クジラは地球上で最大の哺乳類であり、生物種としても最大級の生物である。前肢は魚類の胸ビレに似た形に進化し、後肢は表面からは確認できないが、筋肉中に埋もれて存在している。日本近海によく見られるイルカも、体長4〜5mと小型ではあるが、クジラの仲間だ。
世界中の海洋に分布するクジラの生態系における役割は非常に重要である。現生のクジラはイルカやマッコウクジラのように顎に歯を持ち、魚類やイカなどを捕獲するハクジラ(類)と呼ばれるものと、シロナガスクジラのように歯がなく、上顎から伸びる「ひげ板」を使ってプランクトンや小魚を捕獲するヒゲクジラ(類)と呼ばれるものに分類される。
クジラが生態系に果たす役割
クジラは、映像に示されているようにオキアミなど大量の動物性プランクトンを消費し、大量の糞を小魚や動物性・植物性プランクトンの栄養分として提供し、物質循環に重要な役割を担っている。特に、ハクジラであるマッコウクジラは優れた潜水能力を持ち、2000mを超える深海にまで到達することができる。そして深海にすむ生物を餌にして海底に存在する栄養分を水面付近に引き上げ、垂直方向に栄養分を運搬していることが明らかになっている。
さらにクジラが死後に深海に沈むと、クジラの死骸を中心にして「鯨骨生物群集(ホエールフォール)」と呼ばれる生物の集団を形成する。鯨骨生物群集は深海という特殊な環境での生態系であり、熱水噴出孔(*)に並んで近年重視されている領域だ。海洋で生息するクジラなどの大型哺乳類は脂肪組織を大量に含み、これが分解されるとメタンや硫化水素をはじめとする多様な物質を生じる。深海には太陽光が届かないため、この生物集団の主要なエネルギー源はクジラの脂質と、クジラの有機物が嫌気性細菌によって分解される過程で生じた硫化物である。
鯨骨生物群集には、口や消化管を持たず、共生細菌に依存して生存するホネクイハナムシ類や、二枚貝のイガイの仲間などが生息しており、新種の細菌類も多く発見される。特にホネクイハナムシ類は鯨骨の周辺でしか生存できないのではないかと推測され、今後の研究成果が期待されている。
コミュニケーションをとるクジラたち
クジラは周囲の状況を知るために音の信号を使うことが知られている。例えばハクジラは超音波を発することができ、その反響によって周辺の環境を認識する「エコーロケーション」の能力を持ち、獲物や仲間の位置、地形を認識している。この能力があるため、夜間であっても餌を捕獲することができる。ヒゲクジラは超音波を発することはできないが、低周波音を発して、その反響から地形を認識しているのではないかと考えられている。
ハクジラは音を使ってコミュニケーションを行っているらしいことが知られており、特にイルカのコミュニケーション機能がよく研究されている。上で述べた超音波を「クリックス」と呼ぶが「ホイッスル」と呼ばれる高い音を発することもできる。ホイッスルは仲間とのコミュニケーションに使われており、生まれた直後の個体の発するホイッスルは短く、成長するにつれて次第に長く、複雑になっていくことも研究で明らかになっている。
このように、水中の生物には視覚から得る情報のみでなく、視界が開けていない状況であっても音を使ってより遠くの位置の情報を得ることができ、イルカの場合は2.5kmもの遠方の情報を取得できるという。
(*)深海底で高温の水が噴き出す場所で、熱水に溶けた化学物質を利用する微生物や二枚貝、エビなどの生物による生態系が局地的に保たれている。地球で最初期の、生物が生息可能な環境の1つであったと考えられている。
学生との議論
生物の分類学上、クジラはかつて独立した「クジラ目」というグループとされていた。この分類は、生物の形態や発生過程、生化学的性質や行動などから生物を分類する方法に従って区分されたものだ。
しかし、DNAの複数の遺伝子の位置を生物種間で比較するなどの分子系統学的な知見から、クジラは特にカバ(偶蹄目)に近いことが明らかになり、近年はクジラを「鯨偶蹄目」と分類するようになった。
生物種の分類にはDNAの他にも、腸内細菌に着目した研究も行われている。ヒゲクジラ類の糞便から腸内細菌叢を同定し、近縁の陸生哺乳類の腸内細菌叢を比較したところ、ヒゲクジラの腸内細菌叢は陸生草食動物の腸内細菌叢の構成と機能的能力が似ていることが明らかになった。研究者によると、ヒゲクジラと偶蹄目の胃は多室構造を持ち、一部は発酵器官としてはたらいていることから、進化的近縁関係と腸内微生物相の構成の相関は消化管の構造によって決まる可能性があることを示唆しているという。
学生からのコメント
クジラやイルカ同士で意思疎通していることが特に印象に残った。人間はコミュニケーションが得意な人とそうでない人がいるように、クジラなどにも人間と同じように、社交的だったり内気だったりするものがいるのだろうか、と気になってしまう。(神杉 瑠聖)
AIによる分析、ドローンによる観察、遠距離からの撮影など、さまざまな技術力が十分に発揮されている研究だった。深海でのクジラの生活が明らかになるように、アナログ的な手法では分からない、いろいろな動物たちの新たな事実が明らかになってくるのが楽しみだ。(高見澤 玲央)
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