地球内部の新たな対流構造がスーパーコンピューターにより世界で初めて明らかに ― 地球ダイナモ(発電機構)の仕組み解明に光
宮腰 剛広氏
2010年2月11日掲載
Nature 2010年2月11日号発表の論文で第一著者として研究にかかわった宮腰さんは、スーパーコンピューターを用い、地球深部の外核(液体の鉄)内で、回転軸に垂直な方向に帯状の対流が起きていることを世界で初めて明らかにした。これは、Nature 2008年8月28日号発表の論文に続き、地球の発電機構解明につながる画期的な成果だ。この分野の研究で最前線を走る宮腰さんは、もともと太陽の研究から地球内部の研究に転じた。宮腰さんは、「太陽の研究と同じ手法ですし、地球を対象にすることに違和感はありませんでした」と振り返るが、若手研究者に対し、画期的な研究成果は、「時流に流されず、自分の好きな道を楽しんでやることが大切」と話しかける。
―― まずは、地球内部のことについて簡単に説明してもらえますか?
宮腰氏: 地球は、地殻の下に絶縁体のマントル、数千度の流体鉄でできた外核(コア)、固体金属でできた内核の三層構造となっています。地震波の観測データなどからわかったことですが、マントルは、地球の半径の半分である約3000キロメートルまでの深さに存在し、外核は地表面から約3000~5000キロメートルの深さにあることがわかっています。地上で方位磁石を取り出すと、N極が北を指し、S極が南を指しますが、これは外核内に10億アンペアにもなる電流がリング状に流れているからと考えられます。どうして巨大電流が流れるのか、まさにこれが地球の発電機構「地球ダイナモ」の解明につながるわけです。
外核の温度は、地球内部より外側の方が低いため、何らかの対流が起きています。つまり電気伝導体の流体鉄が動いているわけです。中学や高校で学習する「誘導電流」を思い出していただければよいのですが、電気伝導体の流体鉄が、(地球)磁場の中を動くことで電流が生じていると考えられます。磁場が起電力を生み出し、起電力が磁場を維持するこの原理こそが、地球ダイナモの根幹をなすものですが、地球内部を直接のぞくことは不可能です。この外核内で起こっている流体運動の手がかりを得ようと、我々は、数値モデルを立ててシミュレーションしているのです。
―― それが今回の研究成果につながったわけですね。
宮腰氏:
地球ダイナモの仕組みを調べるには、外核内でどのような対流運動が起きているのか、正確に知ることが大事です。運動と磁場の相互作用も考慮しなくてはなりません。その挙動をシミュレーションするために用いるモデルが「MHD 方程式(電磁流体方程式)」です。このモデルは密度、圧力、磁場と流れのベクトル(各3成分)の8変数からなる偏微分方程式です。しかし、やっかいな問題があります。外核は粘性率が低い、つまりサラサラの流体なのです。一般に粘性率が低いと、流れの構造が細かくなるので、その流れのモデルの解像度を高め、細かく計算することが必要となります。とても複雑な計算となり、紙とペンでは解けません。そこでスーパーコンピューター、地球シミュレータの力を借りたわけです。約60時間連続して計算することができました。
もう1つ、計算を効率よく行うための重要なブレークスルーがありました。モデルの解像度を高めるための工夫です。それは共同研究者の陰山聡・神戸大学教授が開発した「インヤン格子」です。モデル計算は、外核の球を小さな格子に分けて計算しますが、通常の球座標モデルでは計算の効率が悪くなるのが難点でした。極と赤道付近では、格子の大きさが変わり、計算に時間がかかってしまうからです。そこで陰山教授は、球を2つの合同な部分に分けて計算すれば、計算効率を高めることができると考え出したのです。これがインヤン格子です。中国の陰陽思想のシンボル「陰陽」から名付けられました。硬式野球のボールは、2枚の牛革を縫い合わせて球にしていますが、これをイメージしていただけるとわかりやすいと思います。座標の特異点がなくなるのが特徴です。格子点の総数は約8億点、そのひとつひとつにMHD方程式を適用して、挙動を調べます。この分野の研究で世界最高の解像度による解析を達成しました。地球ダイナモシミュレーションの難しさを示す指標にエクマン数(粘性力÷コリオリの力)がありますが、現在の2.3×10−7は世界最小です。まだ、現実の挙動を調べるにはまだ不十分ですが、精度を高めたことで初めてわかる、多くの驚きの発見がありました。
―― わくわくする発見ですね。どんなことがわかりましたか。
宮腰氏:
前回(2008年)Nature に発表した論文では、内核に近い領域での対流構造を解明しました。内核側から外側に向け、逆に外側から内側に自転車のスポークのようなイメージで対流構造が起きていることがわかりました。極方向(上下)で切って三次元でみると、カーテンのような細いシート状になっていたのです(図1)。このシート状になることで、非常に効率のよいダイナモとなり、外核の中に電流がらせん状に生成されたことがわかりました(図2)。これはたいへんな驚きで、すぐにNature に投稿したわけです。
今回はこの研究を発展させ、外核のマントルに近い領域の対流構造を明らかにしました。結論を簡単にいえば、北極側から赤道面を見た場合、西向き(地球の自転と反対向き)に帯状の流れが形成されていることがわかったのです。この帯状の流れは、しかも南北(回転軸に垂直な方向)に一様にそろい、核内で、円筒状の構造になっていました。(図3、4)
また、対流の空間的なスケールは、マントルに近い帯状流は大きい流れで、内核に近いシート状の対流は小さい流れですが、全体のエネルギーは大きく、強いダイナモとなっているのです。
―― 今後の研究は、どう広がりますか
宮腰氏:
外核の内と外で異なる二重対流構造は、これまでの実験や観測では予測されておらず、スパコンによって見いだされた画期的な成果といえます。スパコンの進歩は著しく、指標としてエクマン数を例にとると、その進化は10年間で約1000倍です。今後、スパコンが進化すればさらに解像度が向上し、詳細な対流構造解明ができると期待できます。地球内部の対流構造のさらなる解明は、太陽風、宇宙放射線を防ぎ、生物が方位を確認するうえで重要な地球地場の解明につながります。地球の磁場は数十万年に1回、北極、南極の極性が変わりますが、なぜそうした現象が起こるのか興味深いところです。磁場は、地球環境と関係もあるので、注目される分野だと思います。
―― 地球内部に興味をもたれるきっかけは何だったのでしょうか?
宮腰氏:
天文学をやりたいと大学では物理学科を専攻しました。研究室は太陽物理学で、多いときは太陽表面で数日おきに起こる爆発現象であるフレアなどを研究しました。その後、京都大学の天文台では、太陽の黒点形成につながる浮上磁場の研究を進めました。(独)宇宙航空研究開発機構に移ってからは、太陽観測衛星「ひので」の運用に携わりながら、黒点と磁場エネルギー、爆発などのシミュレーション研究にかかわっていました。その中で、太陽などのダイナモ(発電)機構解明に興味を持つようになったわけです。しかし、この分野は、日本では、地球、惑星などのダイナモ研究に比べて遅れています。そんなとき、3年前ですが、地球のダイナモ研究で世界を牽引する、(独)海洋研究開発機構の陰山聡グループリーダー(当時、現神戸大学教授)が、スーパーコンピューターの「地球シミュレータ」を使ってシミュレーション研究する人材を公募しているのを知りました。
地球内部の対流を調べる研究は、今まで太陽研究のシミュレーションで使っていた「MHD 方程式」とほとんど変わりません。さらにスパコンが使える環境で研究できる絶好の機会と思い、応募しました。3年の間に立て続けにNature に2回発表することができたのは幸運だったと思います。
―― Nature に投稿しようと思ったのはなぜですか?
宮腰氏:
先ほども少し触れましたが、世界の最高解像度のモデル計算で、外核のシート状の対流構造を明らかにしました。このとき、外核内の電流発生の図は、まるで「パンチパーマ」のように見えるらせん状の構造でした。全く予想していなかったことなので、重大な研究成果だと思いました。その時点でもやり残したことはあったのですが、このらせん状の電流構造を早く発表したいと思い、投稿したのです。それが2008年の論文掲載になりました。
―― 今回のNature 掲載までは苦労しましたか?
宮腰氏:
今回は、アクセプトされるまで1年以上かかりました。前回の研究を発展させ、綿密に計算しました。レフリーと3~4回やり取りし、追加の解析を行いました。主に、地球のダイポール(二極)の中でも対流が安定なのかということを指摘されましたが、特に問題はなかったと思います。Nature の論文は4ページ程度と短いので、コンパクトにまとめるのはたいへんですが、論文掲載されることは反響が大きく、やる気がわいてきます。
―― 若手研究へのメッセージがありますか
宮腰氏:
太陽ダイナモの研究では、コロラド大学(米国ボールダー)の研究グループが世界の最先端を走り、日本は後塵を拝していました。ところが、地球ダイナモの解明では、まさに我々の研究グループは世界のトップランナーとなっています。研究者は少ないのですが、スパコンを使える研究環境もたいへん恵まれており、海外で研究をする必要がないほど充実していると思います。
研究者の道を進む場合、一番好きな分野をぜひ選択して欲しいと思います。時流に乗って好きでもない分野に進むのではなく、好きで楽しんでやることが大切です。研究が佳境に入ったとき、論文を書くときなどで徹夜しても、ワクワク感や集中力が切れず苦にならないでしょう。それからもう1つ、研究者でやっていくことはたいへんだということを覚悟することです。その意味では、研究者としての適性があるのか、しっかり自分を見つめて欲しいと思います。自分の場合をいえば、博士論文を仕上げたとき、研究者で生きていく自信がつきました。地学分野は、高校では履修率があまり高くない科目だと思いますが、ぜひ、興味をもって地球科学の分野に進んで欲しいと思います。
聞き手 長谷川聖治(読売新聞科学部記者)。
Nature 掲載論文
Letter:地球の核内での帯状流形成
Zonal flow formation in the Earth's core
Nature 463, 793-796 (11 February 2010) | doi:10.1038/nature08754
Author Profile
宮腰 剛広
1998年3月 | 東京理科大学理学部第一部物理学科 卒業 |
2000年3月 | 東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻 修士課程修了 |
2003年3月 | 総合研究大学院大学数物科学研究科天文科学専攻 博士課程修了 |
2003年4月 | 京都大学大学院理学研究科付属天文台 研究機関 研究員 |
2006年4月 | (独)宇宙航空研究開発機構 宇宙航空プロジェクト 研究員 |
2007年2月 | (独)海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター 研究員 |
2009年4月 | 独立行政法人海洋研究開発機構 地球内部ダイナミクス領域 研究員 |
現在に至る |