「Ia型超新星」は、やはり没個性的!宇宙の距離を測る「標準光源」であり続ける ― 宇宙論研究や暗黒エネルギーの解明に期待
前田 啓一氏
2010年7月1日掲載
核融合を繰り返して進化する恒星が、最後に爆発して極めて明るく輝く「超新星」。毎年数百個の超新星が観察される中で、最も数の多いIa型超新星は、「明るさが一定」という特徴を生かし、宇宙の距離を測る指標「標準光源」として重用されている。しかし、Ia型超新星の分光スペクトルを観測すると、ばらつき(個性)があることがわかり、同じ明るさの標準光源としての地位が揺らいでいた。前田さんは、このIa型超新星について観測データなどをもとに理論計算し、超新星の爆発は中心から広がるのではなく、偏った爆発のため、地球から観測する場合、見かけ上のばらつきが生じることを突き止めた。この成果は、Nature 2010年7月1日号に発表された。前田さんによれば、「暗黒エネルギー解明に重要な役割を演じたIa型超新星は、これからも宇宙の謎を解明する重要なツールになる」という。
―― まずIa型超新星とは、何か説明してください。
前田氏:
超新星爆発を分光(スペクトル)観測すると、水素の吸収線が顕著なII型超新星と、水素の吸収線のないI型超新星に分けられます。II型は太陽の10倍以上の水素で覆われる巨星が爆発するものですが、I型の場合、大きさはさまざまで、そのうち白色矮星(白色の小さな星)が爆発するのがIa型超新星。珪素と鉄の吸収線が強いのが特徴です。このほかI型には、Ib、Ic型がありますが、これらは重い星の爆発であると考えられています。
Ia型超新星となる白色矮星は、伴星をもつ連星系をなしていることが多く、伴星から質量が流入し、質量が増大していきます。そして一定の質量、太陽質量の約1.4倍を超えるとその重みに耐えられなくなり、核暴走反応が起こります。これが星全体に広がり、大爆発を起こすのがIa型の超新星爆発というわけです。この質量の限界は、チャンドラセカールの臨界質量とよばれています。この限界質量があるという標準理論のため、Ia型超新星は、爆発前は皆同じ状態であり、明るさがほぼ一定など観測的性質が同じである、つまり「没個性的」になっていると考えられているのです。数多い星の中で「標準光源」になった理由はここにあります。
―― 標準光源はどのように活用し、どんなことがわかったのですか?
前田氏: Ia型の超新星の明るさが一定であるということは、絶対的な明るさ(光度)が一定であるということです。ただ、若干の明るさのばらつきがあることは知られています。この光度のばらつきと、超新星が暗くなっていく時間進化(減光率)との間には、相関関係があります。つまり明るいIa型の超新星ほどゆっくり暗くなり、逆に暗い超新星ほど速く暗くなるということが発見されました。1993年のことです。
我々研究者は、まず距離によらず測定できるこの減光率を測定します。そこから星の絶対的光度を推定できます。その絶対的光度と、実際に地球から観測できる「見かけの明るさ」を比較することで超新星までの距離が算出できるわけです。簡単にいえば、見かけの明るさが暗い星は、距離が遠いということがいえます。このような絶対的な明るさが分かっている(距離もわかる)星が「標準光源」です。
光度と減光率の関係が判明した1993年以降、大規模な超新星プロジェクトが組織され、この標準光源を用いて、宇宙地図を描く試みが行われました。その結果、宇宙は物質だけではなく、目に見えない暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が主成分であることがわかりました。それまでは、宇宙は創成期のビッグバンから減速しながら膨張し、遠くの星も見かけの明るさは一様に暗くなっていくと考えられていました。しかし、この標準光源を用いて観測すると、遠いほど予想より暗くなっていることがわかったのです。これは膨張を加速させている謎の力が働いているためと考えられました。これが暗黒エネルギーで、宇宙の約7割を占めているといわれます。このような宇宙論の解明に欠かせないのが、Ia型の超新星を用いた観測なのです。
―― その標準光源としてのIa型の超新星の地位が揺らいだわけですか?
前田氏: 先ほどもお話しましたが、標準光源というのは、絶対的な光度が一定であるということが重要です。つまり「没個性的」なわけです。しかし、1988年、超新星の分光スペクトルを観測すると、興味深いことがわかってきました。スペクトルとは、光を波長(色)で分けて、どの成分が強いかを見るものですが、時間的に変化するスペクトル進化に速いものと遅いものがあること、さらに2005年には、スペクトル進化と減光率の間には関係が全くないことがわかったのです。つまり光度と減光率をみれば没個性的なIa型の超新星も、スペクトル進化でみるとさまざまな顔をもっていたのです。個性をもつということは、超新星の構造が異なることを意味し、本当に同じ明るさなのか、同じ爆発といえるのか、標準光源ではない宇宙論も正当なのか、超新星の爆発はいったいどうなっているのか、スペクトル進化の個性は何なのか、……次々に疑問がわき上がり、さあたいへんとなったのです。
―― それらの疑問を解明したのが、今回の研究成果というわけですね。どんな手法で臨んだのですか?
前田氏: 超新星爆発を観測するのは、爆発直後の最も明るいときに行うのが主流ですが、今回は、爆発後200日(約半年)経過した後のスペクトルを観測(後期スペクトル観測)するという、新しい手法を用いました。私は、もともと重い星の超新星爆発(II型)を研究していたこともあって、後期スペクトル観測をしており、爆発の情報を引き出すのには好都合だったからです。
爆発間もないころは、超新星爆発で放出された物質が濃密に存在するため、星の中心近くにあった物質を見通すことはできません。それが200日くらい経過すると、放出された物質がスカスカになってくるため、中心付近からでた光を検出することが可能になります。この手法による観測が有効であることを、重い星を起源とする超新星で確認しました。そして、Ia型の超新星でも使えないか検討していたところ、適用できることがわかったのです。
そこで我々は、改めて20個ほどのIa型の超新星の後期スペクトルを調べ直しました。そして、爆発初期に作られる芯(ニッケル、鉄などの元素からなる)の光が、本来の色より青く(青方偏移)なったり、赤くなったり(赤方偏移)していることを突き止めました。観測者に近づいてくる物質の光は、もともとの色より青く、逆に遠ざかっていく光は赤くなっていたのです。いわゆるドップラー効果です。
これをどう解釈するか。今までの標準的な理論では、超新星爆発にきっかけとなる最初の核暴走反応は球の中心部から起こる「丸い爆発」と考えられていましたが、われわれは「丸い爆発」ではなく、核暴走の発火点が中心からずれた、「偏った爆発」「ひしゃげた爆発」ではないかと考えました。丸い爆発だと超新星のスペクトルはもとの色のままなのですが、核暴走の方向が中心からずれていて、そのズレが観測者の方向に向いていた場合は青く、逆方向ならば赤くなると考えると、この現象の説明は腑に落ちるわけです。
―― 定説を覆す発見だったわけですね。
前田氏: この仮説を、コンピューター・シミュレーションによる理論計算でも確かめてみました。すると、観測結果と一致しました。ここ2、3年の間、Ia型超新星は「偏った爆発」との理論も提案されていましたが、これを裏付ける観測はなかったのです。もう1つこの爆発初期に作られたニッケルや鉄などの元素の光と、スペクトル進化の速度に間に強い相関があることも判明しました。スペクトル進化の速い超新星は、ニッケルなどの光が本来より赤色に、逆にスペクトル進化の遅い超新星は青色を示すことがわかったのです。スペクトル分析で個性的に見えていたのは、同じ性質の爆発に対する見る方向の違いにすぎなかったのです。つまり、没個性的といえることになります。
―― 今回の研究は、多くの未解決問題を解決に導いたわけですね。今後の研究の展望は?
前田氏: そうですね。20年来の懸案だったIa型の個性の問題を解決しただけでなく、Ia型の超新星爆発の進化理論を確固たるものにしました。何より大事なのは、暗黒エネルギー存在を証明した標準光源としの有効性を示し、宇宙論の精度への疑問を吹き払ったことにあります。超新星爆発を理解する重要な発見といえます。
今後、Ia型の超新星爆発の観測がより進めば、宇宙膨張測定の精度が上がります。米航空宇宙局(NASA)などを中心に、国際的な観測網の整備の話もあります。そうした観測数が増えることで、暗黒エネルギーとは何なのか、その性質を特定する大きなステップになるでしょう。今回の成果は、新たな宇宙論、天体物理学の発展に寄与できたと思います。ますます楽しみな分野になると思います。
―― 今回、Nature の論文の第一著者になりましたね。
前田氏: 論文の反響は、とても大きかったと思います。我々は、まず重い星の超新星爆発に対し、後期スペクトルの観察が爆発の形状を分析するに有効であることを、2008年にScience に発表しました。ついで、この手法がIa型に適用できるという論文を今年1月、Astrophysical journal に発表していますが、今回のNature の論文はその流れの集大成です。スマートな新手法であり、今回の成果は新しい標準理論になると思います。
―― 天文学に進むきっかけは何だったのですか?
前田氏: 小学生のころは星が好きで、親に買ってもらった望遠鏡で星空を観察する少年でした。当時、既に白色矮星、赤色巨星なども知っていましたね。しかし、その天文学への熱は次第に冷め、本の虫になりました。赤川次郎の推理小説はよく読んだものです。高校ではバスケットをやっていました。大学に入ってから受けた天文学の講義で、子どものときに知った天文現象が物理学の基本法則から説明できることを知り、そして大学2年時に専攻を選ぶ際、小学生のころにもっていた天文学への興味が復活したのです。さらに、研究内容を選ぶ際、大学4年生だったと思いますが、極超新星が発見され、野本憲一教授(現IPMU特任教授、主任研究員)の講義を受け、γ線バースト、ブラックホールなどの関連などの話がたいへんおもしろく、星や超新星の研究をすることを決めました。超新星爆発を研究している野本先生の指導を受けて、重い星の爆発の研究で学位をとりました。2007年4月からは、今回の研究でも共同で行ったドイツのマックス・プランク天体物理学研究所でポスドクとして研究していましたが、IPMU発足を機に、その年の12月に特任助教として戻ってきました。ここでも当初は重い星の爆発をやっていましたが、宇宙論をやっている人も多く、少しずつ暗黒エネルギーなどにも関心をもつようなりました。Ia型の超新星に本格的にかかわるようになったのも、ここに来てからです。
―― 最後に、若い方たちへメッセージを
前田氏: 天文学はわからないことだらけです。星の爆発の研究は、重い元素の生成のほか、銀河系の創成にもかかわり、宇宙論にも応用できます。まだ未解明なことが残るフロンティアで、やるべきことがたくさんある、興味が尽きない分野です。今でも年数回、ハワイのマウナケア山頂にある国立天文台すばる望遠鏡で観察をしています。
若手には、自分が重要と思うことを、枝葉末節ではなく、でも人と違うことを見つけて欲しいです。私自身、二番煎じの研究はやらない、人の考えつかない新しいアプローチを用いる、ということを信条にしています。それから、いろいろな分野の人との話は、研究、発想などに役に立ちます。その点、IPMUは恵まれています。ぜひ、多くの人と議論して欲しいと思います。
聞き手 長谷川聖治(読売新聞科学部記者)
※Nature ダイジェスト 9月号に、本研究論文を解説したNews & Views(Nature 7月1日号)の翻訳を掲載しております。
Nature 掲載論文
Letter:Ia型超新星におけるスペクトル進化の多様性は、非対称な爆発が原因である
An asymmetric explosion as the origin of spectral evolution diversity in type Ia supernova
Nature 466, 82–85 (01 July 2010) doi:10.1038/nature09122
Author Profile
前田 啓一
1995年3月 | 千葉県立木更津高等学校 卒業 |
1995年4月 | 東京大学理科I類 入学 |
1999年4月 | 東京大学大学院理学系研究科修士課程天文学専攻 入学 |
2001年4月 | 東京大学大学院理学系研究科博士課程天文学専攻 入学 |
2004年3月 | 博士(理学)取得 |
2001年4月 | 日本学術振興会特別研究員(DC1) |
2004年4月 | 東京大学総合文化研究科宇宙地球部会、日本学術振興会特別研究員(PD) |
2007年4月 | マックス・プランク宇宙物理学研究所(ドイツ)、日本学術振興会海外特別研究員 |
2007年12月 | 東京大学数物連携宇宙研究機構、特任助教 |
2010年3月 | 第21回日本天文学会研究奨励賞(「超新星爆発構造の理論・観測的研究」)受賞 |