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Nature Video活用事例

脳の地図を作り上げる

The ultimate brain map

A new map of the human brain could be the most accurate yet, as it combines all sorts of different kinds of data. This might finally solve a century of disagreements over the shapes and positions of different brain areas. Read more from nature news here: http://www.nature.com/news/human-brai.... Read the paper here: http://nature.com/articles/doi:10.103...

その他の Nature Video

脳はどこでなにをしているのか?

高度な知能や豊かな感情をもたらした人間の大脳皮質には約140億個の神経細胞が存在する。大脳の表面にはしわが刻まれているが、人間の大脳を平面に広げれば新聞一面の大きさにもなるという。

探検家が新しい世界の地図を探し求めたように、脳神経科学者は脳の地図を探し求めている。脳の地図とは、大脳皮質のどの部位がどのような活動をつかさどっているかを明らかにしたものだ。しかし、この地図をつくり上げることはそれほど簡単ではない。脳の地図をつくるためには、組織構造やその関連性、あるいは細胞の種類などの特徴を明確にする必要があるからだ。

初期の研究として、神経学者コルビニアン・ブロードマンによる1909年の研究成果がある。ブロードマンは人間の大脳皮質の神経細胞を、当時新しく開発された方法で染色し、組織構造を研究した。大脳皮質は神経細胞の密度の違いなどによって6層の構造になっているが、ブロードマンはこの構造が大脳の場所によって少しずつ違っていることに気がついた。似たような構造をもっている部分をひとまとまりとして52の領域(ただし欠番もある)に区分した。その後、大脳のどの部分がどのような働きをつかさどっているかが明らかになると、ブロードマンが区分した組織構造で分けられる領域と一致することがわかった。

大規模プロジェクトで脳を探れ!

注目する特徴によっては、地図の結果は違ってくる。脳神経科学の世界では、脳がいくつの領域に分かれるのかということだけでなく、その領域がどんなはたらきをするかについても、必ずしも統一的な見解があるわけではない。そのような中で最近、ワシントン大学(米)のマシュー・グラッサーの研究グループが現段階でもっとも正確な脳の地図を作成した。

この研究は「ヒト・コネクトーム・プロジェクト(HCP)※」で得られている210例の健康な若い成人の脳の最新・高解像度のfMRI画像と、記憶・会話・思考テストなどを組み合わせた情報をもとにしている。どのような精神的活動をおこなっているときに、脳のどの部分が活発化しているかの膨大なデータを解析することで現代の脳の地図を作ろうとしたのだ。MRIは脳の内部を高い解像度で非侵襲的に観察できるが、さらにfMRIでは精神的な活動を行ったとき、脳のどの場所でどれだけ血流量が変化するかを計測でき、現在、脳活動を解析する技術として広く使われている。

グループは研究期間に3年を費やし、大脳皮質を構造や機能、解剖学的な変化によって明確に区分された、右脳・左脳でそれぞれ180の領域を決定した。さらに、これまで知られていなかった97個の新しい領域が存在することを明らかにした。この新しい領域の一つが、領域55bだ。研究グループは、この領域は言語に関する役割を担っていると考えている。言語的な活動を行うとこの領域が活発に活動しているほか、映像で示されるように領域55b以外の領域との関連性を確認できる。しかし、この領域55bがほかの領域の神経細胞からどの程度独立して機能しているのかについては、まだよくわかっていない。

この分野の研究をより推進するためには、脳の活動についてのさまざまなデータを関連づけることが重要だ。今回の研究成果や必要な研究ツールは無料で提供されているほか、世界中で大規模な研究プロジェクトが競い合って進められている。大脳皮質の構造的・機能的構成、個人差や発達・老化・疾病による大脳皮質の変化をより正確に理解する研究が加速するだろう。

※コネクトーム(connectome)は「神経回路の全体」を意味する語。

学生との議論

Credit: Lisa-Blue/E+/Getty

最近の科学研究は、国全体で、あるいは複数の国をまたいで大規模なプロジェクトで進められる事例がある。そのような研究は多数の研究者を集め、大量のデータを収集することができる。また多額の経費をかけて強力に研究を推進できる一方で、その経費は国家予算から支出されていることも事実だ。

今回紹介した脳神経科学の研究も、欧州・米国・日本などでそれぞれ大型研究プロジェクトとして進められている。欧州の「ヒト脳プロジェクト(HBP)」は、神経細胞から脳全体までのさまざまなスケールでの脳の働きをコンピューター上で再現することが目標で、2013年から10年間で総額約1,200億円を投じる巨額プロジェクトだ。

大型研究プロジェクトでは、その分野の研究者の間でも研究の方法や進め方について意見が一致しなかったりすることがある。また、経費を負担することになる市民が、その研究の意義を必ずしも理解していない。「科学は人類の共有財産」という考えに立ち、研究者は、関係分野の研究者のみでなく、広く市民に対しても研究の意義を説明し、理解してもらうことが必要だ。このような取り組みが市民の科学リテラシーの向上には不可欠ではなかろうか。

学生からのコメント

新発見の領域55b以外の新しい領域は、どんな働きをしているのか論文で確認してみたい。正確な脳の地図を作り上げて、最近特に進化していると言われる脳外科手術がより安全に行われるようになり、多くの人が救われることを期待している。(津田 将吾)

この先、大脳の特定領域を発達させる研究も期待されるのではないか。そうなると倫理的な問題が生じてくるだろう。その種の問題を議論するためにも、情報公開を適切に行って理解を得ることは、公的資金で研究が進められている面から見ても、とても重要だと考える。(佐久間 遂也)

Nature ダイジェスト で詳しく読む

これまでで最も精細なヒト脳地図
  • Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160711

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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Nature ダイジェストISSN 2424-0702 (online) ISSN 2189-7778 (print)