カリブ海の一角で、研究者は16個の小さな島々を生態学的な実験場に変えた。彼らの発見は、侵入生物種について研究する方法や、生物多様性に関する理論を変える可能性がある。それはある小さなトカゲの生態を研究したものだった。
映像で最初に示されているトカゲは、茶色のブラウンアノールだ。このトカゲは樹の上で時間を過ごすが、獲物が地面で歩き回るのをじっと待ち、地上で狩りを行う。研究が行われた島々には、もともとブラウンアノールが生息していた。実験は、このような環境に別の種類のトカゲを放ったら何が起こるのかをいくつかのパターンに分けて調べたものだ。
これらの島はいずれも似たような環境であり、自己完結した生態系である。トカゲの生息数と行動を追跡することによって、新種の捕食者が島にやってきたとき、どんなことが起こるかを厳密に調査することが可能だ。
島の生態系を実験的に変える
ある島には、同じ生き物を餌とする別のトカゲを放った。それは緑色をしたグリーンアノールだが、こちらは主に樹の上で狩りを行うので、ブラウンアノールとはうまく住み分けができた。このように、同じ餌を必要とする異なる生物であっても、生息する場所を分けることができれば共存することができる。
別の島ではグリーンアノールに加えて、巻いた尾をもつトカゲ(ゼンマイトカゲ)も放たれた。ゼンマイトカゲは、ブラウンアノール・グリーンアノールと餌が共通であるだけでなく、ブラウンアノールをも食べる。つまり、ゼンマイトカゲは最上位の捕食者となる。
これまでの学説が覆された結果
広く知られている生態学的な理論では、「食物連鎖で下位の動物(被食者)を餌とする動物(捕食者)は、その被食者が独占的に生息することを防ぐため、生態系の多様性を高める」と考えられてきた。この考え方によれば、カリブ海の島々で行われた実験は「ブラウンアノールを餌とするゼンマイトカゲは、ブラウンアノールが独占的に生息することを防ぐため、3種類のトカゲが共存する」という結果になる可能性がある。
実験で3種類のトカゲが存在する環境の生態系はどのようになっただろうか。ブラウンアノールはゼンマイトカゲに捕食されないように、より多くの時間を樹の上で過ごす行動を取るようになる。しかしそうなると、ブラウンアノールはグリーンアノールと獲物を巡って競合する関係になってしまう。
グリーンアノールに加えて、ゼンマイトカゲも放たれた4つの島のうち2つの島で、ブラウンアノールが樹冠に逃げ込んできたために、食料の獲得競争に破れたグリーンアノールが絶滅した。捕食者を放つことで実際には生態系の多様性を減少させてしまったことになる。
生態系への人間活動の関わりの難しさ
この種の相互作用が一般的であるとすれば、実験結果はこれまで人間が行ってきた環境保護に重要な示唆を与える。人間はこれまで、生態環境を保護するという目的で侵入生物種を生態系に放ってきた。この実験結果のように、捕食者が予想外に生態系の多様性に打撃を与えているとすれば、捕食者の拡大をコントロールするために、さらなる対策を立てなければならない。
実験が行われた島々の生態系は以前とはすっかり変わってしまった。しかし、研究者が生態学の中心的な課題に取り組み、生態系を構築する際に捕食者が果たす役割についての理解をより深めることに役立つことだろう。
学生との議論
グリーンアノールは沖縄や小笠原諸島でも見られる。しかしグリーンアノールはもともと日本に生息していたわけではなく、海外からの物資に紛れ込んでいたり、ペットとして飼われていたものが捨てられたりして定着した外来種である。その結果、小笠原諸島に固有のオガサワラシジミやオガサワラトンボなどは絶滅かそれに近い状態に追いやられており、グリーンアノールは侵略的な外来種であると認識されている。
グリーンアノールはもともとフロリダ半島(アメリカ)の島々に生息しており、ブラウンアノールが侵入した事例が確認されている。食料が競合するこれらのアノールは、本文中に示したように住み分けをして共存するが、その過程が進化論的に研究された(2014年)。ブラウンアノールが侵入してからわずか5年間で、グリーンアノールは生き残るためにより大きな指先を獲得したことが確認された。この間、グリーンアノールは20世代を経たが、わずかこれだけの期間でも進化することが可能であることが示されたのだ。アノールトカゲの進化については、ハリケーンによる自然淘汰の研究(「ハリケーンによる自然選択を記録した初めての研究」)も行われている。
学生からのコメント
生態系の多様性の従来の学説と、実験結果が違う結末になったという話題だった。生態系について一つ確かなことがあり、それは地球上の多くの場所に進出した人間によって、多くの動植物が絶滅に追いやられてしまったことだ。ほかの生物との共存を考えなければならないのは、人間自身であると思う。(太田 優樹)
今回の研究は、生態系の閉じられた島でトカゲという種に限って行われたものだ。捕食者や被食者の出入りがより多い環境のもとで長期間にわたって観察を行った場合、新しい種が定着するなどの可能性はないのだろうか、ということに強い関心をもった。(渡邊 貴徳)
Nature ダイジェスト で詳しく読む
100万の生物種が絶滅の危機に- Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190809
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