1つは、天体衝突で融けたものが飛び散って同様に固まったもの。成分を調べればどちらの起源かが分かります。月のいろいろな場所で採取されたガラス玉について、その固まった年代を系統的に調べれば、月面にクレーターを作るような天体衝突がいつ、どの程度起こったかも分かります。もし天体衝突が月全体で激しく起こっていたとすると、太陽系全体から見れば月と地球は一心同体ですから、地球にもその影響があったかもしれません。現在の地球は、海の存在や火山活動など風化が激しいため、数十億〜数億年前のクレーターはほとんど残っていません。太古の地球の天体衝突史を調べるのに月は良いサンプルなのです。

―― 最後に、今後の抱負をお聞かせください。

寺田氏: 私は、「私たちは、どこから来てどこへいくのか」に興味があり、隕石を解析しています。隕石の年代が分かれば、太陽系形成の年表ができます。一方、私たちの体を作っている「元素」は、太陽系が誕生する46億年前よりも前に合成されたはずです。138億年の宇宙の歴史の中で、元素が合成されていく順番を考えると、宇宙誕生からすぐには生命に必須な元素ができないと思われます。では、いつ頃、どのようにしてできたのでしょうか? 私は、隕石の同位体の研究から解明したいと思っており、そのための質量分析装置の開発も行っています。新しいものを解析しようとしたら、新しい装置を作るしかありませんから。

―― ありがとうございました。

インタビューを終えて

広い宇宙の中でどうして地球が誕生したのか、どうして生命が誕生したのかを知りたいというのが、研究のベースという寺田先生。研究を語るその目は、まるで少年のように好奇心に輝いており、伺っているこちらもワクワクしてしまいました。ぜひ、これからの日本を担う若者たちにもこうした研究の楽しさ・面白さを味わってほしい、そう思わずにはいられないインタビューでした。

聞き手は、田中明美(サイエンスライター)。

参考文献

  1. Hashizume, K., & Chaussidon M. A non-terrestrial 16O-rich isotopic composition for the protosolar nebula. Nature 434, 619-622 (2005).
  2. Ireland, T. R. et. al. Isotopic enhancements of 17O and 18O from solar wind particles in the lunar regolith. Nature 440, 775-778 (2006).
  3. McKeegan K. D. et. al. The Oxygen Isotopic Composition of the Sun Inferred from Captured Solar Wind Science 332, 1528–1532 (2011).
  4. Thiemens, M. H. Atmospheric science: Mass-independent isotope effects in planetary atmospheres and the early solar system. Science 283, 341–345 (1999).
  5. Hiraki, Y. et. al. Evaluation of isotopic fractionation of oxygen ions escaping from terrestrial thermosphere. Geochim. Cosmochim. Acta 84, 525–533 (2012).

Nature Astronomy 掲載論文

Author Profile

寺田 健太郎(てらだ けんたろう)

大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 教授

この間、フランス・パリ大学(1999年、2001年)、オーストラリア国立大学 (2000〜2001年、2003〜2004年、2009〜2010年)、英国オープン大学 (2006年)、ドイツ・ミュンスター惑星学研究所(2008年)にて遊学。平成23年度文部科学大臣表彰「科学技術賞 研究部門」受賞。

太陽系の美しさ・不可思議さ、広く希薄な宇宙空間における地球誕生の偶然性・必然性に魅せられて、現在に至る。専門は同位体宇宙地球化学。太陽系の年表を再構築するのが夢。

1994年 大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了 博士(理学)
1994年 広島大学理学部地球惑星システム学科 助手
2006年 同 助教授
2010年 同 教授
2012年 大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 教授(現職)
寺田 健太郎

横田 勝一郎(よこた しょういちろう)

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所太陽系科学研究系 助教

「かぐや」から最近はジオスペース探査衛星「あらせ」といった宇宙機搭載の粒子計測器・質量分析器の開発に従事。趣味はフットボール、水泳。座右の銘は「塞翁が馬」。

2003年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了 博士(理学)
2004年 独立行政法人(現、国立研究開発法人)情報通信研究機 専攻研究員
2005年 独立行政法人(現、国立研究開発法人)宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部 助手
2007年 同 助教(現職)
横田 勝一郎

「著者インタビュー」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度