生息域を広げる植物の戦略
タンポポは美しい芝生をつくる庭師には雑草として嫌われるが、多くの子どもたちにはきっと愛されている。タンポポの綿毛に息を吹きかけて、種を飛ばしたことは誰もがあるだろう。実は、このタンポポの種には、物理学者にも注目しているのだ! タンポポの種は、そよ風(あるいは人の息)に乗って広がり、ときには数キロメートルも離れたところへ飛んでいく。
風に乗って飛んでいく種は、羽のようなつくりをもっており、滞空時間をより長くするしくみがある。たとえば、シラカバの種はまわりに薄い膜があり、この膜が翼の役割を果たして遠くまで飛んでいく。
しかし、これまでタンポポの種がどのように長い時間の飛行を可能にしているのか、そのしくみはわかっていなかった。
タンポポの種のつくり
研究者は、空気がタンポポの種のまわりをどのように流れるかを明らかにすることによって、まったく新しいタイプの飛行方法を発見した。タンポポの種は冠毛と呼ばれている部分に吊るされて空中に浮いており、このつくりはパラシュートと非常によく似ているように見える。
しかし、パラシュートとは異なり、冠毛には多くの隙間があり、この隙間はその体積の90パーセントにも及ぶ。空気の流れを目に見えるようにするため、エディンバラ大学(英国)の研究者はレーザー光を使い、タンポポの種の冠毛の周囲を流れる空気が、ある種の独特な渦を形成することを示した。
空気や水など、形のないものの運動に関する物理学の分野は「流体力学」と呼ばれ、非常に広い応用範囲がある。たとえば、空気の抵抗ができるだけ小さい新幹線の形状や、より少ない燃料でも長い距離を飛ぶことができるような飛行機の翼の形状を求めることに活用されるほか、宇宙の銀河の形や、ブラックホールの中心部から吹き出している宇宙ジェットの力学を解明することにも、流体力学が使われている。
冠毛のまわりの空気の流れ
タンポポの種のまわりを流れる空気には、冠毛から少し離れたところに渦輪が存在していることが明らかになった。冠毛を通じて上向きに流れる空気は渦の周辺を流れるが、渦の端で毛と接触するところでは、摩擦によって渦の内部の空気が継続的に回転するようなしくみになっており、低気圧性の渦になる。
この渦は気圧の低いところへ移動しようとするために、タンポポの冠毛を上方に吸い上げているというしくみである。このようにしてタンポポの種は空気中に安定して浮いていられるというわけだ。
この新たに明らかになった飛行の方法は、タンポポの冠毛のような構造をもっている植物(たとえばガガイモの種)では一般的なものかもしれない。さらに、水中で水を濾し取って餌をとる生き物は放射状に伸びた構造をもつものがあり、この種の流体力学を用いて効率よく餌をとっている可能性がある。
将来は、人間もタンポポの種の飛び方と同じように効率的な方法で、空を飛ぶ日がやってくるかもしれない。
学生との議論
植物が分布を広げるためのしくみには、さまざまなものがある。そのしくみの一部は私たちの便利な生活のために取り入れられている。
よく知られているものに、鳥や動物が果実を食べ、その糞に混じった種が遠く離れた場所で芽生えるものがある。このような種は消化されないような工夫がされており、非常に硬い皮で包まれているのもその一つだ。
あるいは、マメ科の植物によく見られる、莢(さや)が熟すと内部の種がはじけ飛ぶものもある。ツルマメはこの方法で、約6メートルも種を飛ばすということが研究で明らかになっている。
動物に付着する種もある。キク科のオナモミは、果実が熟すと表面にかぎ針状になった突起ができ、動物(人間の服にも)に付着して運ばれる。これは「面テープ」(商品名ではマジックテープなど)の発明のきっかけとなった。このように、生物のしくみを人間の技術に取り入れ、開発を行うことを「バイオミメティクス」という。
学生からのコメント
小さい頃は何も考えることなく飛ばしていたタンポポだが、子孫を残すために合理的につくられた綿毛と知り、感動してしまった。また息を吹きかけて飛ばしてみたいが、さすがに恥ずかしい年齢なので、せめて踏まないように気をつけよう。(小林 稜)
タンポポの種はなぜ飛ぶのか、オシロイバナの種の白い粉は何なのかなど、小さい頃は考えることなく、身近にあるものという理由だけで遊んでいたが、こういう一つ一つの現象に目を向けて考えることが、ものごとの成り立ちを知る手助けになることを感じた。(武本 陸)
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