科学に携わるエキスパートに聞く
コミュニケーションの壁を越えるには
日本の研究コミュニティーの課題とその解決策を探るため、シュプリンガー・ネイチャーは、アカデミアや助成金配分機関、メディアから有識者を招いた「ジャパンリサーチアドバイザリーフォーラム(JRAF)」を2022年8月2日に開催。初回は、「リサーチコミュニケーションの向上」に絡む2つの議題からその手掛かりを探った。
異分野との連携が難しいのはなぜか。社会の関心を思うように集められないのはなぜか。アドバイザリーメンバーの関心が特に高かった「研究者同士のコミュニケーション」「社会とのコミュニケーション」という2つの異なる議題で意見を交わす中で、扉を開くカギが見えてきた。
Question1:異分野の研究者と知識を共有し、連携するには?
地球規模の課題を解決するには、科学の力を集結する必要がある。言葉、慣習、歴史、研究分野がバラバラの研究者たちが力を合わせ、新しい分野を開拓するにはどうすればいいのか?
質問者:エド・ガートナー(Ed Gerstner)/シュプリンガーネイチャー研究環境アライアンス担当ディレクター
学際研究を育むには?
研究者は懸命にレンガ(研究論文)を作るが、レンガで家を建てる(地球規模の問題を解決する)という大局を見失いがちだ、と口火を切ったのは小泉周(こいずみ・あまね)氏(自然科学研究機構特任教授)。「研究者が情報と知識を共有するためのプラットフォームと、研究者間のコミュニケーションを助けるリサーチ・アドミニストレーター(URA)が必要」と指摘する。
小賀坂康志(おがさか・やすし)氏(日本医療研究開発機構・国際戦略推進部長)は、「学際研究の成功のカギは対等なパートナーシップ」と言う。異分野の研究者が集まっても、研究主宰者とその支援者という関係では、後者は自身の課題として取り組めないと説明。また研究資金配分機関の視点から、対話を促進し、学際研究を育むには「異分野間の協働を高く評価することが重要。欧州では現在、オープンサイエンスなどの多様な評価軸を組み込んだ新システムへと改革を進めている」と述べつつも、見直しには慎重を期する必要があると言う。なお評価基準は、研究者側から提案されるべきものであり、実際、日本の多くの研究資金配分機関の評価基準は、研究者の意見を参考にして作られているとのこと。
異分野間の交流が必要
しかし、「まずは人間同士の絆を築く必要がある」と話すのは、今羽右左デイヴィッド甫(Kornhauser David Hajime)氏(京都大学国際広報室長)。スポーツや音楽、芸術といった話題で友情を深めた後に、科学での関係を構築していくとよいという。加納圭(かのう・けい)氏(滋賀大学教授)も「研究者が肩肘張らずに交流できる『研究者のオアシス』が必要」と言う。
小谷元子(こたに・もとこ)氏(東北大学理事・副学長)は「私自身が異分野の研究所長となった経験から、カギは2つあると考えている。多様な分野の研究者たちが毎日顔を合わせる場を作ることと、そうした場に若い研究者たちを招くこと。彼らは積極的に架け橋となってくれて、異分野間の交流を促進してくれた」と話す。また原山優子(はらやま・ゆうこ)氏(東北大学名誉教授)は、「地球規模の課題に取り組むには、研究者同士がお互いを見いだす機会がもっと必要。そのためには、研究者一人一人が科学を楽しみつつ、課題と交流すべき人や機関を積極的に探し、自身のコンフォートゾーンの外に出ていく必要がある。傾聴力を鍛え、自分らしさを武器にぜひ挑戦してほしい」とエールを送った。
アントワーン・ブーケ(Antoine Bocquet;シュプリンガーネイチャー・ジャパン代表取締役社長)は、「我々はレンガを色ごとに分けて学術誌を作ってきた。これからは多様なコミュニケーションを促進するプラットフォームとなっていく必要がある」と語り、この議題を締めくくった。
Question2:研究者の知識を社会の人々と共有するには?
研究者は、科学をありのままに伝えたいと考えている。一方、人と人をつなぐには「物語」の形が有効と分かっている。両者は衝突する関係にあるが、研究コミュニティーはどうすればよいのか?
質問者:リチャード・ウェッブ(Richard Webb)/Nature マガジン部門編集長
人々の心をつかむものとは?
「私が科学記事を書くときに最も大切にしているのは、結論ではなく『研究者がなぜそれを発見しようとしたか』を説明すること。探偵小説と似ていて、謎を解き進める研究者の興奮や感動を読者と共有することを目指している」と話すのは、古田彩(ふるた・あや)氏(日経サイエンス編集長)。科学者側のコミュニケーション方法としては、結論に至るまでのそうした過程を論文やプレスリリース、講演で伝えるとよいと思うと述べるとともに、感動や本音をジャーナリストに話してほしいと話す。「その真の想いは、科学やジャーナリスト、そして人々を動かすことができる」と古田氏。
「科学コミュニケーターである私には、物語の力がよく分かる」と話すのは、加納氏。研究コミュニティーは、自分たちの物語を社会に届けるのではなく、一般の人々のことをもっと知り、関わり、彼らを対象にした物語を作る必要があると、自身の考えを述べた。また、2021年に施行された科学技術・イノベーション基本法に触れ、「イノベーションには人文科学と社会科学の観点が必要。日本の科学コミュニケーションは今後、多様性(diversity)、公正性(equity)、包摂性(inclusion;誰もが参画すること)が重要になる」と説明する。
伝えるためのテクニック
では、広く人々の目を引くにはどうしたらいいのか。効果的な方法について、ヘザー・ヤング(Heather Young)氏(沖縄科学技術大学院大学副学長)は「優れた物語、平易な言葉、データの視覚化、そして『なぜ?』が大事」と述べる。そして、研究者本人が聴衆の前に登場するアウトリーチイベントも有効だったと話す。また、物語を正しく伝えるためには、ソーシャルメディアの選択も大切と言う。
『Chem-Station』を運営する山口潤一郎(やまぐち・じゅんいちろう)氏(早稲田大学教授)は、「私は有機化学者だが、化学の他分野の研究を評価することは難しい。最新の知見や科学の美しさは、イラストや写真、動画で視覚化されていると分かりやすいと感じる」と言う。今羽右左氏も同感だと述べ、「ソーシャルメディアで若い人々を引きつけるためには物語を3~5秒で語る必要がある。だが、良い科学には時間がかかると伝えたい。このメッセージは、人々が科学の仕組みを理解するのに役立つはずだ」と語る。また原山氏も、「スライド1枚と3分間で研究を発表する『3 Minute Thesis』のような訓練の場を、研究コミュニティーが組織する必要がある」と言う。
「平易な言葉で科学を伝える出版社の取り組みは、研究コミュニティーと社会との架け橋となるだろう」と述べるのは小賀坂氏。また小泉氏は、シュプリンガーの機械生成書籍『Lithium-Ion Batteries』を例に挙げ、「論文を書くスキルと物語を書くスキルは別物。研究者は本来の仕事をして、物語は人工知能や機械学習が作るといった、新しい方法も考えられる」と語った。
会議の最後にブーケは、「全く異なる2つの議題が、科学者の内面、共感、そして科学の素晴らしさで密接につながっていたことに感銘を受けた」と語り、異なる分野の研究者が交流できるプラットフォームというアイデアをこの会議で得られたことに感謝を述べ、締めくくった。
シュプリンガーネイチャーの使命は、信頼できる「知」へのアクセスを提供すること、および研究者の得た「知」を広く伝えることにある。我々は引き続き、研究コミュニティーの課題を探り、それを支援することで研究コミュニティーに奉仕したいと考えている。その一環として、研究者を対象に科学とコミュニケーションに関する調査を近日中に行う予定である。
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