飛行に欠かせない渦流
血を吸うために近づく蚊の高い羽音はときに腹立たしい場合があるが、蚊はどのように飛んでいるのかということは科学的に解明されていなかった。ほとんどすべての昆虫は飛ぶことができるが、実は長い間、昆虫たちがどのようにして飛んでいるのかについて物理学的に説明することは難しかったのだ。
飛行機は比較的単純な空気力学に基づいて発明された。しかし、研究者がマルハナバチのような昆虫に飛行機の理論を適応しようと試みたところ、うまくいかなかった。飛行機に比べると、昆虫の小さな羽で空中を飛ぶにはからだが重すぎるのだ。
昆虫がどのように飛ぶかを理解するために数十年を必要としたが、研究者はついに前縁渦流として知られている重要な鍵を発見した。空気が昆虫の羽を通り過ぎていくとき、竜巻のような渦が羽の進行方向のすぐ前方(最前縁)でつくり出される。空気の渦の流れは、羽の上の気圧を低くさせ、昆虫が空中に停止させることを可能にするのだ。羽の上側と下側に気圧の差があれば、気圧の低い方に向かって力がはたらく。こうして昆虫は空気中を飛ぶことができる。
小さなはばたきで飛ぶ蚊
しかし、蚊の場合はそれほど簡単な話ではない。蚊は羽を非常に速く動かし、しかもミツバチの羽が動く角度の半分(およそわずか40度)しか羽ばたかない。このような角度の小さな羽ばたきでは、十分な前縁渦流をつくり出すことができないと考えられてきた。
この新しい謎を解くために、1匹の飛んでいる蚊を8個のスローモーションカメラを使って別々の角度から記録することが行われた。実際の速度よりほぼ700倍遅く記録された撮影データは、羽がどのように動いているかを厳密に示すことのできる3Dモデルを作成するために活用された。これで研究者は、蚊の飛行中の羽の周囲を空気がどのように流れるかをモデル化することができた。
ほかの昆虫と同様に、蚊の羽の前縁には前縁渦流が確認された。しかし、それだけではなかった。羽の後縁につくられる別の渦、後縁渦が存在していたのだ。
羽の後縁での空気の流れは、渦をつくり出す。蚊の羽の一連の動きは、空気の流れを捕獲し、新しい後縁渦をつくり出す。後縁渦の中心は気圧が低いため、羽の動きが反転するときにも上向きの力を与えるのだ。この2つ目の渦の形成は、羽の表面をさらに持ち上げるはたらきをする。
このことは、蚊がどのように飛んでいるかという問題を解決する可能性がある一方で、なぜ蚊がこの技術を活用しているのかという問いには答えていない。蚊の羽の高速な動きと小さい角度の羽ばたきは、力学的に非常に効率がよいというわけではない。しかし、高周波の羽音を立てることで、仲間を引きつけるなどに役立つ可能性がある。
蚊がこのような技術を取り入れる理由はどうであれ、この技術は私たち人間がより小さな飛行ロボットを設計することに役立つだろう。そのような機会には、私たちが不快に感じる音を立てないように、と願いたい。
学生との議論
蚊に吸われた血液で個人を特定することができるかだろうか? 名古屋大学と大日本除虫菊中央研究所などによる共同の研究成果が最近発表された。
日本に100種類ほど生息する蚊のうち、ヒトを刺すのは30種ほどで、その代表的なものはアカイエカやヒトスジシマカだ。蚊は普段、花の蜜などを吸っているが、血液を産卵のための栄養源として利用するためにメスが吸血する。吸われた血はおよそ72時間で完全に消化され、卵巣が成熟していくが、完全に消化されるまでに蚊の体内に残った血液から個人の特定が可能かどうかを分析した。
血液から採取されたDNAのうち、個人の特定につながる15カ所の塩基配列を時間とともに調べられた。その結果、48時間後までであれば、蚊に吸われた血液から個人を特定することが可能であったという。
このような研究は犯罪捜査の技術を向上させるのはもちろんだが、「蚊に刺された血液でも、誰であるかがわかる」ということで犯罪の抑止効果につながることも期待される。
学生からのコメント
蚊だけではなく、飛行機などがなぜ飛べるのかなど、子どもの頃は不思議に思っていた。蚊も鳥も飛行機も、飛ぶものには羽があるので、同じような原理で飛んでいるのだろうと思っていたのだが、実はそれぞれに原理が違うということを初めて知った。(山口 陽向)
今回の記事には蚊の羽音についても書かれている。羽音は仲間を引きつける可能性があるということだが、人間にとっては不快な音で、コンビニに若者をたむろさせないために活用されている。人間とほかの生物が出す音との関係にどのようなものがあるのかを学んでみたいと思った。(小澤 理佳)
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